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triangle  作者: 田中タロウ
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第3部 第18話

「きゃー!海、綺麗!!」

「泳ごう、泳ごう!」


見慣れてるとは言え、

グアムの海は何度見ても綺麗だ。


このエメラルドグリーンの海が、東京湾に繋がっているとは思えない。


私と有紗は、的場が取ってくれた2人部屋を水着で飛び出すと、

海岸目掛けて坂を駆け下りていった。


空気は暖かいけど、海は冷たい。


だけどそんなことはお構い無しに2人して海にダイブする。


「ハア~いい湯だなあ~」

「マユミ。違うでしょ。でも、そう言いたくなる気持ち、分かる」

「でしょ?」


海水に肩までつかりながら遥か彼方に広がる湾曲した水平線を眺めていると、

とてつもなく大きなお風呂に入っている気分になる。


・・・もしかしたら、師匠も海が好きかもしれない。


私は巨大なお風呂につかりながら、日本にいる師匠のことを考えた。


師匠、今頃何してるかな?


師匠はやっぱり外部の国立大を受験するらしいから、

今はもう受験生だ。

きっと勉強してるんだろう。


帰ったら、せめて土産話をたくさんしてあげよう。


羨ましがるかな?

でも、そしたらこう言うんだ。

「来年は一緒に行こうね」って。



「・・・ごめんね」

「え?」


私の横で一緒にお風呂、じゃなかった、海につかっていた有紗が突然呟いた。


「ごめん、って何が?」

「マユミの彼氏のこと・・・変な風に言っちゃって」

「ああ。ヤクザだってこと?」

「うん・・・怒ったよね?」

「どうして?」

「あの後、急に教室出て行っちゃったでしょ?怒ったかなと思って、ずっと気になってたんだ」


そう言えば、有紗に師匠がヤクザらしいと聞いた後、

私は急いで教室を出た。

でもあれは有紗に怒った訳じゃない。


「師匠と図書室で勉強する約束してたから、急いでただけよ」

「怒ったんじゃないの?」


有紗が意外そうな顔になる。


「どうして私が怒るのよ?」

「彼氏のことヤクザかもしれないなんて言われたら、怒るでしょ、普通」

「かもしれない、じゃないわよ。多分本当にヤクザなんだと思う」

「・・・怖くないの?」

「全然」


師匠=ヤクザ、というのは、意外ではあるけど何故か分からなくもない。

師匠の持つ、どことなく変わった雰囲気のせいかもしれない。

でも、師匠=怖い、というのは、全然ピンとこない。


師匠は少なくとも私の前では全然怖くない。優しい。

1年の時、クラスメイトを殴ったというのも、きっと理由があってのことなんだと思う。

でなきゃ、師匠は絶対そんなことしない。


「・・・そう・・・そっか。マユミ、本当にあの人のことが好きなんだね」

「うん・・・そうみたい」

「だったら、私はマユミを応援するわ!

どんな逆風があっても、負けちゃダメよ!」

「・・・有紗」

「その代わり、的場君は私に譲ってね!」

「・・・有紗」


一度目の「・・・有紗」と二度目の「・・・有紗」には、

声のトーンに若干の違いがあることをご理解頂きたい。



私と有紗が顔を見合わせて笑った、その時。


「おーい!2人ともー!もう、海入ってんのかよ!」


ズボンをたくし上げて、

バシャバシャと膝下まで濡らしながら的場が私達のところまでやってきた。


「あ!的場君!的場君も入ろうよぉ?」


有紗がブリッと変身する。


「うん、後で入る。他の奴らはマリンスポーツしに行ったぞ?」

「あ!私もやりたい!」

「俺は恋人岬に行くけど、どうする?」

「・・・」


私と有紗はもう一度顔を見合わせた。

ただし、今度は笑顔ではない。


有紗の顔には、「えー?恋人岬かあ」という落胆の色が濃い。


それもそのはず。

「恋人岬」と言えば、グアムに限らず世界中あちこちにある。

日本にも、何箇所かあるらしい。


どの「恋人岬」も、

それなりに綺麗な海辺で、

それなりに雰囲気があって、

それなりに観光スポットだ。


旅行し慣れている私達にとって、

「恋人岬」と名のつくところは、どこも陳腐過ぎて魅力に欠ける。



でも。


「有紗。私は恋人岬に行くわ」

「え?ほんとに?」

「うん」

「えー、そっかぁ」


相変わらずブリモードの有紗だけど、

目は鋭い。


―――ちょっと、マユミ!!彼氏がいるくせに、的場君と抜け駆けする気!?

―――有紗も一緒にくればいいじゃない。せっかくお膳立てしてあげてるのに。

―――でも、恋人岬でしょ?今更過ぎる。グアムまで来たんだから遊ばなきゃ時間がもったいない!


