社交界のお茶会に「欠席」という選択肢を作っただけなのですが
サクッと3千字
異世界に転生して、もう二度と経験しなくて済むと思っていたものがある。
それは、会社の飲み会だ。
前世の私は、ごく普通の会社員だった。仕事そのものは嫌いではなかったけれど、飲み会だけはどうしても好きになれなかった。
上司に誘われれば断れない。断れば付き合いが悪いと言われる。参加したらしたで、お酌だの席順だのに気を遣い、興味のない話にも笑顔で相槌を打たなければならない。
しかも、終了時刻が決まっていない。
二時間で終わると思っていたのに、誰かが「もう一軒行こう!」と言い出せば、そこからさらに数時間。翌日も仕事だというのに、帰るに帰れない。
ああ、思い出すだけで憂鬱になる。
だから、異世界の伯爵令嬢として生まれ変わったときは、心底嬉しかった。
これでもう、会社の飲み会に参加しなくて済む!
……と思っていたのだが。
この世界には、飲み会に負けず劣らず面倒なものが存在した。
貴族のお茶会である。
いや、もちろんお茶会そのものは嫌いじゃない。美味しい紅茶に、色とりどりのお菓子。気の合う友人たちとお喋りするのは、むしろ楽しい。
問題は、その面倒な慣習だった。
まず、招待状が届けば出席するのが当然。特に相手が目上の貴族なら、欠席など許されない。
次に、手土産。相手の家柄や好みを考え、失礼にならない品物を選ばなければならない。
そして当日は、全員が揃うまで始まらず、始まったら最後、主催者が解散を告げるまで帰れない。
これ、会社の飲み会と何が違うの?
私は前世の記憶を思い出すたび、げんなりしていた。
そんなある日、母から言われた。
「あなたもそろそろ、自分でお茶会を主催してみたら?」
どうやら伯爵令嬢たるもの、他家のお茶会に参加するだけではなく、自ら主催して人脈を広げることも大切らしい。
なるほど。だったら、ちょうどいい。
私はさっそく侍女に招待状を用意してもらうことにした。
「お嬢様、こちらでよろしいでしょうか?」
「ありがとう。あ、それと、出欠を選べるようにしておいて」
「……出欠、でございますか?」
「そう。出席するか、欠席するか。どちらかに印をつけてもらうの」
「欠席という選択肢を、わざわざご用意するのですか?」
「だって、予定が合わない人もいるでしょう?」
侍女は不思議そうな顔をしていたが、言われたとおりに書き加えてくれた。
ついでに、いくつかお願いしておく。
手土産は不要。開始は午後二時、終了は午後四時。途中退席も自由とする。
「お嬢様、これでは少々、簡素すぎるのでは……」
「そう?」
「お茶会というものは、もう少し格式を重んじるものかと」
「でも、別にお茶を飲んでお喋りするだけでしょう?」
とはいえ、ここまで慣習から外れたお茶会を開いて大丈夫だろうか。少し気にはなったものの、せっかく自分が主催するのだから、好きにやらせてもらおう。
こうして私は、親しくしている令嬢たち十二人に招待状を送った。
そして当日。
少しドキドキしながら迎えたお茶会だったが、いざ始まってみると、令嬢たちの反応は意外なほど好意的だった。
「あの……本当に手土産は必要なかったのでしょうか?」
「ええ。招待状にも書いたでしょう?」
「実は私、毎回手土産を選ぶのが大変で……。相手の方の好みに合わなかったらどうしようかと、いつも悩んでしまうんです」
「あら、私もよ。以前なんて、三日もかけて選んだことがあるわ」
「まあ、あなたも?」
そんな会話をきっかけに、令嬢たちは次々と普段の苦労を話し始めた。
なんでも、手土産を選ぶのに何日も頭を悩ませたり、招待状が届くたびに予定を調整したり、長時間のお茶会で疲れ切ってしまったり。
どうやら、みんな同じようなことを考えていたらしい。
「私、お茶会そのものは好きなんです。でも、いつ終わるか分からないのは少し困りますわよね」
「分かります! 夕方から別の予定があっても、なかなか帰れませんもの」
「本当よね。途中で帰ろうものなら、何を言われるか分からないし……」
その話を聞いて、私は思わず笑ってしまった。
「なんだ、みんな同じことを思っていたのね」
「ええ。でも、そういうものだと思っていましたから」
「まさか、こんなふうにお茶会を開いてもいいなんて、考えたこともありませんでしたわ」
こうして、いつもなら気を遣ってばかりのお茶会は、すっかり本音を語り合う場になった。
ちなみに、今回は一人の令嬢が少し遅れて到着したのだが、私は予定どおり午後二時にお茶会を始めていた。
「申し訳ありません! 馬車が混み合ってしまって……!」
「大丈夫よ。こちらへどうぞ」
「皆様をお待たせしてしまい、本当に申し訳なく……」
「もう始めているから、気にしないで」
「……え?」
彼女は一瞬きょとんとしたものの、事情を知るとほっとしたように席へ着いた。
その後も、お茶会は和やかに進んでいった。
途中、妹との約束があるという令嬢が先に帰ったが、もちろん誰も気にしない。それどころか、本人も気兼ねなく帰れるのが嬉しかったらしく、何度もお礼を言っていた。
そして午後四時。
「それじゃあ、今日はこの辺りでお開きにしましょう」
私がそう告げると、令嬢たちは名残惜しそうな顔をした。
「まあ、もうそんな時間?」
「まだお話ししたいことがたくさんあるのですが……」
「でしたら、また今度お話ししましょう。今日はありがとうございました」
「それもそうですわね。またぜひお招きください!」
こうして、初めてのお茶会は無事に終了し、主催者の私としてもホッとした。
……ところがこの後、このお茶会をきっかけに、社交界ではちょっとした変化が起こり始めた。
参加した令嬢たちが、自分でお茶会を主催する際にも、出欠を自由にしたり、手土産を不要にしたりと、私のやり方を取り入れ始めたのである。
でもってどうやら、私と同じような不満を抱えていた人は想像以上に多かったらしい。評判はあっという間に広まり、いつしか社交界では、開始時刻と終了時刻が明記され、欠席や途中退席も自由というお茶会がちょっとした流行になっていた。
さらには、王妃様からもお礼のお手紙が届いた。
『実は私も以前から、親睦のためのお茶会なのに、無理をして出席される方がいることを気にしていたのです。あなたのおかげで、よいきっかけをいただきました』
なんでも、王宮でも今後は同じ形式を取り入れることになったらしい。
こうして、社交界のお茶会は少しずつ気楽なものへと変わっていった。
ちなみに、今回招待した十二人のうち、二人は欠席していた。
あとで詳しい事情を聞いたところ、一人は以前から楽しみにしていたオペラ鑑賞、もう一人は母親と出かける約束があったらしい。
どちらも、今までのお茶会だったら断ることなど許されない理由だ。
けれど、別にいいじゃないか。お茶会より趣味や家族との時間を優先したい日だってあるだろう。
二人からは、欠席欄があって本当に助かったというお礼の手紙が届いた。もちろん、次回はぜひ参加したいとのことだった。
うん。やっぱり、お茶会はこれくらい気楽な方がいい。
まあ、コロナ以降は割とこういう風潮も減ったような気はしますが。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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