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triangle  作者: 田中タロウ
86/95

第5部 第7話

真夜中、突然携帯が鳴る。


私は手探りで枕の横に置いてある携帯を取り、

光るサブディスプレイを見る。



月島さん



って、誰だっけ?ノエルさん?和歌さん?


「!!!」


慌てて起き上がって携帯を開き、通話ボタンを押す。


「もしもし、聖!?」

「遅くに悪いな。寝てたか?」

「ううん!」


思いっきり寝てたけど、そんなのはどうでもいい。


私は携帯を強く耳に当てた。

判決を待つ被告人の気分だ。


聖の息遣いが聞こえる。


「会社は辞めたよ、こまわりに戻る。桜子とも離婚する」

「ほ、本当!?」

「ああ」

「・・・」


夢みたい・・・


携帯を持つ手が震える。


「じゃ、じゃあ、これからは・・・」

「マユミと一緒にいるよ」


神様!


夢なら醒めないで。

夢なら・・・





♪あん・あん・あん・とってーも大好き~・ドーラえーーもんー♪


私は枕から顔を上げ、

枕の横で歌う携帯を恨みを込めて睨んだ。


分かってたわよ。

今のは夢。

聖の番号を「月島さん」と登録してたのは、もうずっと前の話だし、

今の携帯番号は知らないし。


でも、どうせ夢なら、もうちょっと楽しませてよ!

しかも、何、この音楽!?


携帯を破壊したい衝動を抑えつつ、携帯を開くと、

笑顔でピースしている青信号が目に飛び込んできた。


アイツめ・・・


私は通話ボタンを押すか、電源ボタンを押すか本気で悩んだ。




あれから1週間。

聖は「考えてみる」と私に言って会社へ戻って行ったけど、

連絡はない。


私を落ち着かせるために「考えてみる」と言っただけで、

実はもう演劇に戻るつもりはないのだろうか。


でも、聖が演劇に未練があるのは事実だ。


それに聖なら・・・

戻るつもりがないのならはっきりそう言って、私をレストランに1人で放置してもおかしくない。


そうしなかったのは、本当に「考えてみる」からだ、と信じたい。


それにしても私、

あんなことよくやったな・・・


思い出すと、今更ながらに顔が赤くなる。


恥ずかしさを忘れようと、思わず通話ボタンをエイッと押した。


「マユミ!」

「ちょっと、青信号。何勝手に人の携帯に着歌と着信画面、設定してるのよ?」

「へへへ、いいだろー?この前会った時、マユミがトイレ行ってる隙に設定しといた」

「・・・」


そういえば、前食事に誘われて一緒に出かけたっけ。

あの時ね?


「それに、こんな時間に何の用?」


そう言いながら、部屋の時計を見た。

夜中の1時だ。


「そうだった!なあ、マユミ!今日、大変だったんだよ!!」

「何が?」

「こまわりに、聖さんが来たんだ!」

「えっ?」


携帯が手から落ちそうになる。


「聖が・・・?」

「うん!もう一度、演劇がやりたいって団長の都築さんに頭下げに来た」

「・・・」


これ、さっきの夢の続き?

違うよね?

現実よね?


「そ、それで?」

「他の劇団も考えたけど、やっぱりこまわりがいいんだって。

会社も辞めたらしい」

「嘘・・・」

「ほんと、ほんと!!」


宙に浮いたように身体が軽くなる。


聖、会社辞めたんだ。

また演劇やるんだ。


また、舞台に立つんだ!


今度は身体の中がカーッと熱くなる。

私はいてもたってもいられず、部屋の中をグルグルと歩き回った。


聖・・・

本当にちゃんと考えてくれたんだ。


私のやったことは無駄じゃなかった。


聖はやっぱり聖だ!


「じゃあ、聖、またこまわりで頑張るんだね!」

「あ、それが・・・」


青信号の声が少し大人しくなる。


「そのことで今までもめてたんだ」

「もめてた?」

「聖さんの復帰を認めるかどうか」

「・・・」

「あんな辞め方だったから聖さんのこと良く思ってない人もいる。

それに、時期も悪い」


時期。

そうだ、確かに今は時期が悪い。


聖が途中で投げ出した「ロミオとジュリエット」が今まさに公演されている。

私も見たい気持ちはあるけれど、

ロミオ役の人を見るたびに聖と重ねてしまいそうだし、

聖の彼女だった、ということで劇団の人に対して引け目も感じる。

(青信号は、気にすることないって言ってくれるけど)

だから見に行っていない。


でも、青信号からの情報によると、劇の評判はいまいちだそうだ。

そもそも、劇団員が劇に熱を入れられていない。

原因はもちろん聖だ。

聖は劇団内オーディションで選ばれて主役のロミオになったのに、

役どころか劇団まで突然辞めてしまい、

残された出演者達はかなり動揺した。

急遽代役を立てて稽古してきたけど、

そういう揉め事があった劇には劇団員も愛着を持てない。


それでもそのまま公演に踏み切ったものの、

劇団員の気持ちはお客さんにも伝わり、劇と劇団そのものの評判を落としているのだという。


そんな時期に聖が「戻りたい」と言って現れた。

歓迎されないのも当然だろう。


「都築さんは、聖さんに戻ってきて欲しいと思ってるみたいだけど、

反対してる人も結構いてさ」

「結構って、どれくらい?」

「半分ぐらい」


半分・・・

かなり多い。


「俺も含めてね」

「え?」

「俺も、聖さんの復帰には反対」

「・・・どうして?」


いつになく青信号の声が真剣に聞こえる。


「聖さんは目立つからさ、

聖さん個人のファンはもちろん、劇団のファンの人も、

聖さんがいなくなったことにすぐに気付いて、結構大騒ぎになったんだ。

人気役者が引退の告知なしに突然辞めるなんてありえない!って

事務所にも問い合わせの電話とか沢山来たりしてさ。

俺達はひたすら謝るしかなかった。それになのに急に復帰して・・・

でも、聖さんのことだから、どうせまたすぐに人気が出るんだ」

「・・・ただの、妬みじゃない」

「そうかもな。でも、実力のある人が妬まれることは確かにあるけど、

今回の聖さんはちょっと違うだろ。

劇はみんなで作ってるんだ。聖さんがいると、上手くいく劇もいかなくなる」

「そんな・・・」

「それに、聖さんはマユミのこと傷つけたし」

「・・・」


どうしてなのか青信号は私に好意を持ってくれているらしい、ということは分かってる。

でも、青信号は私がまだ聖を好きなのを知っているので、

何も言わないでいてくれている。


だけど、聖がまた現れたとなると・・・しかも、劇団に復帰するという形で・・・

ちょっと冷静ではいられないらしい。


私の知る限りでは、聖と青信号は結構仲が良かったと思う。

青信号には聖の力になって欲しいのに・・・


そうは思ったけど、さすがに私からそのお願いをするのは気が引けた。

私のことを抜きにしても、青信号は劇団のために、聖の復帰に反対するだろうし。


私は取り合えず、連絡をくれたことにお礼を言って電話を切り、

机の中から紙を取り出した。


「ロミオとジュリエット」の配役発表の紙だ。


聖がプレゼントだと言って私にくれた紙。

主役のロミオの欄には「伴野聖」とある。


「ロミオとジュリエット」じゃなくてもいい。

主役じゃなくてもいい。


舞台の上で輝いている聖をもう一度見たい。



私は祈るようにして胸の前で紙を握り締めた。





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