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triangle  作者: 田中タロウ
90/95

第5部 第11部

「困りましたな」

「・・・」


やっぱり・・・。


私は心の中で激しく後悔した。


そうだよね。

聖のために劇場なんて貸したくないよね。


でも、上司の娘が直接頼みに来ている以上、無碍に断ることもできないのだろう。

申し訳ないことしちゃったな。


ここで引き下がるべきか、食い下がるべきか・・・

これ以上心証を悪くするのは良くないかな・・・


ところが、

私が「やっぱり無理ですよね」と言おうとすると、

それより早く鈴木相談役が口を開いた。


「寺脇建設は建物を造るのが仕事で、所有はしてないんですよね。

まあ、マンションくらいはいくつか持っていますが、劇場となると・・・」

「へ?」

「大きな劇場がいいんですよね?うーん、何か劇場になるような建物はあったかな・・・」

「・・・」


あれ。

あったら貸してくれるつもりなの?


私がポカンとしているのをよそに、

鈴木相談役は「あれは・・・ダメだな、狭い」とか「あっちはどうだろうか」と、

1人でしばらくブツブツ言っていた。


・・・なんてお人好しなんだろう。

私なんか、追い返されてもおかしくないのに。


多分この人は、私が上司の娘だとか、

自分に迷惑をかけた人間だとかいうことは関係なく、

単に、自分にお願いをしに来た高校生として見ているんだ。


そして協力してくれようとしている。


私は改めてこの人に対して申し訳ない気持ちになった。


「そうだ!」


突然、鈴木相談役がポンッと手を打った。


「いいところがある!」

「え?」

「10年ほど前、私の友人からの依頼で劇場を建てたんです。

いや、大変な資産家で、劇場の他にも個人で美術館とかも持ってる奴なんですよ。

さすがに物凄く大きな劇場という訳ではないですが、なかなか立派なものなんです」

「・・・」

「場所もいいし、客を呼びやすいと思います。

それにあそこなら、建てたのは寺脇建設ですが、寺脇建設の持ち物でもなんでもないから、

寺脇建設に使用許可を取らなくていい。つまり、マユミさんのお父様にも話が行かない」

「え?」


鈴木相談役が何故か小声になる。


「お父様には内緒にしておいた方がよろしいでしょう?」


私は思わず笑った。


「はい」

「でしたら、ちょうどいい。よろしければ、その友人に私から頼んでおきます。

私からの頼みなら、劇場代は無料で貸してくれますよ。

電気代なんかはかかると思いますけどね」

「あ、ありがとうございます!ぜひ、お願いします!」


私の中から後悔の念が吹き飛ぶ。

思い切ってこの人に頼みに来てよかった!


