第5部 第2話
日本のおもちゃ文化は凄い。
でも、おもちゃと言ってもほとんどはゲーム機だ。
テレビゲーム、パソコンゲーム、果てはゲーセンにあるようなゲーム機まで並んでる。
そんな中で、
懐かしの着せ替え人形や、電池で動くヒーロー系のおもちゃを見つけると、なんだかホッとする。
そうそう、これぞ「おもちゃ」よ。
もっともパパに言わせれば「おもちゃと言えばブリキだ」とのこと。
おもちゃ一つにも、時代が現れる。
「おい、そこの金魚のフン。邪魔だ」
「うるさいわね」
私はノエルさんを無視してお姉ちゃんの腕を取った。
「今日は私、お姉ちゃんの護衛をすることにしたの」
「護衛?」
「分かってるでしょ?」
「・・・」
そう、もしかしたら現れるかもしれないノエルさんの元カノからお姉ちゃんを守るのだ。
もちろん、私がいたからって、お姉ちゃんのショックが消える訳ではないけど・・・
私でも、いるといないじゃ少しは違うかもしれない。
お姉ちゃんは私を見て苦笑した。
「大丈夫よ、マユミ」
「昨日、噴火直前だったのはどこの誰よ。
今日は誰がなんと言おうと、お姉ちゃんと一緒にいるんだから!」
「はいはい」
私とお姉ちゃんの会話を聞いていたノエルさんが、
げんなりとして近くのブースに入っていった。
なんかコマみたいなおもちゃ・・・それにしては随分ハイテクな感じのコマだけど・・・
のブースらしい。
私とお姉ちゃんはブースには入らず、
通路に立ち止まってノエルさんを目で追う。
「ごめんね、マユミ。心配かけて」
「ううん。でも、お姉ちゃんも考えすぎよ。
その元カノと会ったのもただの偶然なんでしょ?
ノエルさんが浮気するとも考えられないし、
お姉ちゃんは奥様らしくデンと構えときゃいいのよ」
「うん・・・そうよね」
お姉ちゃんが少し笑顔になる。
「その女の人、桜子さんって言うんだけどね、凄く綺麗な人なの。
それでちょっとヤキモチ妬いてたっていうか・・・ごめんね」
「へえー。そんな綺麗な人なんだ?やるなあ、ノエルさん。
萌加さんより美人なの?」
「萌加とは全然違うタイプ。
でも、ノエル君とお似合いなような、お似合いじゃないような・・・」
「え?」
その時、お姉ちゃんの表情が固まった。
そして一目散にノエルさんのところへ走っていく。
へ?何?
どうしたの?
私があっけに取られてお姉ちゃんを見ていると、
ノエルさんとお姉ちゃんに向かって一人の女の人が歩み寄ってきた。
ノエルさんがおもちゃから顔を上げ、その女の人に気が付く。
ノエルさんの横でノエルさんの服を掴んでいるお姉ちゃんは初めからその人に気付いていたらしく、
警戒オーラ全開だ。
なるほど。
彼女が「桜子さん」らしい。
って、えー・・・?
あの人が?
私は、眉を寄せた。
確かに美人だ。
美人だけど・・・
ノエルさんと桜子さんらしい女の人が、会話を交わす。
私には声は聞こえないけど、多分挨拶しているくらいな感じだ。
桜子さんはお姉ちゃんにも軽く会釈し挨拶をしたけど、
お姉ちゃんは背の高い桜子さんを上目遣いで睨むようにして、
ぺこっと頭を下げるだけ。
でも桜子さんはお姉ちゃんの警戒オーラを気にすることなく、
またノエルさんとの会話に戻った。
・・・なんていうか・・・
凄く美人なんだけど・・・
スタイルも凄くいいんだけど・・・
一言で言えば、美人過ぎて冷たいって感じの女の人だ。
微笑んではいるけど、それはまさに「氷の微笑」。
はっきり言って私は絶対にお近づきになりたくないタイプだ。
何もかもがお姉ちゃんとは正反対。
ノエルさん、本当にあんな人と付き合ってたの?
桜子さんが、ゆるくカールした柔らかそうな髪を左手ですくい、耳にかけた。
その拍子に、薬指の指輪がキラッと光る。
桜子さんらしくなく(って言っても、桜子さんのこと何も知らないけど)、
ちょっとゴツめで、うねうねと波打った変わったデザインのゴールドリングだ。
どうやら結婚指輪らしい。
あ。そう言えば、ノエルさんとお姉ちゃんて指輪してないな。
結婚式をしていないから、買うタイミングがなかったのかな。
そんなことを考えているうちに、
ノエルさんと桜子さんの「挨拶」は終わり、
桜子さんは「ごきげんよう」とばかりに氷の微笑を湛えたまま、
お姉ちゃん達から離れて行った。
ふーん。
あれがノエルさんの元カノ、ね。
お姉ちゃんが「ノエル君とお似合いなような、お似合いじゃないような」と言っていたのが分かる。
確かに桜子さんは美人だし、クールな感じのノエルさんとは一見お似合いだ。
でも、ノエルさんはクールに見えて実はそうじゃない一面も持っている。
ノエルさんをよく知る人なら、桜子さんとお似合いだとは思わないだろう。
桜子さんはノエルさんと変わらないくらい背が高いけど、
さすがにアメリカ人の人混みに紛れるとすぐにその姿は見えなくなった。
お姉ちゃんはホッとした顔になり、
ようやくノエルさんの服を離す。
ノエルさんは「仕様がないなあ」という表情だ。
ちなみに私もノエルさんと同感だ。
いくら元カノと言っても、
お姉ちゃんが心配するような雰囲気じゃないと思うけどなあ。
私はもう一度、桜子さんが去って行った方を見た。
もちろん、もうそこには桜子さんの姿はなく、
おもちゃショーのスタッフや客が歩き回っているだけだ。
それにしても、日本のおもちゃメーカーのおもちゃショーとは言え日本人の客が結構多い。
アメリカ人と半々と言ったところか。
そしてアメリカ人も日本人も、半分くらいは純粋な客だけど、
もう半分はスーツを着ていて、どうやらパパのような視察組らしい。
初日だからかな?
その時、数メートル先にあるブースから日本人の男の人が出てきた。
スーツを着ていて、いかにも「おもちゃショーを楽しみに来ました」って感じではない。
いくら視察でも、おもちゃショーなんだから、もうちょっと楽しめばいいのに。
その男の人は通路を横切り、向かいのブースへ入っていった。
でもブースへ入る一瞬前、何を思ったのかチラッとこちらを見た。
私を見た訳じゃない。
多分、天井からぶら下がっている案内の掲示板を見ただけだ。
だけど、その一瞬で充分だった。
その一瞬で、私には分かった。
その男の人が誰なのか。
だってこの5ヶ月間、1日だって、ううん、1秒だって忘れたことのない顔だから。
私は雷に打たれたようにその場から動けなくなった。