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triangle  作者: 田中タロウ
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第2部 第14話

入り口で招待券を見せると、私と師匠はすぐに中へ案内された。

私と師匠の席は前から3列目の真ん中辺り。


席に座ると、私は劇場内を見回した。

お客さんはほとんどいない。


ママに連れられて、大きな舞台やミュージカルを見に行ったことはある。

でも、こんな小さな劇場は初めてだ。

一応舞台はあるけれど、とにかく客席と近くって、

良く言えばアットホーム、悪く言えば内輪だけの演劇会。


ま、個人が趣味でやっている劇団だったらこの程度が普通かもしれないけど。


私は小声で師匠に話しかけた。


「師匠。ごめんね。もしかしたら全然面白くないかも」

「そう?人気ありそうじゃん」

「え、どこが?」

「劇場の向かいにチケットブースがあっただろ?当日券は完売しましたって書いてたぞ」


そんなのあったっけ?


「でも、お客さん全然いないじゃない」

「そりゃそうだよ。まだ入場前なんだから」

「え?」

「チケット、よく見ろよ。入場開始は14時半、開演は15時。

2号の持ってたチケットは招待券だから、入場前だけど入れてくれたんだ」


それってどういう意味?と聞く前に、

突然入り口の辺りが騒がしくなり、

ドドドっと人の波が劇場内に押し寄せてきたのだった・・・。





凄い。


私はライトで煌々と光る舞台を、ただただ口をあんぐりと開けて見つめた。


「アニマルず」という題名の通り、この劇に出てくるのは全て動物だ。

主人公は珍しいことにハイエナ。

普通、ハイエナって悪役のイメージが強いけど、

この劇は「俺だって本当はみんなと仲良くなりたいんだよ」というハイエナが、

いろんな出来事を通じて他の動物達と打ち解けていくというストーリーのようだ。


大道具も小道具も衣装も全て手作りみたいだけど、

一つ一つが凝っていて、手間暇かけているのが良く分かる。

そして何より役者の演技が素晴らしい。


前に伴野聖と見た映画は登場人物の心情を読み取るのが難しくて疲れたけど、

「アニマルず」はストーリーも演技も分かりやすい。

でもそれでいて単純ではなく、「次は何が起きるんだろう?」とワクワクさせられる。


それは師匠も同じみたいだ。

客席は真っ暗だから師匠がどんな顔でこの舞台を見ているのかは分からないけど、

凄く集中しているということだけは気配で分かるから。



舞台の袖から、新たな登場人物(動物)であるトラが出てきた。


他の動物もそうだけど、この劇の登場人物は着ぐるみではない。

ハイエナは茶色い服、トラは黄色い服、という程度。

でも、顔のペインティングと演技で、それが何の動物かすぐに分かる。


トラは、ストーリーとは何の関係もないのに頭にサンタの帽子をかぶり、

長い尻尾を手で弄びながら気取った足取りで舞台の真ん中まで歩いてきた。


伴野聖だ。


私は無意識に座りなおした。


アイツが舞台の上にいるなんて・・・変な感じ。



『おう、トラ野郎。クリスマスだからって気取ってんじゃねーぞ』

『お、ハイエナ君。メリクリ』

『・・・それ、やめろ』



どーゆーアドリブだ・・・


客席からクスクスと忍び笑いが漏れる。



『たまにはこういうサービスをして集客率UPを図らないとね。

ハイエナ君も、何か客受けするようなことを考えた方がいいよ。

でないと、この不景気の中じゃすぐに倒産してしまう』

『ハイエナに倒産も何もねーよ』



どんどんストーリーから逸れていく・・・大丈夫なのか。


その時突然、客席から「さとるー!お誕生日おめでとうー!」という

数人の女の子の声がした。



トラが、いや、さとるが、いや、伴野聖が・・・もう何でもいいや、

とにかくアイツが「おっ」いう表情をして声の方を見る。



『どうもどうも、ありがとう。ほら、どうだい、ハイエナ君。

僕の誕生日を覚えてくれているファンの子達だよ』

『ふーん』

『君から僕にプレゼントはないのかい?』

『そーゆーことは、この前貸した1万円を返してから言いやがれ』

『・・・』



いきなりトラが素の表情になり、客が爆笑する。

私の隣で、師匠も「ふっ」と息を吐いたのがわかった。



『じゃあ、1万円の変わりに、ウサギの肉1年分でどうだい?』



気を取り直したトラが、茂みに隠れていたウサギの耳を掴んだ。

ウサギは、ほっぺを両手で押さえて「ギャー!」という表情をする。



『えー・・・俺、ウサギの肉より、黒毛和牛がいい・・・』

『ハイエナ君。劇団こまわりの財政状況は厳しいのだよ』

『うーん、まあいいか。よし、そこのウサギ。お前の家に案内しろ。

家族全員俺が丸呑みにしてやる』

『ちょーっと待ったぁ!』



そこへ突然、ライオンが乱入してきた。

金髪のド派手なライオンだ。


・・・あ!あの人!

前、伴野聖と居酒屋から一緒に出てきた人だ!



『この百獣の王を差し置いて、ここで狩りをするとはどういう了見だ!』

『へ、へえ。このトラ野郎が、ウサギを食っていいと言うので』

『おい、トラ。本当か?』



ライオンはギロッとトラを睨んだけど、トラはトラのくせしてヒョウヒョウとしている。



『ライオンさん。この百獣の王を差し置いてって言うけどね、

あなたは狩りなんてしないじゃないか。狩りをするのはメス達だろう?』

『お、おのれ!許さん!決闘だぁ!』



とまあ、こうして劇は本筋に戻っていった。

一体どこからどこまでがアドリブだったのか、もはや分からない。

でも、少なくても客からの「誕生日おめでとう」って声は予想外だっただろうな。

それとも、この劇団では団員の誕生日はいっつもこんな感じなんだろうか。



そこから先、私はトラが舞台にいる時は常にトラの方を見ていた。

トラは脇役だけど、何故か目立つ。目を惹く。


トラを演じているのは他でもないあの伴野聖なのに、

幾らトラを見ていても、腹立たしさは感じない。

だって、あれは伴野聖じゃなくてトラだもの。

最初に感じた「舞台の上に伴野聖がいる」という違和感は、

いつの間にか綺麗に消え去っていた。


前、ママと舞台を見に行った時にママが「良い役者っていうのは、主役をやれば誰よりも目立ち、

脇役をやれば自分の影を薄くして主役を目立たせることができる人なのよ」って言ってた。

そういう意味では、伴野聖は良い役者とは言えない。

存在感がありすぎる。



私は、時間も伴野聖との確執も忘れ、ひたすら舞台に見入ったのだった。





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