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triangle  作者: 田中タロウ
88/95

第5部 第9話

いつまでもいつまでも、ただボンヤリと座っていたい。

いっそこのまま消えてしまいたい。


そう思っていたのに、

私はまた見知らぬ番号からの電話で現実の世界に引き戻された。


それも、校庭の花壇で感傷に浸り始めてからまだ10分も経ってない。


無視しちゃおうかな・・・

誰かと話する気分じゃないし・・・


だけど私は電話に出た。

もしかしたら、少しはいいニュースかもしれない。

これ以上、悪いニュースはないけれど。


藁をもすがる思いとはこのことだ。

誰か、助けて。



「マユミちゃん、だよね?この番号であってるよね?」


聞き覚えのある台詞が耳に入ってくる。

こまわりの人ってみんなこういう話し方なのかな。


「はい。その声・・・都築さんですか?」

「よく分かったね」

「さっき聖と会って、都築さんのこと思い出したところだったんです」


笑い声がした。


「じゃあ、もう復帰条件のことは聞いたんだ?」

「はい。あの条件なら、復帰したも同然ですよね」

「さあ、それはどうかな。聖の頑張り次第だね。

ブランクがあるから、発声練習だけでも大変さ。

・・・それでさ、ちょっと相談したいことがあるんだけど」

「え?私にですか?」

「うん。今から会えるかな?」


また?

そんな気分じゃないんだけど。


だけど私は「分かりました」と答えた。


私って、頼まれると断れない性分なのかな・・・


もし都築さんに「聖を復帰させない方がいいと思う?」って聞かれたら、

絶対に「はい!」って答えてやろう、

なんて恨みがましいことを考えながら、私はスカートの砂をパンパンと払った。







都築さんとどこで待ち合わせようか悩んだけど、

さすがに街を歩く元気のない私は、都築さんに学校まで来てもらった。

お客様用のサロンがあるので、そのソファで向かい合って座っていると、

学校の事務の人がお茶を入れて持ってきてくれた。


「噂には聞いてたけど、凄い学校だね・・・ホテルみたい」

「そうですか?」


小学校からここにいる私には、

他の学校がどういうものなのかよく分からない。

そりゃ堀西はセレブな学校だとは思うけど・・・

どこもそんなに変わらないんじゃないの?


都築さんはキョロキョロとサロンの中を見回しながら、

湯のみを手に取った。


「うーん、いいお茶だ」

「恐れ入ります」

「あはは。聖が『またマユミに喝を入れられた』って言ってたよ。

さすが、マユミちゃんだよね」

「いえ、その・・・」


今回は「喝」というより「泣き」だけどね。

と、レストランでのことを思い出してまた1人で赤くなる。


都築さんは、ちょっと髪が長くなっていて、

それを後ろで一つに結んでいる。

芸術家の役でもしてるんだろうか。


「聖が結婚してることは・・・」

「知ってます。聖には内緒ですけど、奥さんと会ったこともあります」

「そっか。・・・マユミちゃんにとっては辛いよね」


辛い、なんてもんじゃない。

でも、それは聖が結婚してるからではなく、

聖が私ではない誰かを好きになったからだ。


「マユミちゃんはまだ聖を好き?」

「・・・はい」

「そう・・・」


都築さんは何かを言いあぐねてる。

私に相談したいことがあると言っていたけど、なんなんだろう?


都築さんはお茶をグイッと飲むと、

「ふう」とため息をついた。


「それなら、こんな相談をするのは申し訳ないんだけど・・・

いや、マユミちゃんが聖をまだ好きだからこそ、相談すべきなのかもしれないけど・・・」

「?」


都築さんが姿勢を正す。

つられて私も背筋を伸ばした。


「マユミちゃんは寺脇コンツェルンの人だよね?」

「はい」

「もしよければ、劇場を貸して欲しいんだ」

「げ、劇場?」


予想外、というか、あまりにも突拍子もないお願いに、

私は口をポカンと開いた。


「劇場って・・・うち、そんなの持ってるのかな・・・」


持ってても、私の一存で貸せるとも思えない。


「もちろん、持ってたらでいいし、ご家族の人とも相談して欲しい。

でも、できれば大きくて目立つ劇場を・・・できるだけ安く貸して欲しいんだ。

ご存知の通り、こまわりにはお金はないからね」

「はあ」

「変なお願いしてごめんね。でも、こんなこと頼めるの、マユミちゃんくらいしか思い浮かばなくて」

「あの・・・でも、どうして?

今までこまわりは、大きな劇場でお芝居をやることなんてなかったじゃないですか」


お金の問題もあるだろう。

でもこまわりは、お客さんとの距離を大切にするためにも、敢えて小さな劇場でやることが多い。


都築さんは「うん」と頷いた。


「今回だけ特別なんだ。聖の復帰のためにね」

「聖の復帰のため?」

「そう。俺は聖に戻ってきて欲しいけど、反対してる劇団員も多い。

俺の一存で聖を戻しても、余計に反発を買うだけだ。

だから、聖を主役にした劇を大成功させて、うちの中での聖の地位を確固たるものにしたいんだ」


・・・そういうことか。

大勢のお客さんに「こまわりに伴野聖という良い役者がいる」と認知してもらえれば、

こまわりの人も聖の復帰を受け入れる気になるだろうし、

こまわりの名前も、聖の名前も売れる。


そのために、大きな劇場でたくさんのお客さんに劇を見てもらって、成功させたいんだ。


だけど・・・


私はもうこまわりとは何の関係もない。

パパだって、劇場を持っていたとしても伴野聖がいる劇団のためにそれを貸そうとは思わないだろう。

そんなパパを説得するメリットが私にあるとは思えない。


どうして私が、桜子さんを好きな聖のためにそんなことしないといけないのよ?

そんなことしたって、聖は私の所へ戻っては来ないわよ?


でも・・・聖が大きな舞台に立つ。

それも、主役で。


「・・・分かりました。お力になれるかどうかは分かりませんけど」

「ありがとう!助かるよ!」

「あんまり期待しないで下さいね」

「うん。ダメ元でお願いしてるから」


都築さんはホッと息をつくと、

「また聖とやれるのかと思うと、嬉しいよ」と、笑顔で言った。






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