13話 スキルの使い方
雪羽の案内に従って、俺達は全力で草原を走っていた。移動が苦手な夏秋冬は俺が抱えている。毎日マラソンで背負っているアレに比べたら羽みたいなものだ。
「この場所ならどうだ? 要望にあった岩もそこにある」
案内されて到着した場所は、俺の口元まで隠れるくらいに背の高い草(クサヨシに似ている)が一面に生い茂っていた。俺より少し背の低い雪羽は頭だけが出ているような状態で、夏秋冬を立たせたら完全に埋もれてしまうだろう。
「いいポイントだと思います。後は俺がやりますから、下がっていてください」
「うん。でも無茶はしないでね? 失敗したらすぐ逃げてよ?」
「そんなに何度も言わなくてもアキトは理解している。だからさっさと降りないか」
「えへへ。お姫様抱っこって良いね。気に入っちゃったかも」
「夏秋冬!」
「そんな大声出さないでよ。ユキちゃんだって嬉しそうにしてたじゃない」
「なっ!? そ、それはだな、」
……この会話は、俺の緊張を解そうとしてくれているのだと思う。たぶん。泣きそうな顔で送り出されるよりは良いと思うし。
二人は最後にもう一度「無理しないでね」と言い残して位置につく。ゴブリンは地を揺らしながら一直線に向かってきていた。
ズシン、ズシン、ズシン、ズシン。
細かい地響きが徐々に大きくなってくる。
まるでビルが走って追いかけてくるようなものだ。正直に言えばメチャクチャ怖い。後ろに誰もいなければ絶対に逃げていただろう。
スキルの検証は終えている。それでも予行練習なんてできる状況ではない。のるかそるかの大勝負だ。
「あと少しだ……」
巨人が迫ってくるという悪夢のような光景は現実感がまるで無い。情けないが頭がクラクラする。黙っていることが怖くなって、心の内を口に出してしまう。
目を逸らしたくなるのを必死に我慢して、俺はひたすら相手を注視した。
ドスン、ドスン、ドスン、ドスン。
想定通り、ゴブリンは全速力で走ってくる。大きな足裏で草を踏み荒らしながら、俺だけを視界に入れて猛然と突っ込んでくる。
俺はその姿をつぶさに観察する。次にゴブリンの足がどの地点を踏みしめるかを必死に計算していく。
あと70メートル。55メートル。40メートル。一定のリズムを刻む足音が大きくなっていく。
進む方角、歩幅、リズム、足の上げ方。全てを考慮して計算し、未来を予測しろ――
「――ここだ!!」
【メイク ア リボン】を発動させたと同時にターゲットの草が動き出す。大量の草がより合わさって束となり何対もの太いロープとなる。それらが一対ずつ速やかに絡み合って、ゴブリンの足元に大きなリボンが完成した。
――ガアッ!?
即席のトラップに左足が引っ掛かり、ゴブリンが初めて動揺の声を出す。ブチブチと千切れる音をさせながらもリボンは足を離さない。
全力で走っていた所で急に足を取られたのだ。上がる筈の足を上げられなかったゴブリンは大きく巨体をふらつかせた。
「雪羽さん!」
「わかってる!」
巨体を辛うじて支えている足の先に雪羽が襲い掛かる。十分な助走をつけてから放った一撃は、危うかったバランスを完全に崩壊させた。
結果、巨体は重力が引っ張るままに倒れ込むことになる。
その先には、草の間から大きく顔を出した岩が待っている。ちょうど頭が落ちてくる辺りだ。鈍い巨体に、とっさに頭を庇うことは無理だった。
ゴシャッ、という音と共に岩にヒビが入る。巨体がビクンと痙攣して棍棒が地面に落ちる。僅かに引っかかっていた草の戒めがブチンと千切れ飛んだ。
第一段階は成功。これからが本番だ。
「【火球】二連!!」
岩場の影で待ち構えていた夏秋冬が炎を放つ。最大威力の攻撃が頭に直撃して黒い皮膚を焼き焦がす。今までとは明らかに違うゴブリンの反応に、夏秋冬の声が大きくはずんだ。
「効いてるよ! ユキちゃん!」
「やはり頭が弱点のようだな!」
すかさず雪羽も攻撃を叩き込む。無防備な脳天を襲った衝撃が巨体に染み込んでいく。青い火花が激しく光を撒き散らした。
――ゴアアアアア!!
