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triangle  作者: 田中タロウ
82/95

第5部 第3話

気付いたら、私はさっきスーツの男の人が入って行ったブースに飛び込んでいた。


5メートル四方くらいのブースだ。

そんなに広い訳じゃない。


でも、そこに細々と並べられたおもちゃ達と思いのほか多いお客さんを見て、

私は混乱した。


いない?

嘘、絶対ここに入ったのに!

どこ!?


息を切らせて辺りを見回す。



あれは聖だった。

間違いない。

スーツなんか着てたけど、絶対に聖だ。

私には分かる。


ブースの中の声や音に気が遠くなりそうになった。

自分の息と心臓の音がやたらと大きく聞こえる。



聖・・・

聖、どこなの?

どこにいるの?



思い余って大声で「聖!どこ!?」と叫びだしそうになった時、

グイッと私の腕が後ろから引かれた。


「・・・マユミ?」


懐かしい声がする。


私は恐る恐る振り向いた。


「・・・聖!」


そこには聖が立っていた。

幻でもなんでもなく、聖が私の腕を掴んで立っていた。


嘘・・・信じられない。


「マユミ、だよな」

「うん。聖だよね?」

「ああ」


聖がハハッと笑う。


ああ・・・聖だ。

本当に聖だ。


でも、私は人目をはばからず聖に抱きついたりはしなかった。

聖がいなくなって5ヶ月が経ち、少し傷が癒されてきたからだろう。


そしてもう1つ、私がそうしなかった理由がある。


私は聖の顔から視線を少し下に移動させた。

そのスーツの襟元に銀色のバッジが光ってる。

ビルのような建物のデザインのバッジだ。


見たことはない。

でも、このバッジは多分・・・


「聖・・・実家に戻ったの?」


聖の顔から笑みが消え、少し目を伏せた。


「実家に戻って伴野建設に入ったの?伴野建設で働いてるの?」

「・・・ああ」

「・・・」


そうきたか。


思わず笑いそうになった。


私は、聖はこまわりを辞めたけど、どこか別の劇団で演劇をしてるんじゃないかと思ってた。

思ってたというより、そうあって欲しかった。


だから、聖が実家に戻ってるなんて考えもしなかった。

灯台下暗し、とはこのことだ。


「演劇は?辞めたの?」

「ああ、辞めた。もうやってない」

「・・・そう」

「俺も、いつまでもフラフラしてられないしなー。いい加減、落ち着こうと思って」

「・・・」

「やってみると、サラリーマン生活も悪くない」

「・・・」


やめて。

そんなこと、言わないで。

そんな聖らしくないこと、口にしないで。


耳をふさぎたかった。

でもさすがにそうはできないから、

耳の奥に空気を溜めるようにして外からの音を聞こえにくくする。


私は、目の前にいるのに、急に遠くへ行ってしまったような聖を見た。


ダークブルーのスーツ、

黒の革靴、

会社勤めの人がやってもおかしくない程度の落ち着いた髪色。


何もかも聖らしくない。

でも、それより何より、その雰囲気が聖らしくない。


私が知ってる聖は自由だった。

何にも捕らわれず、我が道を突き進む自由と度胸を持っていた。


今の聖にはそれがない。

まるで自由という羽が根元からポッキリと折れてしまったみたいだ。


改めて聖を見て思う。

私、よくこれが聖だって気付けたなって。


こんなの聖じゃない。

私が好きな聖じゃない。



「マユミ?どうした?」

「・・・ううん、なんでもない・・・元気そうだね、聖」

「ああ。マユミもな」


嘘。

私、元気なんかじゃない。

聖だって、全然元気そうじゃないよ。


聞きたいことは沢山ある。

いや、あった。


でも今の聖には、何も聞きたくない。



もう走って逃げようかと思ったけど、

そんなことできるほど、私も子供じゃない。


なんとか笑顔をこしらえる。


「ごめんね、聖。私、もう行かなきゃ」

「そっか」


聖がホッとした顔になる。

聖も私と話していたくないんだろう。


もう聖の顔も見れず、私は視線を落とした。

聖の手が目に入る。


大きな聖の手。

この手も大好きだった。

でも、それですら今は別物に見える。