有紗は的場に目を移す。

その瞬間、目もブリになる。


「ごめんねぇ、的場君。有紗、高いところ苦手なのぉ」


そんなこと初めて聞いたぞ、初めて。


「そっか。恋人岬って高台だからな」


的場はすかさず私の肩に手を回した。


「じゃあ、ザンネンだけど、寺脇と2人で行こうかなー」


有紗のお怒り光線が目から発射され、私の背中を射抜いた。







私と的場は、同時に足を止めた。


「先、行ってていいよ」

「いや、俺、これ見たいんだ。ここに来るたび見てるけど、なんかいつも見ちまう」

「・・・」


私も。と言うのが癪で、

私は黙って目の前の巨大な石を見上げた。



グアムの恋人岬。


私はそんなにたくさんの「恋人岬」に行ったことはないけれど、

グアムの恋人岬は本当に綺麗だと思う。

もちろんすっかり観光場所化されていて、いつ来ても観光客だらけ・・・

それも、ほとんどは日本人ばかりだけど、

それでもこうして毎回見に来てしまう。


的場もそのクチらしい。


そして、恋人岬の展望台に上がる前に、

この石の前で足を止めるのも、私と同じだ。


石には、観光客向けに色んな国の言葉でこの恋人岬にまつわる伝説が書かれている。

日本語の石もちゃんとあって、私と的場が見ているのはもちろん日本語の石だ。



その昔。

グアムに住む美しい娘が、大金持ちの男の元に嫁ぐことになった。

しかし娘には恋人がいて、結婚直前に2人は駆け落ちしてしまう。

見つかれば死刑という重罪だ。

しかし2人は見つかってしまい、

手を取り合ってこの恋人岬から海に身を投げた・・・


そんな悲しい伝説。


昔は男も女も髪が長かったので、

飛び降りる時2人は、来世で一緒になれるようにとお互いの髪を結んで飛び降りたらしい。



私はもう何度も読んだその石を見てから、

展望台へと登った。

的場も少し遅れてついてくる。


そして・・・


「うわあー」

「綺麗だな!」


私達は思わず歓声を上げた。


崖の上にそびえ立つ展望台。

その真下に広がる、青く透明な海。

まるで絵葉書のような景色だ。


ここまで綺麗なのは、初めてかもしれない。


私は食い入るように、キラキラ光る海を見つめた。


「なあ、知ってる?海の色って、空の色を反射してるんだぜ」


ここでも私と同じように海に見入っていた的場が、

私の横で言った。

南国リゾートの雰囲気に溶け込んでいるせいか、

今日はいつもほど的場がチャラく見えない。

グアムの正装であるアロハを着れば、サマになるだろう。


「そうなの?じゃあ、この綺麗な海の色は空の色ってこと?」

「ああ。グアムは海だけじゃなくて空も綺麗ってことなんだ」


私は上を見上げた。


地球は丸いってことを証明するような、

青く高く丸い空が広がっている。


「なるほどね。こんな空だから、海が綺麗なのね」

「・・・俺、こんなところから飛び降りる奴の気が知れない」


的場が下の海ではなく、上の空を見上げてそう言った。


「ここから飛び降りる、って・・・なんか、空に飛び込む感じがしないか?

落ちるというより、登るって感じ。

いつまでもいつまでも登り続けていて、いつまでたっても死ねない。

俺、死ぬなら東京湾に飛び込みたい。一瞬で死ねそう」


私は思わず笑った。

ふふふ、なんて女の子らしい笑いじゃなくて、

お腹を抱えての大爆笑だ。


「的場!あんたに死ぬって言葉、似合わないよ!

殺してもしななさそうだもん!」

「やっぱり?」

「うんうん」

「・・・寺脇の彼氏もそんな感じだよな」


ふと、的場が真顔になる。

どうして急に師匠の話が出てくるのか。


「ごめんな。前、俺、有紗に、」

「私の彼がヤクザだって言ったって?さっき有紗にも謝られた」

「・・・気にしてなさそうだな」

「うん。全然」


私は首を上から下へ向けた。

そこには、相変わらず空のような海がある。


上も空。下も空。

ここは、空にぽっかりと浮かんでいる場所なんだ。


昔、ここに飛び込んだ二人は、どんな気持ちだったんだろう。

どうしてここで死のうと思ったんだろう。

どうして死んでしまおうと思ったんだろう。


私だったら、死ぬくらいなら大人しく誰とでも結婚すると思う。

だって、死んじゃったら元も子もないじゃない?

いくら来世で結ばれたいと言っても、そんな保証はないし、

そもそも来世なんて本当にあるの?


ううん。

死ぬ以前に、駆け落ちだってしないと思う。


師匠が本当にヤクザなら、

いくらパパでも私が師匠と結婚することは許さないかもしれない。

その時、もし師匠が「全て捨てて駆け落ちしよう」と言ったとしても、

私はそんな「全てを捨てる」なんてできない。

パパもママもお姉ちゃんも友達も今の生活も・・・絶対に捨て切れないと思う。


師匠もそんなこと望まないだろう。


・・・そうか。

だから「本気になるな」なんだ。


彼女である私を危険に巻き込みたくないからじゃない。


私は全てを捨てられないから。

師匠も私にそうして欲しくないから。



だったら。

だったら、私達はこれから先、どうなるんだろう。




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