11話 ネイムド
ゲーム開始から早くも一週間が経過した。
朝はマラソンから始まり、午前中は師匠にしごかれ、食事を終えた午後からは夏秋冬と合流してレベルアップに勤しむ。空いた時間はひたすらムーブサポートをOFFにした動きや心眼結界の練習を繰り返す。
そんなサイクルで過ごしていたのだが、8日目の今日は少し違っていた。
「アキト君! こっちこっち!」
午前の修行を終えて連絡で指定された店に行くと、夏秋冬は既にテーブルに座って待っていた。周囲から漂ってくるトマトソースやチーズの匂いが食欲をそそる。今日はイタリアンの気分らしい。
「ここのポモドーロって最高に美味しいんだよ! 太陽トマトの酸味と黄金チーズのまろやかさ、そして絶妙アルデンテなパスタが絶妙のハーモニーだよ! 一口食べればふわっといい香りが広がって最高だよ! いただきました星三つ、だよ!」
というわけで、お勧めされたパスタを注文する。夏秋冬は新メニューに挑戦するらしく、白鳳鳥の卵とディエスポークを使ったカルボナーラを注文した。
注文の品を待つ間、今日の予定について簡単な作戦会議が始まった。
「アキト君もわたしもレベル8になったけれど、最近はレベルも上がらなくなっちゃったから、そろそろ本格的に草原の奥まで行ってみようと思うの」
回復スキルを覚えるまでは町の周辺でレベル上げする予定だったが、弱い敵ばかり相手にしているのはさすがに効率が悪くなってきた。だから、俺も彼女の判断に賛成した。
「アキト君がわたしの思った以上に優秀だからね。もう初心者だってこと忘れて頼っちゃってるよ。凄いよね」
「いや、夏秋冬さんのサポートがあってこそです。俺の攻撃力は全然頼りになりませんし」
謙遜でもなんでもなく、夏秋冬の【火球】は強い。ペナルティを補って余りあるほどの威力に加え命中率も高い。というか、外した所を見たことが無い。これは凄いことだと思う。
「えへへ、わたしたち結構いいコンビだと思うよ。ユキちゃんと合流すれば、もっとバランスが良くなると思う」
「ユキちゃん、ですか?」
そう言えば夏秋冬は友達と別行動をしていたのだった。その間独りでレベル上げをするのが辛いので俺と組むことになったのだ。
「うん。ユキちゃんはこういうゲーム得意だから戦力アップは間違いないよ。今は別行動してるけど、昨日聞いてみたら独りで攻略も進めてるみたいだしね」
もうレベル10になったんだって、と教えてくれる夏秋冬は「わたし達も負けていられないね」とニコニコしていた。
「えっと、話を攻略に戻すけど、アキト君って回復アイテムどれだけ持ってるかな?」
「【双葉草】が5個と【三葉草】が1個です」
最も基本的な回復アイテムである双葉草と、それより一段階高級な回復アイテムの三葉草は道具屋でも販売されている。その値段は双葉草が100ジュエル、三葉草は1000ジュエルだ。
食事が数ジュエル、宿の利用は高くても1回で50ジュエル程度。ブルーポム1匹で3ジュエルしか手に入らないことを考えると、回復アイテムは相当高いように思える。しかも道具屋で買える数は10個まで。それ以上所持した状態だと店の爺さんが売ってくれないのだ。
「やっぱりこのゲームってバランスが悪いよね。条件はみんな一緒だから表立った苦情は出ていないみたいだけど」
「回復スキルの新しい情報はありました?」
「ううん、午前中に調べた限りだと、まだ誰も手に入れていないみたい。まさか回復スキルが存在しないってことは無いと思うけど……」
とにかく、このまま回復手段が安定しないのは不安だ。という訳で、今日の午後からはレベル上げに加えて回復アイテムを捜索することになった。
* * *
駆け出し者の草原は、基本的に非常に見通しがいい。障害物といえば背の高い広葉樹や大きな岩がポツポツとあるくらいだ。周囲を見渡せば他プレイヤーがモンスターと戦っている姿を目撃することも珍しくない。
ここで注意すべきことは、他プレイヤーに勝手に加勢しないことだ。
レベル上げやアイテム収集などを目的にモンスターと戦う場面では、既に誰かが相手をしているモンスターを攻撃することはマナー違反として嫌われる傾向にある。獲物の横取りになってしまうからだ。
