第1部 第2話
いつもの日曜日どおり、私は午前10時に目を覚まし、着替えて顔を洗って・・・
そろそろキッチンへ行ってお手伝いさんにご飯を作ってもらおうかな?
そう思って、何気なく窓の外へ目をやった。
視界の半分くらいはうちの庭で埋まる。
寺脇家は大きな2階建ての家だけど、それ以上に大きなのがこの庭。
玄関から門までの間が遠いこと、遠いこと。
もっとも、いつも運転手が玄関の前まで車を回してくれるので、
庭散策が目的の時以外、玄関~門ルートを歩くことはまずない。
家と庭をぐるっと取り囲む塀も高い。
だから、もしその人が、道路の向こう側を・・・塀側ではなく道路を隔てて反対側を・・・
歩いていなければ、私の目にはとまらなかっただろう。
紺色のブレザーのような服を着た、背の高い男の人だ。
・・・まさか・・・
私は嫌な予感がして、部屋を飛び出し、勢い良く階段を駆け下りた。
途中、廊下でお手伝いさんに「マユミ様。お食事はどうなさいますか?」と聞かれたけど、
「後で!」とだけ叫んで、玄関を突っ切る。
いつ以来かもわからない玄関~ルート間を徒歩で、いや、徒走で駆け抜け、
なんとかギリギリ、さっきの男の人がうちのインターホンを押す直前に、門に辿り着いた。
ぜえぜえ言っている私を見て、男の人は面食らったような表情になる。
「あ、あ、あの・・・はあはあ」
「はい」
「も、も、もしかして、月島さん、ですか!?」
すると男の人は、「はい」と言って微笑んだ。
「え?じゃあ、ナツミは修学旅行に?」
「はい、昨日から・・・すみません。やっぱりお姉ちゃん、月島さんに連絡し忘れてたんですね」
「あはは。ナツミの奴、ドジしたね。まあ、そんなこともあるよ」
お姉ちゃんはそんなことばっかりですが?
申し訳ないけど、塀の内側だと家から見えるので、私と月島さんは塀の外で立って話していた。
お姉ちゃん抜きでパパと月島さんを対面させる訳には、さすがにいかない・・・
そう思って、ここまで全力疾走して来たんだけど、私の気持ちは変わりつつあった。
だって。
なんてかっこいい人なんだろう。
整った顔立ちのせいか、ほんのり染められた茶髪のせいか、随分大人っぽく見える。
制服じゃなければ、どう見ても大学生だ。
しかも、この制服。
堀西の制服ほどではないにしろ、かなり上等な物だ。
その胸元には複雑な金の刺繍で「W・K」と書かれている。
「あの。もしかして月島さんて海光学園に通ってるんですか?」
すると月島さんは、制服の胸の部分を照れ臭そうに見て「うん」と言った。
・・・信じられない。
海光の生徒がこの世にいるなんて。
いや、海光という学校があるのだから、当然そこには生徒がいるんだけど・・・
海光学園というのは東京のはずれにある、全寮制のスーパーエリート学園だ。
中高一貫で毎年入学できるのは50名という超難関。
企業経営者育成を目的とした学園で、その名を知らぬ者はいない。
お姉ちゃんのような人を除いては。
「凄い!どこでお姉ちゃんなんかと知り合ったんですか!?」
「ナツミから聞いてない?じゃあ、内緒にしておくよ」
「ええー?月島さんがナンパしたとか?」
「さあ、どうでしょう」
うーん。お姉ちゃんは自分から声をかけるタイプじゃないよな・・・
どちらかというと、影からこっそり見ているタイプだ。
ついでに、ストーカーと勘違いされちゃうっていうオマケもついてきそうだぞ。
とにかく私は、姉妹だから当然なのかもしれないけど、
超私好みなルックスと「海光」という肩書きに一瞬で参ってしまった。
と言う訳で、月島さんを引き止めるべく「せっかく来てもらったんですから!」と、
月島さんを家の中に連れ込んだ。
・・・別に、お姉ちゃんから取ってやろうとか思ってる訳じゃないわよ?
ただ・・・ほら、お姉ちゃんのせいで月島さんに無駄足させちゃ悪いじゃない?
月島さんは高3だから受験生だし、もう10月。
受験勉強のラストスパートの合間を縫って来てくれたのよ?
それに今日パパと会っていれば、1ヵ月後お姉ちゃんが帰ってきた時に、お姉ちゃんも楽だろうし。
それにそれに月島さんは、お姉ちゃんの彼氏としてやって来たというより、
寺島コンツェルンのトップであるパパの話を聞きに来たんだから。
そっか、海光の生徒だったらパパの話に興味あって当然よね、なんて、
ついこないだ「嫌みったらしい高校生」と言ったことも忘れて、
私はいそいそと月島さんを第1応接室へ案内した。
うちには応接室が3つあって、扉一枚で全て繋がっている。
これは、同時に何組ものお客様が来ることがあるので、それぞれの応接室にお客様を入れ、
パパが次から次にお客様と会えるようにしたためだ。
「この書類に目を通しておいてくれ。私はその間、隣の客と会って来る」みたいな。
今日は日曜だから他にお客様もいないので、私は一番大きな第1応接室を選んだ。
でも、ここは空いていても滅多に使わない。
よほど大切なお客様が来た時だけだ。
お姉ちゃんの彼氏なのよ?大切なお客様、よね?
月島さんは豪華な応接室にもキョロキョロすることなく、悠然としている。
もしかしたらご実家もお金持ちなのかもしれない。
「少し待っててくださいね。パパを呼んできます」
「うん。ごめんね」
こうして、お姉ちゃん抜きのパパと月島さんの対面が行われることになった。