10話 サポート
あれから夜になるまでモンスターと戦っていた俺は、レベル上げの成果として523ジュエルを手に入れた。最初から持っていた分との合計所持ジュエルは600ほど。
「今日も一緒の部屋で休んでも良いよ?」
と夏秋冬は言ってくれたものの、ジュエルに余裕があるので自分で部屋を借りた。
当たり前だ。一緒の部屋に泊まった初日がおかしかったんだ。
夏秋冬と同じ宿で部屋を借りたので不便も感じない。宿屋のオヤジの「兄さんフラれたの? 失敗した?」という暴言を完全スルーして3日目の朝食を済ませた俺は、今日も師匠に会いに行った。
「相変わらず、ここって人が居ませんよね」
裏道を散策するプレイヤーもちゃんといるのに、この道場に俺以外のプレイヤーが訪ねてきた様子が無い。不思議に思って問いかけてみると師匠は「今更かよ」と笑った。
「今はお前がここを陣取ってるんだから、他のヤツが来ないのは当たり前だろ。俺はお前しか相手にしていない。光栄に思っていいぞ」
「え? ここって誰でも入れる施設じゃないんですか?」
師匠は当たり前のように首を振る。
どうやらこの道場にも入場制限があったらしい。でも995人もプレイヤーがいるんだから、誰かに先を越されていても不思議じゃないと思うのだが。
「レベル1で、しかも最初から持っている武器も装備せずにフラフラしていたのはお前くらいだ」
「……それが師匠に会う条件だったんですか?」
ゲームの開始直後はまず自分の持ち物を確認し、所持していた武器を装備登録する。少しゲームに慣れている人ならまずやる事だ。
「他にも条件はあるがな。ま、今更そんな話どうでもいいだろ? ヘタレなお前が幼女と仲良くなれたんだしな。つーか、これで文句言ったら本気でぶちのめすからな」
「文句なんて無いですよ。師匠には感謝してます」
「ふん、当然だ」
師匠、そんなに頬を染めないで下さい。
「でも、いくら仲良くても一緒の部屋に泊まるのはやりすぎですよね」
「あん!?」
気が緩んでポロッとバカな事を口走った瞬間、何かがひび割れた音がした。
「……テメェ、本格的にエロ助だな。いや、女の部屋に転がり込んでるんだからヒモ助か」
また呼び名が変わっている。どれだけ訂正しても聞き入れてもらえなかった。
* * *
思わぬ話で時間を消費してしまったが、荒れる師匠を何とか宥めて今日のレッスンを開始してもらった。
「今日のマラソンタイムは54分でした」
「お、まだ伸びるか」
「昨日よりレベルが3つも上がっているのに、タイムはあまり伸びませんでした」
実は、これでも5回チャレンジした中のベストタイムなのだ。昨日の夜と今朝早くに挑戦したのだが、何故かほとんど記録が伸びなかった。
レベルアップしたことでパワー・スピード・スタミナの数値は順調に伸びている。だから記録更新は余裕だと思っていたのに。
そんな現状を不思議に思っていたが、師匠は「それでいい」と笑う。
「お前に貸しているそのバックパックは特別製でな、表面的なステータスは全く関係無くしちまうんだ。だからレベルが上がろうがタイムには影響しない。ちゃんと伸びてるんだからトレーニングは順調ってコトだ」
さて、と師匠が立ち上がる。相変わらずの迷彩服姿で手足をプラプラさせた後、「ムーブサポートって知ってるか?」と切り出してきた。
ムーブサポートは、武器の使用・防御や回避・スキル使用などの動作をサポートしてくれる補助機能だ。この機能のお陰で武術素人の俺でも何とか戦えている。
「知っていたか、だったら話は早い。今日はスキル使用におけるムーブサポートを禁止する」
「……どういうことですか?」
「それが今日のメニューだからだ。いいから言う通りにしてみろ」
釈然としないものを感じながらもゲームウインドウを開く。ムーブサポートのスキルの欄をタッチしてチェックを外した。
「よし、その状態でスキル【刺突】を使ってみろ」
【刺突】とは、レベル4になった時に覚えたアクションスキルだ。武器を両手で持ち、体重を乗せて突きを繰り出すという攻撃であり、うまくヒットすると相手が怯む追加効果を得られる。
「スキルを使うって、【刺突】の動きを再現するということですか?」
