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triangle  作者: 田中タロウ
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第5部 第10話

どんな格好で行こうかと悩んだけど、

学生の正装と言えばやっぱコレでしょう、

ということで制服で来たのが間違いだったようだ。


受付の女性は、私を胡散臭そうに眺めた。


「お約束は?」

「ありません」

「・・・」


会社の重役にアポ無しの女子高生が会いに来る・・・

受付としてはどう対応していいものやら悩むところらしい。

「もしかして援助交際?」とか思ってるのかな。


見くびらないで欲しい。


私は胸ポケットから学生証を取り出した。


「寺脇コンツェルンの寺脇マユミと言います」

「寺脇コンツェルン・・・」


さすがに受付嬢も気付いたのか、青くなって「少々お待ちください」と言うと、

慌ててどこかに走っていった。

残されたもう1人の受付嬢がポカンとして私を見る。


パンダじゃないんだから。


目を合わせたままだと受付嬢が怯えそうな勢いなので、

私は意味もなく建物の中を眺めた。


寺脇建設の建物は伴野建設とは対照的に、

ウッディーなイメージの内装だ。

実際には木造の建物より鉄筋の建物を建てることが多いのだろうけど、

(寺脇建設はハウスメーカーではなく、ビルや橋や道路を造る会社だから)

自然に優しい会社だということをアピールしているのかもしれない。



・・・私、こんなところで何してるんだろう。

こんなことしたって、私にはなんの得もないのに。


そう、これは暇潰しよ。

聖のせいで、勉強も遊びも何にもする気にならないから、

ちょっと暇潰ししてるだけよ。


でも、いくら自分にそう言い聞かせても、そうじゃないことは分かっている。

私を動かしてるのは、心に残っているたった一つの積み木だ。


自分の得にならなくても、

どんなに面倒臭くても、

聖の心を取り戻せなくても、

聖のためならなんだってしたい。


私は聖が好きだから。



程なくして、さっきの受付嬢が戻ってきた。

打って変わって下にも置かぬ、という扱いだ。


「先ほどは大変失礼致しました。相談役の鈴木は本日、自宅の方におります」

「会えませんか?」

「お電話致しましたところ、来客があるので家を空けることはできないそうですが、

寺脇様にお越し頂く分には構わないとのことでした。

お車をご用意するよう、鈴木から申しつかっております」

「いえ、住所を教えて頂ければ自分でいきますので」

「でも・・・」

「紙に住所と電話番号を書いて頂けませんか?」

「かしこまりました」


私が「ありがとうございます」と言って頭を下げると、

受付嬢の2人も慌てて立ち上がってお辞儀をする。


この2人にとって、いや、ここの全社員にとって、

私は「寺脇建設の母体である寺脇コンツェルンのお嬢様」だ。

別に尊敬に値する人間じゃないけど、

それでも敬意を払わないといけないのだろう。


でも、私はこの人たちにとんでもない迷惑をかけた。

真相を知っているのはほんの一部の人だけだろうけど、

本来なら罵倒されても仕方ないのに・・・


丁寧な対応をされればされるほど、申し訳なくなってくる。


そして私は今から、その中でももっとも申し訳が立たない人物に会いに行く。


私は運転手の原田さんに受付嬢から貰ったメモを渡すと、

後部座席で緊張を吐き出すかのように小さくため息をついた。






鈴木相談役の自宅は、高級マンションのペントハウスだった。

豪華には豪華だけどそんなに広い訳ではなく、

ざっと見たところ、リビングダイニング・キッチン・主寝室の他、

小部屋が2個くらいと和室が1つという、至って平均的な造りだ。


私が奥様らしき女性に案内されたのは、

応接室を兼ねているらしい新しい畳の匂いがするモダンな感じの和室だった。


和室だけではなく、全ての部屋が・・・マンション自体が新しい。

もしかしたら最近引っ越したのかもしれない。


・・・その理由は、嫌というほど思い当たる。


だけど、私の名前を聞いても奥様は嫌な顔一つせず、

「上司のお嬢様」に対する態度を崩さない。


そしてそれは、鈴木相談役本人も同じだった。



「寺脇様。わざわざおいで頂いて、申し訳ありませんでした」

