9話 はじめてのレベルアップ
何とか生還を果たした俺は、適当に昼食を済ませて待ち合わせへの場所へ向かった。約束の時間より少し早めに到着したが、夏秋冬は既に俺を待っていた。
「お待たせしました……」
「やっほー、今日から頑張ろーね! って、アキト君どうしたの? 昨日よりさらに顔が青いような」
「ああ、ちょっと軽く死にかけただけです」
「……確か、初心者用のクエストを受けてくるって言ってなかった?」
うん。何をどう間違って上級難度(らしい)サブクエストに参加させられたのか、俺だって未だに良くわかっていない。ちなみにまだサブクエスト【初心者講習】は終わっていないので、俺は上級サブクエストを最初にクリアしたことになるらしい。
顔が青ざめるほど師匠にボッコボコにされたが、それに見合う成果はあった。
まずスキル【心眼結界】のレベル1を取得したこと。精度が低いが、半径2メートル以内なら目視しなくても相手のおおまかな動きを知ることができる。近いほど詳細に知覚できるが、範囲内ギリギリだとボンヤリとしか知覚できない。師匠によると、使い慣れるにしたがって精度が上がっていくらしい。
スキルは使用する為に【スタミナ】もしくは【マナ】を消費するものが多いが、【心眼結界】はどちらも使用しないので消費を気にする必要が無い。とはいえ、精神的に非常に疲れるので多用はできないが。
師匠の足払いを避けた時の、あの方法に至っては、まだ意識的に発動させることすら無理な状態だ。
どうやら極限の集中力と、相手の姿を強く思い浮かべることが必要らしい。しかし、理解していても再現できないのだからまだまだ練習が必要だ。
もう一つの成果は、上級サブクエストを全プレイヤー中最初にクリアした特典として【メイク ア リボン】というスキルを覚えたことだ。これは使うごとに微少のマナを消費するが、たぶん使わない。というか使えない。
「えー、せっかく覚えたのに。どんなスキルなの?」
「こういうスキルです」
対象を決めてスキルを唱える。夏秋冬の前髪がふわりと浮き上がり、小さな銀のちょうちょ結びを作り上げた。
「これがスキルの効果です。ネタスキルってやつですね」
「わ、可愛いかも! ……でも前髪でやっちゃうと、ちょっと変だね。ねえ、わたしの後ろの髪にやってみてよ。これ使って」
夏秋冬が取り出したのは、幅が2cmほどのピンク色のリボンだった。細かい刺繍が施されていて、手にした途端【魔法少女の髪留め】とアイテム名が告知された。
「できるかな?」
「やってみます」
前髪の結びを解除して再度スキルを使用する。手の中のリボンが意思を持ったように動き、リボンがサラサラと流れる髪の先を縛った。
「いいねー。可愛く結んでくれてありがとう」
全く使えないと思っていたけれど、こうして役に立てたのなら覚えた甲斐がある。
「レベル上げには無縁だと思いますけどね」
「そうかな、どんなスキルだって使い方次第だよ」
それは師匠も言っていた。せっかく覚えたスキルなので、色々と役に立ててみたいとは思う。まだその方法がまるで思いつかないけれど。
* * *
町の外へと続く門をくぐる為に特別な手続きは必要ない。
歩いて外に出れば、そこはもう安全地帯ではないのだ。
【駆け出し者の草原】は見渡す限り緑の草が生い茂るエリアだ。ちょっとした丘程度の高低差が連続している大地には、背の低い草が絨毯のように生えている。その中でぽつぽつと、一部は線を引くように連続して広葉樹が生えている。
町の門からは幅が5メートルほどの道(舗装されていない)が平地の部分を辿るように曲がりながら伸びている。道なりに歩いていけば別のエリアに辿り着けるはずだ。
ただし、今日の目的はあくまでもレベル上げだ。道は無視して緑の絨毯を進むことになる。
幸い地図は自動で更新されるので迷う心配は無さそうだ。現在地は常時地図に表示され、様々なもの(例えば道や木など)は歩くだけで地図に登録される。マッピングの経験がない俺にとって、ひたすら歩き回るだけで地図が完成するのはありがたい。
「ここからは、いつモンスターに襲われても不思議じゃないんですよね」
「そうだよ。とはいえ、町の周囲にモンスターはあまり来ないんだよね。だから皆は草原の奥まで行ってるみたい。わたしはすぐヘロヘロになっちゃうから、できるだけ町の近くでウロウロしていたんだけど」
同じ草原でも、場所によって出現するモンスターは違うらしい。
「この近くはあまりモンスターの出現率が良くないし、出ても最弱の【ブルーポム】ってモンスターばかりなんだけど、今のわたしだと10体くらい狩ったらもうヤバいんだよ。体力もマナもすぐ空になっちゃう」
夏秋冬は体力が低い上に、使うスキルはマナを消費する。マナを回復する為のアイテムは体力回復アイテムの10倍高価らしく、彼女もまだ手に入れたことがないという。
