第3部 第4話
T遊園地のチケットブース・・・から少し離れた場所で、
私はチケットブースを眺めた。
私の後ろには、フワフワワンピ姿の和歌さんが、
不安そうに私と同じ方向を見ている。
私は小声で和歌さんに言った。
「和歌さん、もっと地味な格好してくるかと思いました」
「・・・やっぱり?」
今日は日曜日。
和歌さんと一緒に、和歌さんの彼氏と迷惑女子高生のデートを視察しにやってきた。
もちろん、和歌さんの彼氏は何も知らないけど、
和歌さんの彼氏は女子高生とデートする時は必ず和歌さんに、
「いつどこへ行く」と教えているらしいので、
こうして難なくT遊園地で待ち伏せしているのだ。
ただ、私は和歌さんの彼氏と面識がないからどんな格好でもいいけど、
面識ありまくりの和歌さんはもっと目立たない格好の方がいいんじゃないだろうか?
黒いPコートに濃い紫のスキニーの私の方がよっぽど目立たない。
「私、普段地味な格好ばかりだから、それだと彼には返って目に付くと思うの。
だから敢えていつもは絶対しない格好にしてみたの」
なるほど。
「じゃあ、今日の為にそのワンピ買ったんですか?デニムのボレロも?」
「うん。・・・なんか凄く恥ずかしいわ、この格好」
「えー?似合ってますよ?普段もそんな格好すればいいのに」
「む、無理よ!」
何が無理なのかよくわからないけど、和歌さんは「絶対無理!」と言って、
ブンブンと首を大きく振る。
ワンピに合わせたのか、
いつものサラサラストレートではないちょっとカールした髪が揺れてほつれる。
「ああ、もう・・・これだからこういう髪型は嫌いよ」
和歌さんが髪に手櫛を通してから、クシュクシュした。
かわいいと思うけどなあ。
その時、和歌さんの手と目の動きが固まった。
「・・・来た」
「え?」
私は慌てて視線をチケットブースの方へ戻す。
開園直前だからチケットブース前には長い行列ができていて、
家族連れやカップルだらけだ。
今来たということは、多分列の最後尾辺りにいるカップルなんだろうけど・・・
どれかわからない。
「どれですか?」
「ジャケット着た、あの背の高い人・・・女の子と腕組んでる」
和歌さんの声が沈む。
私は和歌さんの目の向きと説明で、なんとかそれらしいカップルを発見した。
って、あの男の人が和歌さんの彼氏?
「・・・」
「マユミちゃんが今考えてること当てようか?」
「え?」
「『何、あの人!?すっごいイケメン!』って思ってるでしょう?」
「・・・はい」
和歌さんは、「やっぱりね」というようにため息をついた。
これが有紗なら「どう?凄いでしょう!」と鼻の穴の一つも膨らませるだろうけど、
生憎和歌さんはそういうタイプじゃない。
それどころか、今はその「イケメン」が災いしてこんなことになってるのだから、
ため息もつきたくなるだろう。
彼氏がかっこよ過ぎるというのも困ったものだ。
でも!
「凄い!!あんなかっこいい人、初めて見ました!」
「・・・そう」
「あんな人が先生だったら、そりゃ生徒は惚れちゃいますよね」
「・・・そう」
2度目の「そう」の声色が1度目と微妙に違う。
「あれ。もしかして和歌さんもあの人の生徒・・・」
「わ、私達も早く行きましょう!チケットの販売が始まったみたいよ!