更に。


「マユミさんのおっしゃってた男性の名前は寺脇建設内にも世間にも公表されてませんから、

寺脇建設が後援することもできます」

「!」


寺脇建設が後援、ってことは、お金をたくさん出してくれるってことだ。

劇が成功すれば寺脇建設の宣伝にもなる。

これ以上、ありがたい話はない。


でも・・・


「あの・・・本当にありがたいんですが、

彼にはこの話に私が関わってるのを知られたくないんです」

「ほう」


都築さんにもそうお願いした。

私のツテで劇場を借りられたとしても、

聖には黙っていて欲しい、と。


「それなら、寺脇建設の名前が出るのはまずいですね」

「せっかくご提案いただいたのに、申し訳ありません」

「いえ。しかし、劇の宣伝のためにスポンサーは必要でしょう?」

「はい。でも、それは今までも劇団員で探してましたので、今回も・・・」

「いや、それなりに大きな劇場でやるとなると、経費もかかる。

宣伝の為にも、やはり大口のスポンサーが必要ですよ」


大口のスポンサー。

寺脇の名が付く所には頼めない。


となると・・・


「できれば広告に強い会社がいいと思いますよ。マスコミとか通信媒体とか」


マスコミ・・・通信媒体・・・


あ。


「お心当たりがおありですか?」

「はい!ありがとうございます!」


私が頬を紅潮させてお礼を言うと、

鈴木相談役はまたまじまじと私を見た。


「本当に変わったお嬢さんですな。・・・でも、そこまで人を好きになれるのはいいことだ」

「え、や、あの、」


頬が別の意味で赤くなる。


私はいつの間にか冷めてしまったお茶を慌てて一気に飲み干した。






鈴木相談役に何度もお礼を言って家を辞し、エレベーターに向かう。

達成感と高揚感、そして、

鈴木相談役にお願いしたこととは全く関係のないあることに対する安堵感が身体中に広がった。


ちょっと心配してたんだけど・・・よかった。


でも、ホッとしたのも束の間、

エレベーターが下から上がってくるのを待っているうちに、

嫌な予感が込み上げてきた。


・・・このエレベーター、誰かが乗ってるのかな。

だったら、どこかの階で止まるよね?


ところがエレベーターはどの階にも止まる気配はなく、

どんどん私がいる最上階へ向かってくる。


・・・そうか。誰も乗ってないのね?

だから真っ直ぐにここに向かって来てるのよね?


だけど、もう1つ可能性がある。

誰かが乗っていて、かつ、どの階にも止まらずここへやってくる、という可能性が。


それはつまり・・・


嫌な予感は的中し、

エレベーターは真っ直ぐ私が待つ階へやって来て、

扉が開くと中から誰かが降りてきた。


「マユミ?」


ああ。

会っちゃったよ。


「・・・久しぶり。博子」


ここは博子の家でもあるんだから、

博子がいて当然だ。

だけど、いる気配がなかったから安心してたのに・・・

最後の最後で会うなんて。


博子は胡散臭そうに私を見た。


「なんか、用?」

「うん。博子のお父さんにね。でも、もう済んだわ。じゃ」


そそくさとエレベーターに乗ろうとすると、

博子が私の腕を掴んだ。


「私のお父さんに用って、私のこと訴えに来たの?」

「ち、違うわ。別件よ」

「それ以外にあんたがお父さんに用なんて、あるはずないでしょ!」


博子の目が厳しくなる。


ううう。

怖い・・・


そりゃ博子にも悪いことしたと思ってる。

でも、私だって充分罰は受けたわ。

顔に一生消えない傷がついたし、何より聖を失った。


私にとっては、学校を辞めるより遥かに辛いことだ。


もうチャラにしてよ。


「だから違うって!この前の事件のことを謝りにきたの!それと、ちょっとお願いがあって・・・

博子は関係ないから!」


博子の手を振り払おうとしたけど、

博子の力は思いのほか強くて、振りほどけない。


その時、博子が持っている紙袋に目が行った。

中には見覚えのある青っぽい服が入っている。


これって、もしかして。


「博子、まだあのコンビニでバイトしてるの?」

「・・・だったら何よ」


ちょっと驚いた。

博子が私に怪我をさせたことは店長も誰も知らないけど、

博子はもうあのコンビニでバイトをしていないと思ってた。


だって心理的に、自分が人に怪我をさせた所で働いていたくはないでしょう、普通。


なのに、どうしてバイトを続けてるんだろう。

お金が必要なら、他のところでバイトしたらいいのに。


・・・もしかして。


私が博子の顔をじっと見ると、

博子は私から目を逸らした。


もしかして博子、私がコンビニに来るのを待ってたんじゃないだろうか。

私が来るのを待って・・・謝ろうとしてたんじゃないだろうか。


そもそも、博子はわざと私に怪我をさせたんじゃないのかもしれない。


だって、油で煮えたぎったザルを人の顔目掛けて投げるって、

相手のことをどれだけ憎んでても17歳の女の子にはちょっとできない事だと思う。

それに博子はいい所のお嬢様だ。


もちろん、絶対にわざとじゃないとは言えないけど・・・


なんとなくそんな気がする。

数ヶ月間一緒にバイトして博子を見てきたから、

博子がわざとあんなことをするとは思えない。


「ま、お互い様ってことで」

「は?」

「今度ね、聖が主役で舞台があるんだ。

公演が決まったら連絡するから見に行ってあげてね」

「はぁ?」


私は呆れ顔の博子を残し、

エレベーターの中へ悠々と入っていった。






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