「おう、そうだ」
言われるままに銅のナイフを両手で構える。スキルを使った自分の姿を思い浮かべながら、強く右足を踏み込んでナイフを突き出した。
「ふん、やっぱりお前は動きのコピーが上手いな。次はコイツ相手にもう一度だ」
師匠が手を上げると、魔方陣のような光る円(ワンダーサークルと呼ぶらしい)が床に出現する。その中からブルーポムの色違いモンスターが飛び出してきた。
「手加減は要らん。思い切りやってみろ」
「はい」
促されてもう一度【刺突】を放つ。しかし、ちゃんと当てた筈なのにモンスターはまるで平気な顔をしていた。
「ダメだな、全然ダメだ。今日はこのグリーンポムに【刺突】を当てることが目標だ」
「何が悪かったんでしょうか」
「サポートを切った状態でスキルを発動させる為には、ちゃんと発動条件を満たす必要がある。【刺突】の場合はナイフを両手で持つことと、突き出すスピードが一定以上である必要がある」
つまり、単純に剣速が足りなかったからしい。もう一度構えて、緑のモンスターに向かってナイフを突き出した。
* * *
「しっかり標的を見ろ! 武器をフラフラさせるな!」
「ダメだ、体のバランスが崩れてるぞ。今のは力みすぎだ」
「遅い! もっと鋭くだ!」
師匠の檄が飛ぶ中ひたすら動きを繰り返す。しかし、サポートOFFの状態では思うように成功してくれない。時間だけが過ぎていき、夏秋冬との待ち合わせの時間まで残り1時間を切っていた。
「力を入れすぎるな。引き絞った腕を伸ばす瞬間に力を爆発させるイメージだ」
「はい」
焦ってはダメだ。落ち着いて丁寧に。でも勢いは殺すな。
そう改めて自分に命じる。
そして、まんまるボディ目掛けて97回目の【刺突】を放った時だった。
「ぷおー……」
スキルを使用時に発生する黒い光がナイフの先に生じ、モンスターが悲鳴を上げる。丸い体がしぼむように小さくなり、力なく地面に転がった。
「……やった」
「やっと成功か。まだまだだな」
「確率、ほぼ1%、ですもんね」
荒くなっていた息のせいで上手く喋れない。それでも、達成感のおかげか疲労は感じない。
「まあいい、これも練習あるのみだからな。戦闘中でも余裕があれば挑戦してみろ」
「これは、結局何の意味があったんですか?」
「簡単なコトだ。ムーブサポートを使っている限りお前は決まった動きしかできない。そんなのは面白くないからな」
ムーブサポートを利用してアクション系のスキルを使うと、発動中は絶対に決まった動きしかしない。これは長所であると同時に短所でもあるらしい。
「ムーブサポートに頼らずにスキルを出せるようになれば、その制約が無くなる。つまり、攻撃のバリエーションが増えるってわけだ」
「……ひょっとして、また上級者用の練習だったんですか?」
「おう」
まだ合格点はやれんがな、とあっさり認めた師匠が笑っている。
「初心者講習はどうなったんですか?」
「ヘナチョコとはいえ、【心眼結界】を覚えたお前に今更そんなのやらせたって面白くないだろ? 基本的な内容は全部カワイコちゃんに教えて貰ったんだろうしな。ケッ」
NPCなのに職務放棄しないでほしい。
「俺、こういうのは順番にクリアしていきたい性質なんですけど」
「あー、面倒臭いヤツだな。わかったよ。だったら今のモンスターを倒したってことでクリアにしてやる。元々ここでモンスターを一体倒せばクリアって内容だったからな」
《サブクエスト【初心者講習】クリア。おめでとうございます、アキト様》
師匠が言い終わると同時に聞き覚えのあるアナウンスが聞こえてきた。報酬として100ジュエル貰えるみたいだ。
こんなにテキトーで良いのだろうかと思ったが、深く考えない方が良さそうだ。
「今日はこれで終わりだ。どうせ自主練するならマラソンよりもムーブサポート無しの練習を積む方が良いぜ。覚えておきな」
口が悪かったり、NPCらしからぬ型破りな性格だけれど、それでも師匠の指導力は確かだと思う。ド素人の俺がちゃんとこのゲームを楽しめているんだから。
「はい、わかりました」
提案を素直に受け取ることにして、今日のレッスンは終了した。




