第5部 第4話
おもちゃショーへ行った翌日。
別に今日と知っていた訳じゃない。
勘だ。
でも、こういう時の女の勘は当たるんだから。
ほら。
私はホテルのロビーを突っ切って、
こっちへ向かってくるノエルさんを見て鼻を鳴らした。
私の女の勘を舐めないでよね!
「2号?何やってるんだよ?」
ホテルのエントランスでまさに「デン」っと待ち構えていた私を見て、
ノエルさんは不機嫌な顔になった。
「ノエルさんこそ1人でどこへ行く気?」
「・・・観光だよ」
「そう。じゃあ、私もお供してあげるわ」
「ノーサンキューだ」
「遠慮しなくていいって」
私が強引にノエルさんと腕を組むと、
ノエルさんの目が泳いだ。
「何、焦ってるの?」
「焦ってない。・・・ちょっと人と待ち合わせしてるから・・・探してただけだよ」
「待ち合わせって誰と?」
「それは・・・」
ノエルさんが言いよどんだ時、
私にとってはグッドタイミングで、
ノエルさんにとってはバッドタイミングで、
真っ赤なスポーツカーがホテルに横付けされた。
運転席から、大き目のサングラスをつけた目を惹く美女が降りてくる。
桜子さんだ。
私はノエルさんの肘をムニッとつまんだ。
「いて!」
「どーゆーこと?」
「いや、だから・・・」
私は人の恋路にあれこれ口出しするのは好きじゃない。
でも、それがお姉ちゃんなら話は別だ。
しかも・・・聖の奥さんであろう桜子さん絡みだと余計に。
桜子さんがサングラスを外しながら颯爽と私達の方へ歩いてきた。
カジュアルな感じの毛皮のコートに、身体にフィットしたポロシャツ、
下はスキニーのジーパンをブーツにインして、まるでモデルみたいだ。
氷の微笑は相変わらずだけど。
「お待たせ、ノエル。そちらは?ノエルの彼女?」
「あのな・・・俺、結婚してるって。奥さんは紹介しただろ?」
「そう言えばそうだったわね」
「・・・。これは、奥さんの妹だよ。2号、じゃなかった、寺脇マユミだ」
私は、まるで昨日のお姉ちゃんのように上目遣いで桜子さんに会釈した。
すると、桜子さんの目が一瞬ニヤッとなったように見えた。
でも、それは一瞬ですぐに氷の微笑に戻る。
・・・あれ。見間違いかな。
「初めまして。マユミちゃんって呼んでいいかしら?私は、」
「桜子さん、ですよね?」
私がトゲのある声でそう言うと、
ノエルさんがうんざりしたようにため息をついた。
「ナツミに聞いたんだな?・・・そう、この人が本竜桜子さんだ。
今は、なんて苗字なんだ?」
ノエルさんが桜子さんに訊ねる。
「伴野よ。伴野桜子。でも、大学ではずっと本竜のままでいくつもりだし、
どっちで呼んでくれてもいいわ」
「大学っていっても、もう卒業だろ?」
「私、医学部だから後2年あるの」
「あ、そうか」
ノエルさんと桜子さんの会話を流し聞きしながら、
私は密かにガッカリした。
聖と桜子さんが同じ指輪をしてるのは、もしかしたら単なる偶然かも、って思ってたけど、
神様はそうそう偶然を用意してくれている訳ではないらしい。
私は頭を振ってなんとか気を取り直した。
「じゃあ、桜子さんってお呼びしていいですか?」
とてもじゃないけど、伴野さんなんて呼べない。
「ええ、もちろん。それじゃあ、せっかくだからマユミちゃんも一緒に行きましょうよ。
ね、ノエル。いいでしょ?」
「俺は別にいいけど・・・」
「じゃあ、決まり。さ、乗って。この車、こんな形してるけど、4人乗りだから」
桜子さんが振り向き、乗ってきたスポーツカーを指差す。
「その車、どうしたんだよ?」
「レンタカーよ。私、国際免許書持ってるし」
「ふーん」
「あ、あの!」
頑張って2人の会話を遮る。
「あの・・・行くってどこへ?」
するとノエルさんが、呆れたように言った。
「だから。観光だって」
へ?
キーッ!!!
車がスタートするや否や、
後部座席のノエルさんと私は危うくひっくり返りそうになった。
ちなみに、2人して後部座席に座っているのは、
私がノエルさんを助手席に座らせなかったからだ。
でも、もしノエルさんが助手席に乗っていて、
もしシートベルトをしていなかったら、
今頃フロントガラスと仲良くあの世に行ってたかもしれない。
感謝してほしい。
「さ、桜子!もうちょっと安全運転を・・・」
「だって、のんびりドライブしてたら、片道4時間はかかるわよ?
任せて、片道2時間で行ってみせるから」
「「!!!」」
ノエルさんと私は青くなり、思わず手を握り合った。
「ノエルさん・・・桜子さんてちょっと・・・」
「うん、まあ、あーゆー奴だから」
どーゆー奴よ!?
私、まだ17歳よ!
死にたくない!!
でもそれは19歳のノエルさんも同じなのか、
桜子さんの気をアクセルから逸らそうと桜子さんに話しかける。
が。その話題のセレクトが最悪だ。
私にとって、だけど。
「桜子!さっき、今の苗字は伴野って言ってたよな?」
「ええ」
「もしかして、伴野建設の伴野か?」
「そうよ。知ってるの?」
「知ってるも何も。俺が養子に入った寺脇っていうのは、寺脇コンツェルンのことだよ。
寺脇建設の母体の寺脇コンツェルン」
キキキーッ!!!
桜子さんが、驚いてブレーキを踏んだ・・・
じゃ、ないらしい。
赤信号だ。
ってことは、赤信号の度にノエルさんと私はひっくり返らないといけないのね?
私は車の天井についている足を眺めながら絶望的な気分になった。
どうやら桜子さん、
私が考えていたのとはちょっと(?)違うタイプらしい。
「桜子!!」
「ごめん、ごめん。少し急ブレーキだったかしら」
「少しじゃない!!」
ノエルさんが顔を赤くして叫びながら起き上がる。
「ったく」
「ふふふ。うちとノエルのとこはライバル同士ってことね」
「みたいだな。あ、じゃあ昔桜子が言ってた許婚って、伴野家の人間のことだったのか?」
「ええ。すったもんだの末、結局もと鞘で、伴野と結婚したの」
「へえ。昔は向こうがごねてたんだったよな」
「そうそう。家業には興味ないって言ってね」
「でも、許婚の桜子と結婚したってことは、結局家業を継いだんだ?」
「継いだって言っても、三男坊だから、社長になれる訳じゃないけどね。
まあ、いいとこ副社長か専務くらいじゃないかしら」
私はスカートの裾を直しながら、
頭を必死に回転させた。
許婚・・・
もと鞘・・・
結婚・・・
三男坊・・・
やっぱり桜子さんの結婚相手は聖だ。
間違いない。
そして2人は許婚同士だったけど、聖が演劇にはまって許婚の話はなくなりそうだった。
でも、聖が実家に戻ってきたので、2人は予定通り結婚した・・・
そんなところか。
じゃあ・・・聖はどういうつもりで私と付き合ってたんだろう。
桜子さんとは結婚するつもりはなかったんだろうか。
そして今、桜子さんのことをどう思ってるんだろう?
それに、桜子さんは?
桜子さんは聖をどう思ってるの?
私は、運転席の桜子さんの後姿を見たけど、
桜子さんが腕まくりをしているのを見て、再び青くなったのだった・・・