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異世界盗賊譚  作者: ウタヘビ
第一章 盗人猛々しき事、これより他に無く
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第2話 「指輪問答」

「はぁッ、はぁッ、はぁッ、はぁッ……」


 静けさを取り戻した森の中では、荒い呼吸音とトリガーを繰り返し引く渇いた音だけが繰り返されていた。

 自らが握るものが何であるかも判別出来ぬまま、何らかの物体が発射されるのだけが目に入っていたが、それ以上に迫り来る巨獣の存在感に意識を奪われていた。


 既に手に握る物体から、発射されるものは尽きていた。だが、それでも恐怖により生じた衝動が、指を動かしトリガーを引かせていた。


 どれだけの時間が過ぎただろうか。漸く思考が回転し始めたことで、化け物に向けていた物体を下げた。


「ふ、はぁッ……、たす、かったのか?」


 あまりの緊張に九十九は気づいていなかったが、長時間持ち上げていた腕は酷く疲労しており、腕を下ろした途端に力が入らなくなり、地面にソレを取り落とした。


「これは、一体何なんだ?」


 それをまじまじと見ると、クロスボウの様な物、としか表現出来ないものだった。しかし、良く似ているだけで、根本の部分が異なっている。


 金属と木材で作られた台座の上に、何らかの動物の骨、或いは角等を加工して作られたと思われる乳白色の弓が交差する様に取付けられている。しかし、その弓には弦と思しきものは張られておらず、また、その弦を引っ張る器具や、固定する器具も存在しない。


 無理な使用で壊したか? いや、そもそも弓を取り付けずに何度も射ることが出来たには何故だ? それよりもこれは何処から、あの声は……。


『ご契約者様の現在の所有権限内に於いて、ご要望に沿う性能の品目をご用意致しました』


 無数の疑問が浮かび上がる中、何処からともなく声がした。


「ッ!? 誰だッ!!」


 周囲を見回しても声の主は見当たらない。それどころか、その声はまるで耳元で喋っている様な、或いはイヤホンで直接耳に流し込まれている様に鮮明なものだった。


「何処にいる!? 姿を現せ!!」


 異様な声に片耳を抑えて、周囲に叫ぶ。


『突然の発言、ご不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありません。現在、『異界転移の指輪』に内蔵された人工知能である(わたくし)、『メティス』の機能により、ご契約者様の内耳に音声信号を直接送信しております』


 全くの感情の籠らない声、それが、耳を塞いだ左耳からも聞こえてくる。防音の意味もなく、クリアな音。それは外部からの音でないことを証明している。


「指輪がしゃべっている、だと」


 耳から話した左手に人差し指に付けた指輪をまじまじと見る。人口知能が搭載された高性能な機器にはとても見えない古ぼけた指輪だ。


 もともとこの指輪が普通でないことは仙谷 楼賀(せんごく ろうが)の手紙からある程度覚悟していたが、まさか会話までするとは……、次から次へと起こる異常事態に九十九は頭を抱えた。


『ご理解頂き誠に有難う御座います』


 いや、理解など追いついていない、そう否定しようとするも指輪の人口知能――メティスの言葉は続く。


『異世界転移直後の緊急事態時の特殊対応として、ご契約者様への各種説明を保留とし、『異世界転移の指輪』の機能を使用しました』


 疑問は山ほどある。しかし、それは後回しにして、メティスの言葉の中で最も気になる言葉についての疑問を優先する。


「契約者とは一体何だ? 俺は何も契約していない」


 九十九は契約という単語に強く警戒した。かつてそれによって酷い目にあった経験によるものだ。


『本契約に関しては、異世界への転移が行われた時点で強制的に結ばれるものです。また、この契約を解除することは出来ません』


「ッ!?」


 恐れていたことが現実となった。表の社会で真っ当な生活をしている人間に取っても対等な契約とは難しいものだが、裏の社会に於いて、契約を迫られる場合、それは明確な不利益が存在することを意味する。