そして実際、その手は以前とは大きく違っていた。


左手の薬指に、波打った形の大きなゴールドリングが光っていたのだ。







コンコンコン・・・


「おねーちゃーん。生きてる?」

「あんまり」


返答になってない。

でも、その気持ち、今は分かるよ。


中から扉が開くと、

お姉ちゃんの肩越しに部屋が見えた。

パパとママと私が泊まっているスイートに比べたら、

随分と質素な感じの部屋だ。


でも、そんな部屋でも輝いて見えるほどお姉ちゃんの表情は暗い。

そしてきっと、私の表情も。


「お姉ちゃん、顔が酷いよ」

「マユミもね」

「やっぱり?」


私とお姉ちゃんは、2人してベッドに転がり天井を眺めた。

ツインルームなので、別々のベッドだ。

でも、なんだか「心は一つ」って感じがする。


「ノエルさんは?」

「さあ。桜子さんと一緒なんじゃない?」


・・・お姉ちゃんがこんな皮肉を言うなんて。

かなり重症らしい。


「そんな訳ないでしょ。桜子さんはきっと今頃、旦那さんと一緒よ」

「そうかな」

「そうよ。ノエルさんは散歩にでも行ってるのよ」

「そうかな」

「そうよ」

「・・・」

「・・・」



伴野建設の社員・・・それも多分、幹部候補・・・が、

ライバルの寺脇建設の仕事であるおもちゃショーを見に来た。

そして奥さんもそれに同行した。


別に普通のことよね。


ただ、その「社員」が聖で、「奥さん」が桜子さんだっただけ。

ただ、その「社員」が私の元彼で、「奥さん」がノエルさんの元カノだっただけ。


物凄い偶然ではあるけれど、

まあ世の中、こんなことがあってもいいじゃない?


「・・・なんとなく、分かってたの」

「何を?」

「ノエル君・・・デートとかしてても、私は何もかもが初めてでドキドキしてたけど、

ノエル君はそうでもない、っていうか、慣れてるっていうか・・・

もしかしたら、前に誰かと付き合ってたのかな、とは思ってたの。

でも、考えないようにしてた。今はもう関係ないって」

「・・・」


だけど、その元カノが実際に目の前に現れると、

「考えないように」ともいかなくなるのだろう。


「・・・お姉ちゃん。桜子さんってどんな人?」

「私もよく分からないの。ノエル君と桜子さんの話するの嫌だし、

ノエル君と桜子さんが話してる時も、2人の会話は聞かないようにしてる」

「そう・・・じゃあ、桜子さんの旦那さんのことは、何か知ってる?」


お姉ちゃんは、私が怪我した時に病院で聖と会ってる。

もし、聖と桜子さんが一緒にいるところを見れば「あ。あの時の人だ」って分かるはずだ。


だけどお姉ちゃんは首を傾げた。


「桜子さんの旦那さん?さあ。一昨日も今日も、桜子さんしか見なかったけど・・・

桜子さんの旦那さんもアメリカに来てるの?その人がどうかした?」

「・・・ううん」


もしかして、私の勘違い、ってことはないかな。

たまたま同じ指輪をしてる人がいても・・・おかしくないよね?


でも、聖が誰かと結婚してるのは間違いないだろう。


「「はあ」」


2人で同時にため息をつく。


もういいじゃない。


あれは聖じゃない。

誰にだってくれてやるわ。


「「はあ~」」

「・・・」

「・・・」


私とお姉ちゃんは顔を見合わせて笑った。


「ため息ばっかりね」

「お互い様よ」

「マユミも何かあったの?」

「うーん、まあね。

でも、お姉ちゃんは勝手に落ち込んでるだけじゃない。

ノエルさんは浮気なんか絶対しないから、心配しなくても大丈夫だって」

「・・・そんなこともないかもよ」

「え?」


お姉ちゃんが私と顔を見合わせたまま、

でも目だけは逸らして言った。


「一昨日桜子さんと街で会った時、

別れ際に桜子さんがノエル君にこっそり話してるのが聞こえたの」

「なんて言ってたの?」

「運命ね、って」

「運命?」


お姉ちゃんが身体ごと天井を向き、

大きくため息をつく。


「そう。『こうやってまた会えるなんて運命ね』って」

「・・・で、ノエルさんはなんて?」

「そうだな、って」


もう1つ、ため息が聞こえた。






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