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triangle  作者: 田中タロウ
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第5部 第15話

照明がつき、少し明るくなった客席。

それでも舞台の上の輝きは目を覆うばかりだ。

それはスポットライトのせいでもあるけど、

そこに立つ役者さん達の達成感に溢れた笑顔のせいでもある。


その中心は、聖。


公演初日から何度も見た笑顔だけど、

最終日のそれは、見ているこっちが思わず泣いてしまいそうになるくらい幸せそうだ。


「カーテンコール、長引きそうね」


私の隣で、博子が拍手をしながら感嘆のため息をついた。


「うん・・・」

「あの伴野さんが舞台に立ってるなんて、変な感じ。でも、面白かった」

「うん・・・」

「ちょっと、マユミ。泣いてるの?」

「泣いてないよ」


でも、泣きそう。


スタンディングオーベーションの中、

私は座ったまま拍手を続けた。

博子も私に合わせて座ったままでいてくれている。


「ありがと、博子。見に来てくれて」

「そりゃあね。真夜中に『明日で最後だから見に来て!』ってイタズラ電話されちゃあ、

来ない訳にいかないわよ」


イタズラじゃないもん。

それに博子は、和歌さんとは違って私がしつこく誘わないと見に来てくれなさそうだし。


「でもマユミ。あんたいっつもこんな端っこの席で見てるの?」

「うん。だって、最初の頃はこんなに満席じゃなかったから、

真ん中の席だと、聖から見えちゃうと思って。なんかそのまま端っこで見る癖がついちゃった」

「見えてもいいじゃない。マユミ、スポンサーみたいなもんなんでしょ?」

「でも、聖には内緒にしてるし・・・。

いいの、このまま『影で見守る女』をやらせて」

「星飛雄馬の姉みたいね。もうそんな女、流行らないわよ」

「星飛雄馬のお姉さんは星明子って言うのよ」

「あっそ」


だけど、そうは言いつつ密かに、聖に気付いて欲しい、と思っている私。

この席だって、舞台から離れてはいるけど他の観客席より少し高い位置にあるから、

座っていても舞台と観客を見渡せる。

本当に聖に見つかりたくないなら、もっと目立たない席だってあるのに。


拍手喝采の中、小さな女の子が舞台に駆け寄り、聖に大きな花束を差し出した。

聖は照れくさそうにそれを受け取ると、より一層輝かしい笑顔で観客に手を振った。


これだ。

これが聖だ。

これが私が好きな聖だ。


聖・・・


私、ここにいるよ。

聖のこと見てるよ。

今でも聖のことが好きなんだよ。


思わず背筋と首を伸ばし、遥か遠くの舞台にいる聖を見た。


聖がゆっくりと観客席を見渡す。

そしてその視線がある一点で止まった瞬間、

聖の手を振る動作が大きくなり、笑顔が弾ける。


私は胸苦しさを覚えながらその視線を追った。


前から10列目くらいの真ん中の席。

そこには桜子さんが座っていた。

私には、斜め後ろからしか桜子さんの顔が見えないけど、

それでも桜子さんが泣きながら聖に向かって手を振り返しているのが分かる。


やっぱり桜子さんも、聖らしい聖が好きなんだ・・・。


そう思ったとたん、

心の中のあの積み木が、スーッと小さくなって行った。


桜子さんも私も聖らしい聖が好き。

でも私は、聖らしくない聖は好きじゃない。


アメリカのおもちゃショーでの聖、

会社の中での聖、

私はそんな聖を見たくないと思った。


だけど桜子さんは違う。

聖らしい聖だけじゃなく、

自分を押し殺して苦しんでいる聖のことも愛している。


どんな聖と一緒にいても、桜子さんは幸せなんだ。

それほど、聖の全てが好きなんだ。


多分、聖も・・・


私は聖が桜子さんをどう思っているのか、今までどう思ってきたのかは知らない。

だけど多分、聖もずっと桜子さんのことを心のどこかで好きだったんだと思う。

