第5部 第1話
何が災いするか分からないものだ。
いや、この場合は「災い」じゃないか。
この5ヶ月、親子らしい会話が全然なかったのが嘘のように、
パパと私はくだらない話で盛り上がり続けた。
こうでもしないと、
空気を読むことができないママが、何かとんでもないことを言い出しそうで。
もしくは、おもーい沈黙が来そうで。
「パ、パパ!このお肉、美味しいよ」
「本当だな。料理の仕方も日本に負けないくらい丁寧だ」
「うんうん。あ、デザートも頼んでいい?ケーキ食べたい」
「ああ、みんなで頼むか。ノエル君も食べるかね?」
おお!ついにパパがノエルさんに会話を振った!
私が目でパパに「チャレンジャーだね!」と言うと、
パパも目で「いつまでも2人を放っておく訳にもいかんだろ」と、返してくる。
「はい。いただきます。・・・ナツミは?」
ノエルさんはにこやかに答え、お姉ちゃんの方を向いた。
「いらない」
「・・・」
のん気に「私は頂くわ」とか言ってるママ以外の間に、
しらーっとした空気が流れる。
「じゃ、じゃあ、お姉ちゃん以外はデザートね!」
私は無理矢理作った笑顔で、
テーブルから程よく離れた場所に立っている、金髪のウェイトレスを呼んだ。
ここはアメリカ東部のとある街。
ノエルさんと柵木さんが住む街だ。
お姉ちゃんは長期連休の度にここに来ていて、
今も高校を卒業した1月からずっといる。
そしてパパとママと私は、私の3学期の授業が終わるのを待って、やって来た。
パパがここへ来た目的の一つは、ノエルさんの生活振りと仕事振りを見ること。
そしてもう1つは、おもちゃショーの視察だ。
そう、伴野建設に持っていかれたあのおもちゃショーだ。
でも伴野建設が担当したのは日本のおもちゃショーだけ。
海外の担当は見事寺脇建設が勝ち取った。
もちろん、おもちゃショーが、ノエルさんのお父さんが勤めている会社主催だなんてことは関係ない。
寺脇建設の実力だ。
そのおもちゃショーが、いよいよ明日からアメリカで開催されるのだ。
ちなみにママと私は、バカンスがてらパパにくっついてきただけである。
まあ、一応おもちゃショーは見ておくけど。
とにかく。
そういう理由で私達3人はさっきアメリカへ到着したのだけど、
空港まで迎えに来てくれたノエルさんとお姉ちゃんの険悪さったらない。
取り合えず食事でも、と近くのレストランに入ったのはいいものの、
お姉ちゃんはずっとだんまりを決め込んでる。
お姉ちゃんがここまで不機嫌になるのは珍しい。
パパと私は、デザート中も無意味に盛り上がり、
冷や冷やものの食事をなんとか終えたのだった。
「僕とナツミさんは3階の3201号室にいますので、何かあったら連絡してください」
「ああ、分かった。少し寝させてもらうよ、時差ボケを直しとかないとな。マユミはどうする?」
パパはホテルのスイートルームのソファにドカッと座り、ネクタイを緩めた。
ママは既にバスルームの中だ。
お姉ちゃんは・・・
この部屋にも来ず、自分とノエルさんの部屋である3201号室にこもっている。
そうそう、柵木さんの奥さんはもうとっくに2人の子供とアメリカに戻ってきてるけど、
「部屋はたくさんあるんだし」という奥さんの言葉に甘えて、
ノエルさんは今も柵木さんの家でお世話になっている。
(柵木さんがどう思ってるかは、聞かなくても分かるけど・・・)
だから、お姉ちゃんが来てる時だけ、2人でホテルに泊まっているらしい。
「私はノエルさんに街を案内してもらうわ。いいでしょ?ノエルさん」
「ああ」
素直に了解するノエルさん。
よほどお姉ちゃんのことをなんとかして欲しいらしい。
やれやれ。
「途中で紅茶の美味しいお店教えてね。奢ってね」
「わかった」
・・・本当に困ってるんだな。
私とノエルさんはため息をつきながらエレベーターへと向かった。
「夫婦喧嘩に付き合ってる場合じゃないのよ。私の方が大変だったんだから」
2階の正面玄関へ向かうエレベーターの中で、私は口を尖らせた。
エレベーターの中には私とノエルさん以外にベルボーイがいるけど、
もちろんアメリカ人なので、私達の会話の内容は分からないだろう。
「何かあったのか?」
「ちょっとね」
ちょっとどころじゃない。
聖が私の前から姿を消したばかりの頃は、
聖を好きになった日に私の心に落ちてきた積み木以外の全ての積み木が消えたような気持ちだった。
でもあれから5ヶ月が経ち、
家族やバカな友達やアホな友達や頭が青い奴のお陰もあって、
私の積み木は少しずつ増えていった。
一番大切な積み木は、今も変わらず同じ場所にあるけれど。
「そう言えば、ナツミから2号が怪我して入院したって聞いたけど、
大丈夫なのか?」
「・・・」
いきなり突いてくるわね。
それどころじゃないくせに。
「そんなことより!喧嘩の原因は何!?さっさと仲直りしてよ。こっちが疲れる」
「・・・喧嘩した訳じゃないさ」
「は?」
「ナツミが一方的にヘソを曲げてるだけ」
「・・・それはそれで、余計に面倒ね」
お姉ちゃん、パパに似て結構頑固だから。
「原因は?」
「それがさ。中々ドラマチックなんだけど、昨日ナツミと買い物してたら、
俺が昔付き合ってた人とバッタリ出くわしたんだ」
「・・・はぁ?」
い、意味が分からない。
「そんなに驚くなよ」
「だって・・・ええ!?」
昔付き合ってた人?誰が!?