「いえ、こちらこそ突然押しかけてしまい、申し訳ありません」


しばしお互い謝り合う。


でも、本当に謝らないといけないのは私の方だ。


私は勧められた座布団には上がらず、

畳の上で正座し直し、目の前の初老の男性を見た。


鈴木相談役は、私が思っていたより遥かに高齢で、

多分もう60近い。

会社の相談役としては若いのかもしれないけど、

ちょっと意外な感じがした。


なかなか貫禄のある人物で、

一瞬パパとダブる。


「警察からお聞きだとは思いますが、

私のせいで大変なご迷惑をおかけしてすみませんでした」


ご迷惑どころじゃないだろう。

それに、もっと早くこうするべきだったんだ。


そうしていれば、何もかもが違ったかもしれない。


でも、後悔してももう遅い。

今できることをやるしかない。


鈴木相談役は「いやいや」と言って笑った。


「マユミさん、とお呼びしてよろしいでしょうか?」

「はい」

「確かに警察から、寺脇家の実印とマユミさんのサインが関わっていることは聞きました。

でも、あなたが悪意を持ってそんなことをしたとは考えられない。

ご自分の首を絞めるようなものですからね」

「・・・はい」

「きっと誰かに騙されたのだと思いました」

「・・・」


確かにそうだ。

あの時、私は聖に騙された。

でも、世間知らずだった私にも責任はある。


だけど私がそう言うと、鈴木相談役はまた笑った。


「マユミさんはまだ高校生ですよね?マユミさんの責任ではありませんよ。

高校生を騙そうとする輩が悪い。お気になさらずに」

「でも・・・」

「それに、あの事件の時私は『もしかしたら本当にうちの社員の誰かが絡んでいるのかもしれない』

と思い、対応が遅れました。正直に言うと、世間体を考え保身に走ろうとしたのです」

「・・・」

「幸い、マユミさんのお父様が素早く動いてくださったので、上手く収まりましたが・・・

どちらにしろ、私は社長として正しい対応をしなかった。社長の器ではなかったのです。

私が早く退いて、正解でした」

「・・・」


そうは思わない。

私も一応寺脇家の人間だから、今まで色んな「大物」を見てきた。

でもそのほとんどは、お金と自分の地位を守ることに必死な「大物ぶった小物」だった。

こうやって「自分は社長の器ではない」とはっきり言える社長さんがどれほどいると言うのだろう?

例え本当に社長の器でないにしても、認めるのは勇気のいることだ。


そういう意味でも、鈴木相談役は立派に「大物」だと思う。


私はもう一度「申し訳ありませんでした」と頭を下げ、

鈴木相談役と一緒にお茶を頂いた。


「あの・・・それで今日は、お詫びと・・・お願いがあって来ました」

「私にですか?」

「はい。・・・他にお願いできる人を思いつかなくて」

「何でしょうか?私でお力になれることでしたら、喜んでご協力致しますが」


その言葉にホッとする。


「寺脇建設は劇場を持っていないでしょうか?」

「劇場?」

「はい。演劇を行うことができる劇場です。できるだけ大きな物がいいんですが・・・」


聖がいるこまわりが絡んでいる以上、こんなことパパにはお願いできない。

もちろん、聖のせいで迷惑をこうむった寺脇建設もそれは同じなんだけど・・・

「劇場は建物だ」ということを考えると、寺脇建設以外に思い当たるツテがなかった。


でも、さすがに聖のことを隠してこんなお願いはできない。

私は、伴野聖の名前を伏せて事情を簡単に説明した。


全て話し終えると、

鈴木相談役は不思議そうな顔で私を眺めた。


「では、マユミさんはご自身を騙した男性と恋仲になったんですな?」

「はあ・・・」


恋仲、か。

なんだか風流な言い回しだ。

でも、なんか悪くない。


「腹は立たなかったのですか?あ、責めている訳ではないのですが」

「最初は腹立たしかったんですけど・・・どうしてそうなったか自分でもよく分かりません」


でも、好き。

今でも。


「彼が他の女性と結婚しても、彼のためにこうやって私に劇場を貸して欲しいと頼みに来た?」

「はい」


改めて考えると馬鹿らしい。

でも、私がこうしたいんだから仕方ない。



鈴木相談役はしばらく首を傾げて私を見ていたけど、

やがて困ったように腕組みをした。






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