しかし、それでもゴブリンは屈しない。ネイムドモンスターの名は伊達ではない。巨体であることも関係しているのか、その体力はザコモンスターの10倍どころではないようだ。
全力の攻撃を全て弱点に叩き込まれてなお、ゴブリンは激しく体を動かす。すぐ側に立っている非力な人間をなぎ払おうと、全身に力を込めて暴れようとする。
それでも、もうゴブリンが起き上がることは不可能だ。
「……こんなに便利なスキルだとは思わなかった」
なぜなら、2人の攻撃を受けて痙攣している隙に、リボンで巨体をラッピングしてやったからだ。首と両手を最優先に、両足も可能な限り地面に縛り付けた。さすがに胴を結ぶほど長い草は無かったが、これだけでも十分だ。
1本なら弱い草の戒めも、何百本も使ってグルグル巻きにされたら簡単には解けない。
それに、リボンが千切れるほど長い時間暴れさせてやるつもりも無い。
「さて、あとは」
「私達の全力で」
「やっちゃえ!」
我ながら悪人顔をしていたかもしれない。
3人で力を合わせ、さんざん怖がらせてくれたお礼に全力で叩きのめしてやった。
* * *
俺が何十度目かの攻撃を叩き込んだ直後、黒い巨体が赤茶けた光を発した。
地に響くうめき声を出しながら大きな体が崩れていく。輪郭があやふやになり、ぐにゃりと大きく歪んだところで一気に光が大きくなる。そして、蒸発するように巨体が消し飛んだ。
《ネイムドモンスター【ジャイアントブラック】の撃破を確認しました。メインクエスト【駆け出し者の草原】クリアです。おめでとうございます》
「やった! すっごい! すっごいよ! 本当に倒せちゃった!!」
小さな杖を片手に夏秋冬がぴょんぴょん飛び跳ねる。
「ウンザリするくらいの体力だったな」
雪羽は乱れた髪を整えながら安堵のため息をついて、
「勝てた……」
緊張から解放された俺は、放心したようにボンヤリと呟いた。
紫色だった世界は元に戻り、爽やかな空気を運ぶ風を感じるようになる。沈殿するような重い空気が支配していたあの空間と比べると、ここはまるで天国だった。
思い切り空気を吸い込む。そして吐き出す。強張っていた筋肉が解れて血が巡っていくような、何ともいえない感覚が全身をめぐっていく。
よく見ると、周囲の風景は少し赤みが差していた。空に浮かぶ太陽は既に傾いていて、そろそろ夜が近づいていることを教えていた。
* * *
無事に町へと帰還した俺達は、初めてのネイムド撃破を祝ってちょっとしたパーティーを開くことになった。
会場は夏秋冬が借りている部屋になったのだが、宿屋のオヤジに「3Pとはやるねニイチャン」と耳打ちされたので運営に1万文字ほど抗議文を送っておいた。あのNPCは絶対に壊れていると思う。
「かんぱーい!!」
夏秋冬のテンションに引っ張られて声を出す。やや乱暴にグラスをぶつけ合い、そのまま一気に口の中へ流し込む。ただのオレンジジュースだが、こんなに飲み物がおいしいと感じたことはない。半端ない達成感が押し寄せてきて、我ながらニヤニヤしてしまう。
「どうしたんだ?」
案の定雪羽に変な顔をされてしまった。気持ち悪い顔になっているのかもしれない。でもニヤニヤが止まらないのだ。
「あんな大きなモンスターを倒せるなんて思わなかったから、自分に驚いているんです。MMORPGって面白いですね」
巨大ゴブリンを見てビビリまくっていたくせに、喉もと過ぎたらこの喜びようだ。我ながらアホだと思う。でも嬉しいのだからしょうがない。
「そうだな。やはり難しい敵を撃破した時は気分が良い」
「ですよね。達成感があるというか」
こんな事を言うと笑われるかもしれないが、仲間っていいなと思う。独りだったら何もできずに逃げていただろうから。
自分の左手の甲に目を向ける。中指の付け根あたりの位置に爪のようなマークが現れていた。これはネイムドの撃破を示すマークだ。
マークの色は各系統のシンボルカラーなので、俺は黒、雪羽は青、夏秋冬は銀のマークがそれぞれ出現している。今後もネイムドを撃破すれば爪が増えていくのだろう。
「五爪の竜でもモチーフにしているのかもな。悪竜に対抗する私達も竜のように強くならなければならない、と」
「なるほど、そうかも知れないですね」
浮かれた気分のまま雪羽と会話していると、彼女から不意に質問が飛んできた。
「ところでアキト。キミのその癖は昔からなのか?」
「癖、ですか? どんなのですか?」
「頬を人差し指で3回かくように触る癖だ。何度も見ているが」
指摘されるまで意識していなかったが、確かに俺は時々頬をかく。でもその回数は全くの無自覚だった。
「初日に会った時もそうだし、今も同じ3回。何か意味でもあるのか?」
「いや、特に無いです。回数なんて自分では全く考えていないですし」
俺の答えに雪羽は「まあ、癖なんてそういうものだ」とだけ言うと、それっきり興味を失ったようだった。
突然の質問に戸惑う暇も無く、今度は夏秋冬が飛び込んできた。
「今回のMVPは、なんといってもアキト君だよね!」