バッタリ出くわした?ここで!?
エレベーターが止まり、ノエルさんが降りる。
私も慌てて後に続いた。
「ここ、アメリカよ!?」
「わかってる。だから俺も向こうも滅茶苦茶驚いた」
「それに・・・ノエルさん、彼女いたの?」
「いちゃ悪いか?」
「・・・」
なるほど。そりゃお姉ちゃん、落ち込むわ。
私は、そしてきっとお姉ちゃんも、
ノエルさんにとってお姉ちゃんが初めての彼女だと思ってた。
お姉ちゃんにとってノエルさんが初めての彼氏だから、
なんとなくノエルさんもそうなのだと勝手に思ってた。
それに、ノエルさんが女の人と付き合うことに興味がなさそうな人だからというのもある。
でも・・・そうだよね。
ノエルさん、客観的に見ればかっこいいもんね。
彼女がいたって、おかしくないよね?
私が「うん、おかしくない。かも」と自分に言い聞かせていると、
ノエルさんが「失礼な奴だな」と言って私の肩を小突いた。
「ノエルさんに昔彼女がいたってことと、
その元カノとこんなところでバッタリ会ったってことのダブルパンチか。
まあ、ヘソの一つくらい曲げさせてやってよ。二つはないんだし」
「こっちはいい迷惑だよ。もう何年も前の話だし、
今は俺も向こうも結婚してるんだぞ?ナツミが落ち込む必要がどこにあるんだよ」
「元カノも結婚してるの?」
「ああ。俺の3つ年上だから、今22歳かな。今年の1月に結婚したって昨日聞いて驚いた。
彼女も、俺が1年前に結婚したって言ったらビックリしてたけど」
「そりゃそうよ。でも、凄いわね、アメリカで再会するなんて。・・・寄り戻しちゃダメよ?」
「そんな訳ないだろ」
ノエルさんが苦笑いする。
ホテルを出ると、いわゆるイエローキャブではなく、
ハイヤーがずらりと止まっていた。
でも、私達は当然のようにその前をスルーし、
テクテクテクと徒歩で街の中を進む。
すると、すぐに近代的なドーム状の建物が現れた。
剥き出しの金属が美しい曲線を描いていて、
賑やかなこの街の中でもそこだけ際立って見える。
「ここが、おもちゃショーの会場だ」
「おもちゃショー用にしては随分本格的な建物ね・・・これ、本当に寺脇建設が建てたの?」
「まさか。建物は元々あったんだ。寺脇建設は中の改装をやったんだよ」
「へええ」
「なんか、俺も見るのが楽しみだな。・・・そうだ、彼女もおもちゃショーを見に来たって言ってた」
「え?元カノが?」
「ああ。どうして見に来たのかは知らないけど、おもちゃショーが目的なら、
ここで会ったのも、そんなに偶然じゃないのかもな」
・・・と、言うことは。
その元カノが明日おもちゃショーに来てもおかしくないのね?
私の中で、嵐の予感がした。
でもそれは、あくまでノエルさんとお姉ちゃんの嵐な訳で。
私には直接なんの関係もない嵐な訳で。
この時はまだそう思っていた。
そう。
この時は、まだ。