「マナは時間経過でも回復するんだけど、そのスピードはかなり遅いからすぐ空っぽになっちゃうんだよね。レベルが上がったりスキルを覚えたり、あとは特別な装備品とかで回復量は上昇すると思うけど」
マナをすぐ回復する手段が無い今は、長い時間待機して自然回復を待つか、マナが尽きる度に町へ戻る必要がある。町ならばマナの回復量が一気に上昇し、1分もあれば全回復できるのだ。町ではさらに体力も回復するらしい。イジーヌの町は神の力で護られているのだとか。
「門の近くが賑やかな理由は、回復する為に帰ってきている人が多いからなんですね」
「うん、そうだと思うよ。町と草原を往復している時間って結構大きくて、わたしみたいにちょっと戦ったら戻る、だとレベル上げ効率が最悪だけどね。囲まれちゃったら勝てないから逃げなきゃいけないし」
夏秋冬はまだ単体攻撃スキルしか覚えていないので、相手が複数になると途端に苦しくなる。それは多分俺も同じだ。今更だけど攻撃に関するスキルがまるでない上に、基本的な立ち回りすら知らないのだから。
師匠は『お前なら草原のモンスターくらい楽勝だ』とか言っていたけど、ぜひその根拠を教えてもらいたかった。
「レベルが上がれば余裕もできるし、絶対に楽しくなると思うけどね……お? さっそくポムちゃんが出てきたよ」
空気が渦を巻く音と共に地面に怪しげな円が生まれる。そこから真っ直ぐ上へ光が伸びる。円柱の中に丸い影が生まれたかと思うと「ぷおー」と鳴いた。
「これがブルーポム。一番弱いモンスターだけど油断しないでね」
「わかりました。作戦通りにいきましょう」
夏秋冬を隠すように前に立つ。ブルーポムはボウリング玉のように全身が丸く、その表面に丸い目と大きな口がついている。手足のようなものは見当たらず、青い表面はツルツルしている。ゴムボールみたいにピョンピョン跳ねてこちらの様子を伺っていた。
初めての実践はもっと緊張するかと思ったが、自分でも驚くほどの余裕がある。あの凶悪な師匠に比べたら、このモンスターなんて子猫みたいなものだ。
「……あれ、攻撃してきませんね」
「ポムちゃんは、こっちが攻撃動作に入るまで攻撃してこないんだよ。だから先制攻撃やっちゃっていいよ!」
「わかりました。やってみます」
このゲームには【ムーブサポート】という補助機能があり、武器の使用・防御や回避・スキル使用に至るまで、プレイヤーが動作を正確に行えるようサポートしてくれる。武術素人の俺がちゃんとしたフォームで短剣を扱えているのは、一重にムーブサポートのおかげだ。
飛び跳ねているブルーポムに対し、銅のナイフを叩きつける。体が勝手に動く感覚は奇妙だが、単調な動きなので思ったより拒否反応は感じなかった。
「ぷおー!」
丸い体がバウンドして、力なく転がる。しかし俺の攻撃だけでは倒しきれていない。
「おっけー! いっくよー!」
背後からの合図を受けて横へと飛びのく。合図からきっちり1秒後にスキル【火球】の炎が横を通り過ぎていき、まだ転がっている丸い体に直撃した。
「よーし! アキト君いいよー! 良い動きだよー!」
いえーい! とハイタッチを求めてくる彼女にパチンと手を合わせる。初めての実戦は上出来だった。
* * *
俺が敵を引き付けて、その隙に夏秋冬が【火球】で仕留める。このパターンは単純だが有効だ。相手モンスターの動きは単純な上に鈍いので、走って逃げていれば殆どダメージを受けることはない。
しかし、これはあくまで相手が単体の場合に限る。敵の数が多くなるほど俺に釣られず夏秋冬に向かう可能性が高くなるのは当然で、そんな時はダメージ覚悟で立ちはだかるしかない。ブルーポムの攻撃は体当たりだけなのでさほど痛くないが、問題なのは時折出現する【グリーンゴブリン】だ。
俺の腰上ほどの身長しかないこの小人型モンスターは、獣皮の腰巻を身にまとい、手にした棍棒で殴りかかってくる。この攻撃が俺にとって結構痛く、一撃で体力の10%ほどを失ってしまう。
実はこのゲーム、防具という概念が無い。あるのは武器とアクセサリだけなのだ。系統によっては盾を武器の付属品として使用できるのだが、あいにく俺が属する【天魔】は短剣を扱う系統だ。他系統の武器を使えない訳ではないが、性能が劣ってしまうらしく、特に低レベルだとほとんど意味が無いらしい。
つまり、武器で攻撃を打ち落とすか、諦めて体で受け止めるしかない。
しかし、武器を使った防御は【パリイ】というスキルが必要らしく、今は使用できない。残る選択肢は一つしかないのだ。酷い話だと思う。
「ガアッ!」
「負けるな俺の左腕! 折れるなよ!」
こんな激励なんて意味無いと思いつつも叫んでしまう。野球バットの全力スイングを腕で受け止めるようなものなのだ。痛みは殆ど感じないが、怖いものは怖い。