家のことや、許婚という関係のせいで、その想いは屈折していたかもしれないけど、

桜子さんという人自体のことは好きだったんだと思う。


それは、舞台の上のあの笑顔が証明している。


こんなに広い劇場なのに、

2人の距離は離れているのに、

まるで手を取り合っているかのような笑顔。


恋人同士というより、まさに夫婦って感じだ。


嫉妬や胸苦しさはもう感じない。

むしろ、羨ましいと思う。


私もいつか、あんな夫婦になりたい。


そんな想いで舞台を見ていると、

聖の5つくらい左隣にいる案山子かかしと目があった。


案山子がピョンピョンと飛び跳ねながら私に向かって手を振る。


ぷぷぷ。

青信号だ。

案山子の格好、似合いすぎ。


でも、私がこの席に座ってるって知らないはずなのに、

よく私のこと見つけられたな。


手を振り返してやると、

青信号は更に高く飛び上がり、ついでに着地に失敗して見事に転んだ。


客席から笑いが起こる。


「帰ろっか」

「え?うん。でも、いいの?マユミ」

「うん。もう大丈夫」


大丈夫、という言葉の意味が分かったのか、

博子は笑顔で椅子から立ち上がった。





劇場の扉が閉まると、拍手と歓声が遠くの世界のことのように小さくなった。


私は現実の世界に戻ってきた。


あの積み木はある程度小さくなると、そこで縮小を止めた。

もうこれ以上小さくなることも、大きくなることもないだろう。

この積み木はこの大きさのまま、私の心に一生在り続ける。


でも、積み木が小さくなった分、さっきまでそれが占めていたところに空間ができた。

その空間はまるで、新しい積み木を待っているかのようだ。


そして、心のそれ以外のスペースにも色んな積み木がポツポツと現れ始めた。

ううん。その積み木たちは元々そこに在ったのかもしれない。

私が気付かないうちに、戻ってきてたんだ。


ただ、色が付いてなかったから、そこに在ることに気付かなかっただけ。


私が気付こうとすれば、カラフルな積み木たちがこれからも沢山現れるはずだ。



「今からバイトだわー」


夏の終わりの太陽の下、

博子がグーッと背伸びをする。


「今から?大変ね」

「どっかの誰かが急に辞めたから、しわ寄せが来て大変なのよ」

「・・・」

「悪いと思うんなら、さっさと復帰しなさい」

「えー?別にバイトする必要ないし」

「マユミに必要なくても、こっちは必要なのよ」

「・・・そっか」

「そうよ」


そう言うと、博子はスタスタと歩き出した。

私は慌ててそれを追う。



空が高い。

新しい季節が始まる。








――― 「triangle」 完 ―――








*おまけのお話が1話あります。


「triangle」を最後まで読んで頂きありがとうございます。

「アイドル探偵」の寿々菜ではありませんが、タロウの他作品を読んで下さっている方にとっては、終わり方も含めて違和感のある小説だったと思います。

タロウの小説は基本・ハッピーエンドで、筋の通ったキャラクターが多いです(特にメインキャラは)。誰かを好きになったらとことん貫いて、結婚までいく・・・というパターンが多いです。

そこを行くと、マユミはフラフラした印象が拭いきれません。

でも、現実世界ではマユミこそ「普通の女の子」に近いのかな、とも思います。

そしてタロウにはそんなマユミがかわいらしく思えます。


マユミがこれから誰と付き合い、結婚するのか。

気になるところでしょうけど、マユミのお話は敢えて続編やそれにあたるお話をかかないでおこうと思っています。

読んで下さった方々のご想像にお任せするのもありかな、と。

ただ、タロウの中にはマユミのその後のストーリーもあるので、

公開したい気持ちもあるのですが(笑)


その代わりと言っては何ですが、今度は師匠のその後のストーリーです。

お楽しみに!


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