14話 憑依してみた
日付は変わり、迎えた9日目の早朝。
日課を終えた俺は、さっそく町の外へと飛び出して【憑依】スキルを試していた。
最初のターゲットはブルーポム。とにかく早くスキルを試してみたかったので、最初に出会ったこのモンスターを選んだ。
倒れたモンスターが消えてしまうまで約10秒。その間に右手で対象に触れてスキルを発動させれば完成だ。
ふわりと浮遊感を感じたと同時に俺とブルーポムの身体が黒い闇に包まれる。まんまるボディに引きよせられて相手の身体が徐々に大きくなっていく。視界いっぱいになるまで接近した俺は、にゅるんと吸い込まれるように小さな身体に入っていった。
……何だこれ。
新しい身体で目を開けたと同時に、全身がひどく窮屈だと感じた。
ブルーポムは、ボウリング玉に目と口がくっついたようなモンスターだ。視点が非常に低いせいで、何でもない雑草に視界を塞がれてしまい煩わしい。手足が無いからなのか、身体がムズムズするのも何だか具合が悪かった。別の身体を操るというのは想像した以上に違和感を覚えるようだ。
移動手段は、転がるか、ピョンピョン飛び跳ねるかの2択しかない。試しに転がってみたのだが、視点がグルグル回ってすぐに気持ち悪くなった。飛び跳ねても乗り物酔いみたいな状態になってしまい、とてもこのまま行動する気になれなかった。
これではダメだと憑依状態を解除する。徐々に視線の位置が高くなっていき、3秒ほどで元の姿に戻った。
「ぷおー」
足元を見ると、倒した筈のブルーポムが元気に飛び跳ねている。憑依状態を解くとモンスターはそのまま行動を再開するらしい。ブルーポムは暫くの間ピョンピョンと跳ねていたが、やがて俺から離れてどこかへと行ってしまった。
何気なく自分のステータスを確認してみると、僅かに体力が減少していることに気付く。ブルーポムの最大体力と同じ程度なので、どうやら憑依する時に俺の体力を分け与えたらしい。モンスターも体力ゼロの状態では行動できないので回復させる必要があるのだろう。
気を取り直して、次はグリーンゴブリンに憑依してみた。
「がう……がう?」
……今「いいな」と喋ったつもりだったのだが、実際に出た声はゴブリン語(?)だった。憑依中は人間の言葉を話せなくなるらしい。
それはさておき、ブルーポムに比べれば断然こちらの方が快適だった。ゴブリンの身長は人間の半分程度だが、手足があり二足歩行が可能なので違和感をあまり感じないのだ。
自分の両手に目を向けると、緑色のそれはゴツゴツしていてちょっと気持ち悪かった。ぐっと握って力を込めると腕の筋肉が盛り上がって血管が浮かぶ。右手に持つ棍棒は重量感があるが、ゴブリンは力が強いので簡単に振り回せるみたいだ。
歩く、走る、しゃがむ、ジャンプする、といった動作も問題なく行える。身長の違いによる違和感さえ克服できれば十分使えるだろう。
ちなみに、憑依している間俺の身体はどこかに消えているらしい。
ふと疑問に思って周囲を探したのだが、どこにも見当たらなかったのだ。近くで倒れていても困るだけだが……まあ、余計な手間が省けたと思っておこう。
憑依したままステータスを確認すると、人間の時とは全然違う数値が表示された。
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グリーンゴブリン
レベル:10
体力: 600/800
スタミナ: 130/130 (+50)
マナ: 0/0
パワー: 90
スピード: 70
強靭度: 80
魔力: 60
魔術耐性: 50
【スキル】
フルスイング
【装備】
硬木の棍棒
【アクセサリ】
なし
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どうやらレベルはそのまま引き継ぐらしい。しかしステータスの才能値はモンスターに依存するらしく、低かったはずのパワーがやたら高くなっている。その反面スピードや魔力はかなり数値が下がっていた。
補正されているステータスはそのまま適用されるらしい。現在マラソンの記録は50分なのだが、人間の時と全く同じだけスタミナに補正がかかっていた。
人間状態のレベルがそのまま適用されるというのは嬉しい誤算だ。ステータスを見る限り、このままの状態でも十分に戦えるかもしれない。
しかし、ステータスが優秀でも思い通りに動けなければ話にならない。という訳で、今日はこの身体に慣れることを目標に行動してみようと思う。
* * *
グリーンゴブリンに憑依した状態で2時間が経過した。
その間に確認できた事は3つ。
まずは、憑依状態だとモンスターに襲われなくなるという事。