このゲームは賞金が懸かっているせいか気が立っているプレイヤーが多い。トラブルを招かない為にも注意した方が良いだろう。
「ここのエリアは凄く広いから、そういった揉め事はそんなに起きていないけどね。えい」
言いながら小さな杖を振り下ろすと【火球】がまっすぐ飛んでいく。
四足獣モンスター【スモールディアー】に炎が直撃し、悲鳴を上げながら崩れ落ちる。講義をしながらスキル発動なんて器用な真似だ。
「夏秋冬さん余裕がありますね」
「アキト君だってちゃんと会話続けていたじゃない。そっちの方が難易度高いと思うよ。わたしはゆっくり狙いをつけて炎飛ばすだけだもん」
「俺はモンスターの目の前で時間を稼いでいるだけですから」
「いやいやー、その度胸と技術は凄いと思うよ! もう全然ダメージ受けてないしね」
「体力が無くなっても本当に死ぬ訳じゃないですからね。最初は少し怖さも感じていましたが、もう平気です」
俺たちの連携は、かなり様になりつつあった。
さすがに複数の相手に囲まれると後衛をかばう為に攻撃を受けることもあるが、グリーンゴブリン以外は前列の俺を集中して狙ってくる。既にモンスターの攻撃パターンを覚えたので、俺が受けるダメージ量はかなり少ない。
探索開始から既に2時間が経過しているが、体力はまだ十分に余裕がある。戦闘に関しては非常に順調だった。
「それにしても、双葉草って中々手に入らないですね」
今のところ、回復アイテムの双葉草を手に入れる方法は主に3つ。
まずは、町の店で買う方法。
次に、モンスターを倒した時に一定の確率で回復アイテムを落とすので、それを入手する方法。
そして最後は、エリア内に自生している双葉草を採取するという方法だ。
当初はモンスターが落とすアイテム(ドロップアイテム)を狙ってひたすら戦闘を繰り返していたが、今まで戦ったモンスターは回復アイテムを落とす確率がかなり低い。1日で2つ入手できれば幸運だと言えるレベルなのだ。
「うーん、こうなったら採取に賭けた方が良いかも。レベルも全然上がらないし、この辺りで粘っていても良いコトは無さそうだね」
「でも、この広いエリアの中で小さな草を探すなんてできますか? ネットで検索する訳にもいきませんし」
こういう時に情報を集める手段が無いのは辛い。プレイヤー間の交流掲示板は存在するが、誰も有効な攻略情報なんて流そうとしないのだ。
「他のゲームだと、広葉樹や岩みたいにちょっと目立つ場所の近くで採取できる場合が多いかな。まずは行動してみようよ」
そんな夏秋冬の予測にしたがって探索を続けたが、なかなか見つけられない。現在は15:30。町から西へと進んでいたが、そろそろ折り返すことを考えだす時間だ。
そんな時のことだった。
――ゴオオオ。
「何か言った? アキト君」
「いえ、何も」
正直に答える。あんな地の底から響くような声が出せるなら、モヒカンに舐められたりしない。
「夏秋冬さん」
「うに? なーに?」
「ネイムドモンスターって知ってます?」
「うん。いわゆるボスモンスターだよね。わたし達が他のエリアに進む為には絶対に倒さなきゃいけないモンスターだよ。見たこと無いけどね」
「強いですか?」
「きっとね。経験上ザコモンスターの倍以上の能力と10倍以上の体力を秘めていると考えて良いよ」
「もしも俺達が戦ったら、勝てると思います?」
「どうかな。能力だけが全てじゃないとはいえ、レベル一桁だと厳しいかも。実際に見てみないと判らないけどね。名前も知らないくらいだし」
「【ジャイアントブラック】って名前みたいですよ。見てみます?」
反応が無いまま沈黙だけが返ってくる。夏秋冬のこめかみに汗が流れてポタリと落ちた。
「あはは、さっきから感じる不気味な振動の正体って、ひょっとしてひょっとするの? まだ誰かが倒したって噂も聞いていないんだよ?」
「そうなんですか。まだ誰も倒していないという話は、本当かもしれません」
――グァアアアアア!!
「ひゃあああ!?」
暴力的な咆哮が襲いかかってくる。50メートルは離れているというのに凄まじい音圧だ。
ネイムドモンスター【ジャイアントブラック】
その正体は、真っ黒な肌を持つ巨大なゴブリンだった。




