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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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フリモリウム魔法学院

裏方稼業=フリモリウム魔法学院=

作者: 爽夏=sayaka=
掲載日:2026/06/21

木々が無秩序に立ち並び、枝々が空を覆うように乱雑に組み合わされ、茂る葉が重なり合って光を遮断し、辺りは昼間だというのに薄暗い。

たまに枝葉の隙間から光が零れる箇所があれば、その光が届いた地面には雑草が争うように生い茂っていた。

風が通れば、揺れる枝葉が騒めき、まるで亡者立ちの囁き声のよう。

ここはオッフェルの森。

学院と呼ばれるフリモリウム魔法学院があるトーフェルブーク学術都市北部に広がる森だ。魔法の触媒や研究に使われる素材は、主にこのオッフェルの森で賄われていた。

珍しい薬草から希少な魔物まで、学院の購買部や宿波街の斡旋所に依頼が掲げられ、学生や冒険者たちがオッフェルの森へ向かう。

そして、倒した魔物の指定された部位を切り取り、買取所へと戻っていく。


……リーンリーン


軽やかな鈴の音が、木々を抜けて響く。

音に導かれるように鈍くふらつきながら歩むのは、耳が欠けたゴブリンに、鼻が削がれたオーク。その後ろを爪が剝がされた魔狼と、牙を抜かれた魔猪がヨタヨタと従う。

どの魔物も一様に目に光が無く、だらりと力の抜けた顎からは舌がはみ出ていた。


リーンリー……


一定間隔で聞こえていた鈴の音が、カチリと硬い音を立てて唐突に止む。

少年が掌で鈴を包んだのだ。警戒するようにあたりを見回す少年の足元では、毛の短な真白い犬が鼻に皺を作り牙を剥いた。

ガサリガサリと草を分ける軽い音。徐々に近づく動く下草の動きを追えば、かき分けて出てくるは一匹の金茶の狐。

ツンと尖った耳とマズルをピクリと動かす。

とたんに、軽く息を吐いた少年は肩の力を抜いて唇に笑みを乗せた。


『おかえり。何も無かった?』


少年が囁くような声で問いかければ、狐は応えるようにクワァッと欠伸を一つ。

気の抜けるようなその仕草に少年は軽く肩をすくめて、掌を開くと鈴を摘まんだ。


リーンリーン……


踏み出す少年の後を生気の欠けた魔物たちが付き従う。

魔物たちの欠けた部位は、学生や冒険者たちが切り取ってき、少年が回収するのは、彼らが捨てた残り物。

少年は生命の拠り所を少しだけずらして、魔物たちの葬列を作る。光を無くした魔物に仮初の生命を与えて、肉体を動かしていた。


リーンリーン……


鈴の音に従い、よたりよたりと魔物だったモノたちは歩く。

その爪の一つまで魔法の触媒として利用されることも知らず、光を無くした目は虚ろに開いていた。

少年に着かず離れずの距離で狐は歩み、辺りを窺う。

少年の側に寄り添う真白な犬は、スンスンと風の匂いを嗅ぎ分けていた。

少年は鈴を鳴らしながら先導する。

いつの間にか、コロコロと丸い焦げ茶の物体が葬列の後ろにのそのそと付き随っていた。

一人と三匹は、慣れた足つきでオッフェルの森を抜け、森とトーフェルブーク学術都市とを分ける城壁沿いを進み、木々で隠された洞窟へと向かう。

洞窟へ入れば、古い石畳と岩壁とが彼らを迎え入れる。一目でわかる。自然の洞窟ではない。人為的に作った洞窟だった。

少年の胸に下げた紋章がぼんやりとした光を放ち、洞窟の奥に扉が現れる。少年が戸惑うことなく扉に手をかざせば、取っ手のない扉が自動で開く。扉の奥には、兵士が数人談笑していた。