 慌てて指輪を取り外す――思いのほか簡単に外れる。それを掴み放り投げようとすると――。


『再度説明しますが、契約の解除は行えません。また、指輪の機能無しにご契約者様が、この世界で生存する可能性は限りなく低いことを付け加えさせて頂きます』


「……」


 九十九は振り上げた手を下ろし、恨みがましく指輪を睨む。


「契約は解除出来ない。ならば、契約を完了することは出来るのか?」


 契約にも永続的なものの他に、ある一定のノルマをクリアすれば完了するものがある。この契約は果たしてどちらか。


『契約完了に際しては、本機能の完全なる自由使用が認められています』


 つまりは、契約を完了しても指輪とその機能は失われず、使うことが出来る。それは明らかに危険なこの世界で生存出来る可能性を上げることになる。


「それで、契約の内容は? どうすれば契約を完了させることが出来る?」


『本情報へアクセスする権限を満たしておりません』


「ふざけるなよ。契約内容も知らずにどうやって契約を完了させることが出来るんだ」


 これでは永続的な契約と何が違うというのか、闇雲に契約内容と思われることをしていけば良いというのだろうか。


 苛立つ九十九とは対照的に、メティスの声は何処までも冷淡に返って来る。


『ご契約者様が成される行いが各種条件を満たした場合、権限の拡張が行われます。これにより現在アクセス現在アクセス出来ない情報も閲覧可能となります』


「……どうせその権限の拡張に必要な条件とやらも明かせないんだろう」


 九十九の皮肉混じりの言葉に、メティスはご推察の通りとなります、と平然と返して来た。


「あー、もう分かった。取り合えず指輪の機能についての説明を寄越せ」


『指輪の機能は多岐にわたりますが、大別すると『各種情報へのアクセス』、『周辺領域の調査』、『格納領域(ストレージ)

の使用』となります」


「役に立たない『各種情報へのアクセス』はどうでも良いとして、『周辺領域の調査』と『格納領域(ストレージ)

の使用』というものの詳細は?」


 九十九はその機能についてある程度の予想は付くが、詳細を把握せずに使う程、このメティスを信用出来なかった。


『『周辺領域の調査』はご契約者様の周辺の情報を調査し、情報を得ることが可能な機能となります。現在、地球の国際単位系に於いて周囲約1kmの情報取得を行っていますが、森林部のため、情報の確度は非常に低くなっております。早急に森林部からの脱出を推奨します』


 九十九はそこではっ、と意識を周囲に向け、警戒心を高めた。先程の化け物が一匹とは限らない。そんな当たり前のことに意識が向かない程、九十九の精神は不安定になっていた。しかし、挙動不審な九十九の状況を無視する様にメティスは機能についての説明を続ける。


『『格納領域(ストレージ)の使用』は、先程ご用意させて頂いた物品の様に、異空間に一定の領域を確保しており、格納、展開が可能となっております。また、現在格納領域(ストレージ)に保管されている各種品目は全てご契約者様に所有権が移行しております』


「つまるところ、四次元○ケットの様なものか」


『四次元○ケット、検索――、機能面としては同様のものと考えて頂いて結構です』


「分かった。他に先に聞いておくべきことがあるか? ここからの脱出を優先するため、手短に頼む」


 太陽はまだ真上にある、つまり、正午頃ということになるだろう。ここの日の入りがどのくらいになるかは分からないが、その前に森を出なければならない。


『ご契約者様には契約上の義務が課せられます。以下が最低限の義務内容となります』


 一つ、異界転移の指輪を破棄、又は破壊することを禁じる。

 一つ、異界転移の指輪の格納領域(ストレージ)の所有権は指輪所持者にあるものとする。

 一つ、格納領域(ストレージ)保管品の展開判定はメティスが有するものとする。

 一つ、規則に違反した場合、全ての権利を失効するものとする。


『以上となります』


 質問を重ねる度に、より疑わしい内容が露呈していく。そして、規約の内容を聞いて確信する。

 この異世界への転移には、何か裏があり自身が嵌められたのだと察した。しかし、ここで指輪を手放す様なことは出来ない。日本の現代社会に適応している九十九には、この森を脱出する術すらないのだから。


「くそ、……了解した。他の疑問は後に回す。今はこの森を脱出したい」


『では、最後に新たなご契約者様のお名前を頂きたいと思います』


「九条 九十九だ」


 九十九は嫌々ながら、仕方なしに名乗る。不満だらけのその声を気にした素振りもなく、メティスは答えた。


「九条 九十九様。今後とも宜しくお願い致します」


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