表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
triangle  作者: 田中タロウ
78/95

第4部 第14話

「マユミ?」


本日4つ目の微妙な表情が扉の向こうから出てきた。

でも、そんなことには構ってられない。

私は両手で青信号の肩を掴むと、ガクガクと揺さぶった。


劇団こまわりの入り口は狭いから、下手をすれば私が階段から転げ落ちそうだ。


「聖は!?聖は、どこ!?」

「お、お、落ち着けって、マユミ・・・」


青信号が私の手首を掴み、肩から外す。


「その包帯、なんだよ?」

「こんなのどうでもいいの!」

「よくないだろ、そんなグルグル巻きで・・・あ、酔っ払って溝に頭つっこんだな?」


違う!!!


でも、そんな冗談に付き合ってる余裕もない。

私は青信号に手首を掴まれたまま叫んだ。


「聖はどこにいるの!?稽古場!?」

「・・・いないよ」

「じゃあ、どこ!?どこでバイトしてるの!?」

「さあ」


さあ?


まさか・・・


そんなことは、絶対にない。

そんなことだけは・・・


「聖さん、ここ辞めたんだ」

「・・・辞めた?」

「1週間前に急に団長の都築さんに『辞める』とだけ言いに来て、それっきり」

「・・・そんな・・・ロミオとジュリエットは?」

「ロミオ役は別の人になったよ」


いつもの軽い調子で淡々と答える青信号。

多分、私のショックが小さくて済むよう、

わざとそうしてくれてるんだろう。


それでも・・・


私が腕の力を抜くと、青信号は私の手首を離した。



聖の部屋が空っぽなのを見た時から、

なんとなくそうなんじゃないかとは思っていた。


聖は私の前から姿を消したかったんだ。

だから家を出た。

だから劇団も辞めた。


劇団も・・・


どうして?

どうしてそんなこと、するのよ?


あんなに演劇が好きだったじゃない。

あんなにロミオ役を喜んでたじゃない。


それなのに・・・


突然足元にぽっかりと穴が開いたような気分になった。



「もしかしてその怪我、聖さんのせい?」


青信号が自分の頭を指差しながら、訊ねた。

私は呆然としたまま首を横に振る。


「ふーん。でも多分、聖さんは自分のせいだと思ってるんじゃない?

だから、マユミの前からいなくなっちゃったんだと思うよ」

「どうして!?それなら私と別れるだけでいいじゃない!

ここを辞める必要、ないでしょう!?」

「そんなの知らないよ。こっちが聞きたいくらい。

急に主役がいなくなって、みんな困ってるんだから」

「・・・」


――― みんな困ってる。

そんなの、聖だって分かってたはずだ。


聖は人に迷惑をかけるのなんて全然平気な傍若無人だけど、

演劇に関してだけはそうじゃなかった。


「聖さんは、劇を途中で投げ出すような人じゃない」


私の心を見透かしたかのように青信号が言った。


「でも、どんな人であれ、結局あんな辞め方したんだ」


いい迷惑だよ、そんな思いが言葉から滲み出ている。


人のいい青信号でさえこうなんだから、

聖が突然辞めたことをもっと良く思ってない人もたくさんいるんだろう。

当然だよね。


「・・・そんなことしても、私は全然嬉しくないのに」

「だろうね。それでも聖さんがここを辞めたのは、単にやる気をなくしたからじゃないかなあ」

「やる気?」


青信号は頭の後ろで手を組んで、私に背を向けた。


「何があったのか知らないけど、聖さんはもうマユミと会わないつもりなんだろ?

聖さん、マユミに『ロミオとジュリエット』見せるの、凄く楽しみにして頑張ってたから、

目的がなくなってやる気をなくしたんだろ、きっと」

「・・・そうなの?」


意外だった。

聖に「マユミには本番までのお楽しみにしておきたいから練習は見に来るな」とは言われてたけど、

そこに深い意味なんてないと思ってた。


でも・・・


聖は私のためにロミオ役のオーディションを頑張ってくれた。

私に「ロミオとジュリエット」を見せるために、稽古を頑張ってくれてた。


「・・・聖って、私のこと結構好きだったんだね」


私がそう呟くと、

青信号は少し振り返り、今日初めての笑顔になって、

「聖さんが女の人をここに連れてくるなんて、マユミが初めてだったんだよ?」

と言った。






「お姉ちゃん、今いい?」


私がお姉ちゃんの部屋に入ると、

お姉ちゃんが勢い良く机から振り返った。


「マユミ!どこ行ってたのよ!心配したのよ?

退院した足で、いなくなっちゃうから・・・」

「うん、ごめんね。・・・バイト先のコンビニに行ってたの」


嘘じゃない。

聖の家へ行って、こまわりへ行って、

それからコンビニへ行ってきた。


入院中すっかり忘れてたけど、

私はバイトを無断欠勤していたのだ、

と、思ったんだけど・・・


「ありがとう、お姉ちゃん。店長に私が入院したって連絡しておいてくれたんだね」

「うん。だって、マユミが急に来なくなっちゃったら、店長さん心配するかなと思って。

それに、マユミのシフトを誰かに変更しなきゃいけないだろうし」


お姉ちゃんは、ずっとバイトしてるだけあって、こういうところはさすがだ。

私は怒られる覚悟でコンビニへ行ったけど、

店長は怒るどころか「大丈夫かい?」と心配してくれた。


そんな店長に「辞めます」と言うのはとても辛かったけど・・・

もう、あそこでバイトする意味はない。


「・・・」

「マユミ、どうしたの?」

「・・・ううん・・・」


お姉ちゃんが椅子から立ち上がり、私に歩み寄る。


私は顔を伏せた。


「ねえ、ずっと気になってたんだけど・・・

マユミが入院した日に病室にいた男の人って、マユミの彼氏?」

「・・・うん」

「そう・・・」


お姉ちゃんも、パパが聖を殴ったのは見てる。

なんとも慰めようがないよね。


私もそれ以上、何も言うつもりはなかったのに、

勝手に口が動いた。


「でも、いなくなっちゃったんだ」

「マユミ・・・」

「いなくなっちゃったの・・・」


聖がいなくなった。

口に出してみて、初めてそれが現実として私に迫ってきた。


家にいない。

劇団も辞めた。

絶縁状態の実家に帰ってるとも思えない。

聖が身を寄せるような友達も知らない。


聖がどこにいるのか、全く分からない。



私、もう二度と聖に会えないの?



私はこんなに聖のことが好きなのに・・・

聖も私のこと、好きなんでしょ?

それなのに、どうして会えないの?

ロミオとジュリエットだって、最後は一緒になって死んだのよ?

私はそれすらできないの・・・?



気付いたら、ポロポロと涙がこぼれていた。

そしてそれは、滝のようにとめどない流れになっていく。


「マユミ・・・かわいそうに」


お姉ちゃんがよしよしと私の頭をなでた。


この感じ、懐かしい。

そういえば昔よく、

こうやってお姉ちゃんに頭をなでられてたなあ。


大切なおもちゃが壊れた時。

2人で迷子になった時。

ママに怒られた時。

転んで膝から血が出た時。


そんな時はいつも、本気で悲しかった。辛かった。

でも、お姉ちゃんに頭をなでられるのが嬉しいような、くすぐったいような気がして、

もう悲しくなくなっても、わざといつまでも泣いてたっけ。


今だってそうよ。

頭をなでてもらいたくって、泣いてるだけ。

いつだって泣き止めれるんだから。


そう、いつだって・・・



だけどその日、

お姉ちゃんは一晩中私の頭をなで続けることになった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