取り引き
「……で、准尉にも手伝わせたいっていうのですか?」
困ったような表情を作りながら、藤原中尉は可愛らしく首を傾げ、頬に指を当てた。
「いったい何を調べているのですか?それはわたしが抱えている案件より重要なのかなぁ?どうしてもっていうなら、考えないこともないですけれど……?」
痛いところを突かれても、廣瀬は反論をするのが難しい。
少将の命令ではない独断の調査だし、何より事の重大性を漏らしていいものか、判断に迷うところがある。特に、藤原中尉相手では。
「ボクだけの手には余るもんでね」
「あら、大尉からそんな言葉が出るなんてビックリ!何々?興味あるなぁ~、わたしにも教えてくださいませんか?」
にっこり笑う。が、その笑顔の裏で何か嗅ぎつけたような光が、キラリと瞳を輝かせた。
(まずいな…。この人だけは油断出来ない……)
屈託無さそうな無邪気さに、鋭い知性を隠している。ぱっと見の印象に惑わされがちだが、この美女の本性を法務科の人間の多くが、既に大なり小なり痛い目を見て知っている。
長く交渉して腹を探られるのは、どう考えても得策じゃなかった。
「いや、単に芦原議長のご意向に沿える対応をするのに、人手が欲しいだけだよ。偉い人の相手は骨が折れるからね」
藤原中尉に負けじと、廣瀬も満面の笑みを浮かべた。机を挟んで笑顔合戦をする。お互い騙し合い誤魔化し合いだ。
「わかりました。じゃあわたしの方は、土居大尉に手伝ってもらいますから」
にっこり笑う。
「いや、土居にもこっちを手伝ってもらうつもりなんだ」
「それはさすがに、ずるいんじゃありません?准尉だけじゃなく大尉もそっちだなんて、不公平ですよ」
プーッとほっぺたをふくらまして、拗ねる様子も可愛らしい。
(化粧ひとつで、年齢をいくつ操るんだ?)
今日は徹夜明けのせいなのか、スッピンのままの藤原中尉は、いつもの妖艶さとは違うやけに子供っぽい無邪気さで攻めてくる。思わず、廣瀬の心もぐらりと揺れた。
「ねぇ?土居大尉はこちらに譲ってくださらない?」
頬杖ついて上目使いに廣瀬を覗き込む。ぐっと息を飲み、廣瀬は藤原の視線を振り払うようにして、
「いや、譲れない。こっちを手伝ってもらう」
なんとか言った。
「あら、大尉はきっと、わたしの方を手伝いたいと思ってるはずですよ?ねぇ、大尉?」
朗らかに、藤原は廣瀬の後ろに付いてきていた土居へ声をかけた。
「ん?あぁ、まぁ」
頬を掻いての生返事。
「いや、残念ながらこちらが先だ。土居も、長年の親友のボクを手伝いたがっている」
「ん?あぁ、まぁ」
廣瀬の主張にも、土居は困った笑いを洩らした。
「いくら大尉の希望でも、納得いきません。それに、土居大尉もわたしと打ち合わせしなきゃいけないこともありますしね」
「こっちも土居は必要だ。細かい仕事をするのに、こいつ以上の適任はいない」
相変わらずの身勝手な廣瀬の意見に、
「それは大尉だけの都合でしょ?わたしは今回の主任法務官ですよ」
コロコロと笑う。(この笑顔で全て解決できると思ってるんだろうか?)あぁその通り。普段なら間違いなく、藤原に譲ることだろう。しかも綺麗にリボンのラッピングまで付けて。
だが今回ばかりは、そうはいかない。
「ボクは先任法務士官だ」
「私は特級大尉だ」
廣瀬に続いて無意味に階級を張り合った土居を、廣瀬がジロリと恨めしそうに睨みつけ、土居は「なんだ、てっきり階級を言い合ってるのかと思った」と苦笑して肩をすくめた。
「命令、ってことですか?」
藤原が妙に明るく引き継ぐ。
「そうは言いたくない。頼んでいる」
「じゃあ……、イ・ヤ・です♪」
今までで一番最高の笑顔を作り、ニッコリ顔を輝かせた。
(こ…この女ぁあっ!)
「待った待った!ふたりとも、争うのはやめろ」
険悪にヒートアップしていくふたりの間に、あわてて土居が割って入った。
「私を取り合いして喧嘩なんかしないでくれ。ふたりとも仲間じゃないか。優秀な私を必要としてるのはよ~くわかるがね」
大人が子供を諭すように言う。そして、両手のひらをふたりの前に広げた。
「どうせなら、贈り物で勝負してくれ」
無言で力一杯、廣瀬がその手のひらをバチンッとはたく。土居はニヤニヤと笑った。
「冗談だよ。好きだろ?こういうの」
ウインクしてみせる。
(うるせぇよ!)
廣瀬も友人の機転に苦笑いしか出ない。
「中尉、どうだろう?ここは一度廣瀬に譲っては?私はそんなに時間はかからないと思っている。終わったら、その後3人で中尉を手伝おう」
「3人っていうと、廣瀬大尉もですか?」
「もちろん。いいだろ?」
コロコロ笑う藤原と対照的に、廣瀬は渋面を作って頷いた。
「よし、交渉成立だ。もしそれで足りなかったら、好きなだけ廣瀬をショッピングの荷物持ちに使ってくれ」