「いくよアキト君! 【火球】!」
何とか棍棒を受け止めた直後に夏秋冬の合図が聞こえる。ゴブリンを押しのけて右に逃げると、すぐさま炎の球がゴブリンを葬り去った。
「やっぱり複数で囲まれると厳しいですね」
「そうだよね。特にゴブリンに囲まれちゃうとね」
3匹のゴブリンのうち1匹は行動前に倒したが、残りを倒すまでに体力を30%も削られてしまった。わざわざ後列の夏秋冬を狙ってくるのが嫌らしい。
「ごめんねアキト君、痛かったよね」
「【火球】は連続で打てないんですから仕方ないですよ。作戦通りですから問題ないです」
やせ我慢もあるが、一人だけで戦う大変さはもう十分理解できている。レベルが上がれば受けるダメージも軽減されるだろうし、【パリイ】を覚えるまでの我慢だ。
* * *
開始から3時間ほど経過した。
回復の為に何度か町へ戻りつつも、俺たちは順調にレベルアップしていた。
《レベルアップしました。おめでとうございます、アキト様》
「よっし! やっぱり二人だと違うねー。サクサクだねー」
「ブルーポム相手ならほぼノーダメージですね」
「うん。ちょっとマナが少なくなってきたから休憩しよっか」
夏秋冬の提案に頷いて手ごろな木の陰に腰を下ろす。モンスターが出現してもすぐ対応できるよう見張っている必要があるが、この辺りのモンスターは攻撃しない限り襲ってこない。だから多分大丈夫だろう。
「アキト君は今のでレベル3かな?」
「そうですね。ほとんどブルーポムばかりでしたけど結構上がるんですね」
指を空中に走らせてステータスを表示させる。今のステータスは以下のとおりだ。
---------------------------
プレイヤーネーム:アキト
父:ヘルヴィネ
母:ライトニング
系統:【天魔】
レベル:3
体力: 210/210
スタミナ: 49/49 (+25)
マナ: 24/24
パワー: 18
スピード: 27
強靭度: 21
魔力: 24
魔術耐性: 24
【スキル】
メイク ア リボン
心眼結界Lv1
【装備】
銅のナイフ
【アクセサリ】
なし
---------------------------
スタミナの欄にある|(+25)とは、レベルアップ以外で変化したステータスを表している。あくまで補正値を明示してあるだけなので、俺の現在のスタミナ値は合計で49だ。25も補正されているので、マラソンの効果はかなり大きいみたいだ。
「ステータスの上昇幅はそれそれバラバラなんですね」
「キャラメイクの時点でステータスの才能値が決まってるっぽいね。才能値が高いステータスはサクサク上昇するし、逆に才能値が低いと上がり難いんだと思う」
ということは、俺はスピードの才能値が高く、パワーの才能値は低いのか。パワーは攻撃力に直結しているので、俺の攻撃力にはあまり期待できないらしい。
レベル3になった今も、最弱モンスターですら一撃では倒せない。これはかなり辛いかもしれない。
「レベルアップしても、スキルは覚えないんですね」
「スキルは簡単には覚えられないよ。むしろレベル1の状態でスキルを2つもゲットしていたのは凄いと思うよ。わたしなんてレベル5なのに、覚えたスキルは【精神統一】だけだもん」
ちなみに、頬を膨らませている夏秋冬のステータスはこんな感じだ。
---------------------------
プレイヤーネーム:夏秋冬
父:ラケルス
母:ウィングスマリー
系統:【銀細工師】
レベル:5
体力: 125/125 (-125)
スタミナ: 35/35
マナ: 60/60 (+10)
パワー: 13 (-13)
スピード: 13 (-13)
強靭度: 13 (-13)
魔力: 60 (+10)
魔術耐性: 40
【スキル】
火球
精神統一Lv1
【装備】
見習いの杖
【アクセサリ】
魔法少女の髪留め
---------------------------
「……この、異常なマイナス補正はどうなってるんですか?」
「これが両親を同系統にしたペナルティだよ。マイナス50%補正って酷いでしょ? 魔力とマナのプラス補正はたった10%なのに、まるで呪いだよ」
ちなみに魔力はスキル【精神統一Lv1】の補正を受けてさらに+5されていて、アクセサリ装備補正としてマナが+5されている。
項垂れる夏秋冬だが、彼女が使う【火球】は基本スキルなのに強力だ。確かに一人で戦うのは厳しいが、今のように後列から撃っていれば体力の低さも関係ない。
「ですよね?」
「うん、そのとおりだよ。協力プレイはMMORPGの醍醐味だからね。それじゃ夜になるまで、もう一頑張りしよっか?」
休憩を挟んでいる間にマナも十分回復した。
現在時刻は16:30。俺達は夜になる18:00直前までひたすら戦い続けた。