「いや、二人がいなかったら無理でしたから――」
「謙遜も度を過ぎると嫌味になるぞ? アキトの作戦とスキルが無かったらそれこそ無理だった。キミの功績が大きいことは間違いない」
「そうそう! ユキちゃんもそう思うよね!」
ストレートに褒められてちょっと照れる。でも、素直に嬉しい。ゲーム開始直後にはこんな事になるなんて想像もできなかった。ありがとう、師匠。
「ね、アキト君。やっぱりこれからも一緒に行動しない? きっと良いパーティーになれると思うんだ。ユキちゃんもそう思うでしょ?」
「ああ。これからも一緒に行動しないか?」
二人は改めて俺を誘ってくれる。
しかし、俺の返事は決まっていた。
「すみません。俺はしばらく独りで行動してみます」
やっぱり、と残念そうな顔をする二人には申し訳ないけれど、もう決めたことなのだ。
俺が二人の誘いを断ったのは、別にケンカをしたからという訳ではない。雪羽や夏秋冬とのフレンド登録を解除するつもりは無いし、可能ならまたパーティーを組もうと約束もしてある。
ならば何故、彼女達と一緒に行動しないのか。
理由を端的に言えば、賞金を貰う為の賭けに出てみようと思ったのだ。
この決断をしたのは、あの馬鹿でかいゴブリンを倒して帰る途中のことだった。
* * *
夕暮れの草原を三人で歩きながら、俺はゲームメニューを開いた。
ネイムドを撃破したことにより俺はレベル10になっていた。基礎ステータスは順調に上昇していて、ジュエルは30000も貰えていた。草原のモンスターは一体でせいぜい10ジュエルしか貰えないので、これは相当大きいだろう。
今後どれだけの金額を稼げるのだろう。そう思い、俺はワクワクしながらステータスを眺めていた。
しかし、ここで本当に見るべきモノは別にあった。
「ん? 何だコレ」
視線を下に動かしてスキルを確認すると、いつのまにか新しいスキルが登録されていたのだ。
【possession(憑依)】
詳細を確認すると、これは【天魔】系の中で一人だけが取得できるというユニークスキルだった。一度倒したモンスターに憑依して行動できるようになるらしい。
「ユニークスキルとは凄いな。羨ましいぞ」
「面白いスキルだね。モンスターになれちゃうんだ」
彼女達と会話しながらスキルの説明文を追っていく。
そして最後まで確認した俺は、ふと思いついたのだ。
このスキルを使ってプレイヤーの邪魔をする役を演じれば、俺達が賞金を貰うことも夢ではないかもしれない、と。
* * *
俺が今後単独で行動することを告げると、ふたりは残念そうに顔を曇らせた。
「本当に一人で行動しちゃうの?」
「はい。しばらくは全く戦力になれないと思いますし、計画通りにいかない可能性も十分あります。そうなったら迷惑をかけてしまいますから、俺だけでやってみます」
「そんな事をしなくても、このまま三人で攻略を進めれば良いじゃないか」
雪羽はそう言うけれど、俺達が正攻法で攻略を進めても一番にクリアできるとは思えない。約1000人もいるプレイヤーの中には凄腕のゲーマーもいるだろう。同じ条件で競った場合、俺達がそういう人より先にクリアできる可能性は低い。ゲーム開始から一週間を過ごした俺は、そう感じていた。
なぜ一番にクリアする事に拘っているかというと、ラスボスである悪竜が一体しか存在しないという可能性が高いからだ。
チュートリアルでは『賞金獲得者は複数になる場合がある』と言っていたが、それは複数人でパーティを結成してクリアした場合、そのパーティーメンバー全員が賞金を得られるということなのだろう。
もしも悪竜が倒されても復活し、ゲームクリアした全員が賞金を貰えるというならば、賞金総額はとんでもない数値になってしまう。これは現実的な話ではない。少なくとも賞金を獲得できるプレイヤーはクリアの先着順で、せいぜい2組か3組と考えるのが妥当だ。
だから、できれば一番にゲームをクリアしたい。しかし正攻法では勝ち目が薄い。ならば、普通ではない手段をとるしかない。
【憑依】スキルを使えば、それが実現できると思うのだ。
計画通りに進めば他のプレイヤーから恨まれるだろうが、別にルール違反ではない。用意されているスキルを使ってゲームをプレイするだけだ。
「すみません。二人にはお世話になったのに我侭を言ってしまって」
「……いや、アキトが謝ることじゃない。単独行動が難しいと思ったらいつでも連絡してくれ。無条件で歓迎するぞ」
「うん。順調に進められたとしても、たまには遊んでね。約束だよ?」
「ありがとう。やれるだけやってみます」
そうして、俺達は一旦別れた。
明日からは憑依スキルの具体的な検証をするつもりだ。どうなるかは判らないけれど、俺は何だかワクワクしていた。
お疲れ様でした。今回で1章終了です。
拙作をここまで読んでいただき、ありがとうございます。感想やお気に入り登録、評価をしてくださった方もありがとうございます。
次回の更新はしばらく先になる予定です。2章完成の目処が立ったら、また順次投稿していきたいと考えています。




