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triangle  作者: 田中タロウ
68/95

第4部 第4話

「マユミ。ソワソワしすぎ」

「ええ?私、ソワソワしてる?」


博子がフライヤーからポテトを上げながら苦笑する。


「してるわよ。さっきから、何回時計見てるの?

何度見たって、1分は1分よ」

「・・・」


そう言われつつ、私はまた思わずコンビニの掛け時計に目をやる。


午後8時38分。


さっき見た時からまだ1分しか経ってないじゃない。

聖と一緒の時は、一瞬で1時間過ぎちゃうのに。


8時半からバイトが終わる9時までの30分間が、

いつも途方もなく長い。

バイトは好きだけど、

この30分だけは、早く過ぎろ早く過ぎろと呪文のように心の中で唱えてしまう。


じゃあバイトを8時半までにしたらいいじゃないかと言われそうだけど、

そうすると結局今度は、8時から8時半の30分が長くなるだけだ。

それに、そんなに早くバイトを上がっても、聖に会える時間が増える訳じゃない。

聖が稽古場から戻ってくるのはいつも10時前だもの。


「そう言えば、彼氏が帰ってくるまでの間、マユミは何してるの?」

「部屋の掃除、洗濯物の片付け、できる時は夕ご飯の用意。

後、冷蔵庫の中の補充かな。牛乳とか卵とか」

「・・・おしん、みたいね。知らなかった、マユミって尽くす女なんだ」

「でしょ?」


ほんと、我ながら健気だと思う。


こんないい女、中々いないわよ?

さっさと気付きなさいよ、聖。


ちなみに博子には、聖のことを「彼氏」と言っている。

バイト中に聖と私の複雑な関係を説明するのは難しい。


博子は聖に会いたがっているけど、

聖はすぐ隣に住んでいるくせにこのコンビニを利用したことがほとんどないので、

いまだに博子は聖を見たこともない。


「そう言えば、博子とバイト時間が重なるの、久しぶりね」

「今日は急に代わってって言われて、8時から入ることになったの。

1時までの長丁場だわ」

「うわー、大変ね。頑張って」

「他人事ね」


博子がふんっと鼻を鳴らしてポテトを一本つまみ食いした時、

私のポケットで携帯が震えた。


バイト中に携帯を触ることは禁止されてるけど、

もしかして・・・


私は店内を見回した。

お客さんはいない。

店員も私と博子の2人だけ。


ま、いっか。


携帯を取り出して見ると、案の定聖からだ。

しかも電話。

私がこの時間バイトしてることは知っているのに電話してくるってことは、

よほど急用なんだろう。


・・・まさか・・・


「ごめん。ちょっと電話してきていい?」

「彼から?いいなー。私も彼氏ほしー」

「あれ?博子、彼氏いないの?」

「うん。って、そんなことどうでもいいでしょ。早く電話出なさいよ。

切れちゃうわよ?」

「あ!ごめんね!ありがと!」


私は、「博子ってかわいいのになあ。なんで彼氏いないんだろ」と思いながら、

急いで従業員用の部屋へ駆け込んだ。


「今いいか?」

「うん、どうしたの?」


息が上がっているのを悟られないように、

ゆっくりと話す。


もし自分の息を落ち着かせることに気を取られていなければ、

聖の声が弾んでいることに気がつけたかもしれないのに。


「悪いんだけど、今日ちょっと遅くなりそうなんだ」

「・・・そう」


やっぱり。

そんな予感がしてた。


電話の向こうから、ざわざわとたくさんの人の気配がする。

稽古場からかけてるんだろう。

何かトラブルでもあったのかもしれない。


ガッカリしちゃダメだ。

聖に「面倒くさいな」って思われるのが一番怖い。

聞き分けのいい女でいたい。


そのくせ、

「じゃあ、今日は帰るね」と言えるほど聞き分けよくもできない。


「・・・何時くらいになりそう?」

「11時は回ると思う」

「・・・」


それでも待ってるって言うべき?

帰るって言うべき?


なんて返事するか悩んでいると、

意外な言葉が耳に飛び込んできた。


「だからさ、バイト終わったらこっち来ない?」

「え?こっちって?」

「稽古場」

「え・・・いいの!?」


思わず声が大きくなる。


「ああ。何驚いてるんだよ。どうする?来る?」


私は更に大きな声で「行く!」と叫んだ。



聖が所属する劇団こまわりの稽古場兼事務所。

それはここから徒歩15分くらいの近い場所にあるくせに、

私にはアメリカより遠く感じる存在だ。


だって、劇団こまわりは聖の世界。

聖との関係もはっきりしない私なんかが踏み込んじゃいけない気がする。


聖の話では、劇団員の恋人や家族が稽古を見に来るのはよくあることらしい。

でも、聖は今まで一度も私に「見に来ていい」とは言わなかったし、

私も「見に行きたい」とは言わなかった。言えなかった。


それなのに・・・


何なのよ、急に!

もう!!


私はニヤケた顔を両手で抑えながら、

店の中へと戻った。


それからの15分、

「止まってんじゃない!?」と思うくらい、

時計の針がゆっくりとしか進まなかったのは言うまでもない。





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