外見が完全にゴブリンだからなのか、他のモンスターと出会っても大半が素通りしていく。稀に俺の後をついてくる個体もいたが、攻撃されることは一切無かった。
次に、憑依した状態でモンスターを倒した場合、得られる経験値が半分になるという事。
ステータス欄には経験値も表示されているのだが、ゴブリンのままブルーポムを倒した場合従来の半分しか増えていなかった。ただし憑依スキルには【熟練度】という項目があり、その数値も僅かに増えている。熟練度が上がるに従ってさらにスキルに変化があるらしい。
最後に、他のプレイヤーからモンスターとして認識されるという事。
人間の姿だと、相手プレイヤーが俺を注視すれば【アキト】と名前が表示される。しかし憑依状態だとその表示が無くなるのでモンスターにしか見えなくなる。しかも見た目だけではなく、本来不可能なPvP(Player versus Player)も可能になるのだ。先程あるプレイヤーと遭遇したのだが、問答無用で襲われそうになった。
「やっと追いついたぜ。クソゴブリンが」
訂正。今も襲われている。
声の主に目を向けると、鼻息を荒くしたプレイヤーが俺を睨んでいた。趣味の悪い、ギラギラした服に身を包む彼の頭は、一部を除いて全て剃ってある。残った髪はピンと立ち、全てピンク色に染められていた。
「がう」
ため息がゴブリン語になって漏れる。
豊富なスタミナに任せて逃げ切ったと思っていたのだが、どうやら仲間から離れようとも俺を見逃す気は無いらしい。
もう少しこの身体に慣れてから実践に入る予定だったが、これ以上逃げても時間の無駄だろう。遭遇したのも何かの縁だ。この人に練習相手になってもらおう。
覚悟を決めて右手で棍棒を持ち上げる。ゴブリンのように構えを取った俺は、初めての対プレイヤー戦に挑戦することになった。
* * *
モヒカンの人は【超合金レイノルズ】という名前らしい。スパイシーな名前だがちょっと長いので今まで通り呼ぼうと思う。喋れないから大した意味は無いけれど。
彼は190センチはありそうなほど大柄で、右手に無数のトゲがついたメイスを装備していた。遭遇した時には左手に巨大な盾を装備していた筈だが、俺を追いかけるのに邪魔だったらしく今は見当たらない。
装備から判るように、この人は【採掘者】系のプレイヤーだ。大きな身体と豊富な体力が共通した特徴であり、さらに大盾を装備できる。耐久力においては右に出る者無しという系統だ。
体力や強靭度が優秀である一方、動きは鈍く魔力にも乏しい。どちらかといえば積極的に攻撃に出るような系統ではないのだが、彼はお構いなしに手を出すタイプらしい。
「もう逃げんじゃねえぞ! オラッ!」
モヒカンはメイスを力任せに振り下ろし、一歩前に出て横なぎに振り回す。さらに俺の足元を狙って突きを放った。
「あん!? 逃げんなクソが!」
無茶なことを言わないでほしい。
空を切る音が連続してメイスが通り過ぎていく。当たればそれなりに痛そうだが凶悪な師匠に比べれば遅い。だから、よく見ればちゃんと避けられる。ゴブリンの身体にはまだ違和感があるものの、これなら何とかなりそうだ。
攻撃パターンはたったの3つ。避けているうちにその動きを覚えた俺は、相手がメイスを振り上げたと同時に迷わず一歩踏み出した。
棍棒を両手で持ち腕を曲げる。ぐっと力を入れて、相手の太もも目がけて一気に突き出す。
「うがっ!?」
黒いスキルエフェクトが発生し、【刺突】を受けた男が崩れるように膝をついた。
「がう!」
期待通りの結果に思わず笑みが浮かぶ。ムーブアシストは受けられなくても、発動条件さえ満たせばちゃんとスキルが発動するのだ。
相手が怯んで行動不能になる時間は3秒。十分に間に合うだろう。
「ハァ!? 何でゴブリンがそんなスキル使うんだよ!?」
お答えできません。だって喋れないから。
半身の構えを取り、両手で握った棍棒を後ろへと動かす。大きく身体を捻り、狙いをつけて静止した。
これはグリーンゴブリンの固有スキル【フルスイング】の予備動作だ。隙が非常に大きいが、その分攻撃力が高く設定されているという一撃必殺スキル。滅多に使わない上に簡単に逃げられるので普通ならまず当たらないという攻撃だ。
狙うのは大きな腹のやや上辺り。モンスターと同様、人間にも弱点は存在する。系統によって多少の違いはあるものの、頭と首、そして鳩尾の辺りは共通して物理攻撃に弱く設定されているのだ。
レベル10のゴブリンが放つ【フルスイング】が無防備な急所に直撃したらどうなるか。今から実験してみよう。
予備動作が完了し両腕に力を込める。左足を大きく踏み込み、鳩尾を狙って棍棒を全力で振り回す。
「やめろ、おい!? う、ぁあああ!?」
花火のような派手なエフェクトと共に巨体が勢い良く吹っ飛んで、モヒカンさんは溶けるように消えてしまった。