見失っちゃうわ」
私は、逃げ出すように走り出した和歌さんの後を慌てて追いかけた。
私と和歌さんは、和歌さんの彼氏達から常に一定の距離を置き、
ひたすら2人の後を追った。
2人は腕を組んだままアトラクションの列に並び、アトラクションに乗った。
それから立て続けに2つ、別のアトラクションに乗り、
少し園内をぶらついてから飲み物を飲んで、またアトラクションの列に並んだ。
女子高生の好みなのか、どれも絶叫系ばかりで、
和歌さんはヤキモチとは別の意味で青い顔をしていた。
「私達は見てるだけじゃないですか」
「そうだけど。見てるだけで気持ち悪くなっちゃうわ」
そう。私達は2人を見てるだけ。
アトラクションには乗らない。
乗ってる間に2人を見失っちゃうかもしれないし、
下手したらバレるかもしれないし。
遊園地に来て何にも乗らないなんて初めてだ。
でも、和歌さんには悪いけど、
こうやってあの2人を見ているのはアトラクション以上に面白い。
だって、楽しんでるのは女子高生だけで、和歌さんの彼氏は全然楽しそうじゃない。
かと言って、ぶっちょう面してる訳でもない。
「楽しんでいる振り」をしている。
結構可愛らしい顔をしている女子高生は、頭の方も可愛らしいのか、
そんな「彼氏」の様子に全く気付いておらず、すっかり彼女気取りだ。
でも、気付いていないのは和歌さんも同じらしい。
いつもの冷静な和歌さんなら、そんなことすぐに分かるだろうけど、
こと自分の彼氏に関しては、冷静でいられなくなるみたいだ。
うーん。それにしても、本当にかっこいい人だなあ。
「和歌さん。心配しなくても、大丈夫ですよ」
「うん・・・」
和歌さんは右手で左胸の辺りを軽く押さえた。
「そうよね・・・分かってる。彼は本当の浮気なんかしないわ。
でも私、こういう遊園地って興味ないから彼と来たことないの。
だけどもしかしたら彼は、こういうデートもたまにはしたいと思ってるのかなと思ったら、
なんだか悲しくなっちゃって」
「・・・」
「それに・・・ナツミちゃんから聞いた?私・・・」
「子供、のことですか?」
和歌さんは、少し目を伏せた。
「でも、和歌さんの彼氏はそれでもいいって言ってくれてるんですよね?」
「うん。でも、彼は子供が好きだから、
やっぱり普通に子供を産める女の人がいいと思っても、仕方ないわよね」
「・・・」
私は、視線を少し先にいる和歌さんの彼氏から離さずに考えた。
なんとなくモヤモヤした物が頭の中にあるんだけど、
それをなかなか上手く整理できない。
整理できないんだけど、
私は頭の中の物がそのまま口に出る性質らしい。
「そうですね。子供が欲しいなら、和歌さんじゃない誰かを選ぶでしょうね」
和歌さんは、まさかこういう返事が来るとは思わなかったのか、
驚いた顔になった。
私は足を止めて和歌さんの目を見た。
「和歌さん。世の中には背の高い人もいれば低い人もいます。
太ってる人もいれば痩せてる人もいます。
子供を産める人もいれば、産めない人もいます」
「・・・」
「自分より背の高い女なんか無理!って思ってる男の人は、
自分より背の高い女の人とは結婚しないでしょうね。
でも、身長なんてどうでもいいと思ってる男の人は、
相手が自分より背が高くても結婚します。
別にどっちの男の人が正しいってわけじゃありません。好みや主観の問題です」
「・・・」
「和歌さんの彼氏は子供好きかもしれませんけど、
彼の中の天秤は、子供ではなくて和歌さんの方に沈んだだけです。
まあ、それが変わることもあるでしょうけど、
そんなのは、それこそ仕方ないことじゃないですか?
彼の好みや主観が変わったってことだから。
和歌さんもそんな彼に魅力を感じなくなるかもしれないし」
私は自分で話しながら「そうそう、私が考えていたのはこういうことよ」と、
頭の中を整理した。
「だけどとにかく今は、彼は子供より和歌さんを取ったんです。
でも私の目には、和歌さんの方が彼より子供にこだわってるように見えます。
それなら、彼には申し訳ないけど、
子連れの男の人とでも結婚した方が和歌さんにとってはいいかもしれませんよ?」
「そんな・・・!そんなことないわ!
私は、自分が子供を産めないことはもう受け入れてるもの・・・」
和歌さんも私と同じように、「そうよ。そうなのよ」と自分で自分に言っている。
「私も、自分は一生子供無しで生きていくって覚悟はしてる」
「なら、彼と一緒ですね。お互いそう思ってるなら問題ないじゃないですか」
「・・・そう、よね」
「そうですよ」
私が頷くと、和歌さんはもう一度「そうよね」と言って微笑んだ。