「おっ、ジョージ、今日は早かったな」

軽やかな声で少年に声をかけた兵士は、それぞれに動き出す。

一人が羽ペンと用紙を持てば、一人は別の書類を用意して机へ向かい、残りは《商品》の検品へと向かう。少年は鈴の音の調子を変えて、商品を指定の場所へと動かした。

「ゴブリン。討伐部位、剥ぎ取り済み。状態並。指の欠損有」

「オーク。討伐部位、剥ぎ取り済み。状態並。毛皮の摩耗多数」

魔狼(まろう)。討伐部位、剥ぎ取り済み。状態良。爪、眼球、ともに欠損無し」

魔猪(まっちょ)。討伐部位、剥ぎ取り済み。状態良。部位欠損無し。耳に傷有」

読み上げられた内容を羽ペンでスラスラと用紙に書き写す。

机の上に広がる書類はそれぞれ誰が何を必要としているか記してある帳簿のようで、広げた兵士は、読み上げられた内容と照会して、チェックを入れていた。

「流石だな、死体屋」

検品が終わり、納品書を手渡しながら兵士は、軽く少年の肩を叩いた。

「お前のおかげで、先生方から助かるとお褒めの言葉をいただけるからな」

「いえ……仕事ですから」

言葉少なに少年は呟いて、納品書の内容を確かめ頷くと、兵士が示した受領書にサインを記した。

「いつものように納品書を買取所へ出せば、金が受け取れるよう手配しておく……あー、この時間だと早くて3日後だな」

「助かります」

ぺこりと頭を下げると、少年は入ってきた扉を出て行った。

「愛想ない奴ですね」

検品をしていた新入りの兵士がぼそりと言えば、古参の兵士が頭を小突いた。

「この仕事に愛想なんて必要ねぇんだよ。先生方から依頼された商品をきっちり納品してくれれば、何も文句ねぇんだからな」

「そうだな」

別の兵士も、少年が出て行った扉を眺め呟く。

「学生の坊ちゃん嬢ちゃんや、荒っぽい冒険者と違って、美品を回収してくれるんだ。学生や冒険者は、指定された部分しか納品しねぇ……」

「だなぁ……」

古参の兵士は肩をすくめる。

「学院の先生がたは、全部の部位を余すところなく研究に使う。ところが届くのは一部の部位ばかりだ。必要な部位が、なかなか手に入らないと嘆いていたからな……」

「死体屋が現れてからは、ちゃんと全部の部位が手に入るようになった。先生がたから調達の不満は収まっている。俺らも叱られることなく仕事ができる」

書類を棚に戻した兵士は「死体屋様様だな」と軽く笑った。

先輩兵士の言葉に「へー」と言葉を返した新人兵士だったが、内心思う。

(それって……単に他人が倒した死体を集めてるだけじゃねぇか……)

商品は魔方陣の上に乗せられ、帳簿で指示された宛先へと送られる。

気色悪い魔物の死体が魔方陣に吸い込まれ消えていき、死臭だけが部屋に残された。



* * *


影法師が長くなり、西の空が赤く染まる夕暮れの時間。商店街では店を閉める商人や夕飯の買い出しに繰り出す人、一日の仕事を終え飯処へ足を運ぶ者たちとが入り混じっていた。

そんな中、とてとてと足取り軽く歩くモコモコとした焦げ茶の丸い物体が、店じまいを始めたパン屋の軒先で足を止めた。

「ぽきょー!」

前足で扉を軽く押し、鍵が開いてることを確認すると、その豊満な身体で扉を押し開いて、店の中に入っていく。扉のベルがカランカランと鳴り、そのベルの音で客が入ってきたのだろうと見当をつけた女将さんが「いらっしゃい」と朗らかな声をかけた。

「ぽきょー!」

気の抜けた鳴き声を一つ。まるで誰かいませんかと尋ねるような声に、パン屋の女将さんは振り返ると笑いだす。

「ふとっちょ、今日は遅かったじゃないか」

いそいそと商品にならぬパンの端をポンと焦げ茶に向って投げてよこす。投げられたパンを上手い具合に口でキャッチした焦げ茶色の丸い奴はもしゃりと口を動かした。

目の周り、マズルを囲うようにに黒い毛で縁があり、目と目の間に茶色い毛の生えた、何処か間の抜けた顔と、コロコロと丸く太った犬に見えるそれは、頭の毛で隠れそうな丸みを帯びた三角の耳をピクピクと動かした。

モグモグと口を動かしパンを食む。毛先が黒い短な茶色の尻尾が、ゆっくりと揺れる。

「お腹空いてたのかい?」

昼間はパンが並んでいたであろう棚には何もなく、重ねられた籠も空っぽだった。

女将さんは店を掃き掃除しながら、食べ終わり満足げに舌で口の周りを舐める丸々とした犬を眺める。

「今日は客の入りが良くて、ほとんど売り切れちまったんだよ」

「ぽきょー!」

分かったとばかりに、クルリと扉の方に向かう。その現金な様に、女将さんは「まったく」と笑いながら店の扉を開いた。空いた隙間から、コロコロとした焦げ茶色の毛玉が街に放たれる。

「また遊びにおいで」

女将さんも一緒に外へ出て、毛玉を見送ると、そのまま店先を掃除しはじめた。

コロコロとした焦げ茶色の毛玉は、トテトテと足取り軽く街を歩く。

「ぽきょー!」

肉屋の前で愛想よく鳴けば、肉屋の親父が「おっ! 来たか」と笑って、商品にならぬ肉の端切れを投げてよこした。

「こないだはありがとな」

もきゅもきゅと口を動かす焦げ茶色の毛玉に肉屋の親父は声をかける。

「まさかガキんちょが道に迷って魔法街まで行くなんて思ってもみなかったぜ」

肉屋の親父の言葉に、店先にいた客が「あー」と頷く。

「子供の行動力を甘く見ちゃいけないねぇ」

「まったくだ……太っちょが見つけてくれなかったら、どうなってたことか」

客と肉屋の親父は、夢中になって肉の切れ端を食べる丸々と肥えた焦げ茶色の塊を眺める。

「どんくさそうに見えるのにねぇ……」

「どんくさいだけだったら、ここまで肥えねぇよ」

「確かにそうだね」

笑う二人を、チラリと見た焦げ茶色の毛玉は「ぽきょー!」と気の抜けた鳴き声で返事を返して、のそりと動き出した。

「また来いよ」

肉屋の親父の声に足を止め、首を傾かせるように振り返ると「ぽきょー!」と返事をして、そのままトテトテと足取り軽く街の中に消えていく。

「ぽきょー!」

戻ってきた狸を見て、少年は怪訝そうな顔をした。

『なんか口の周りが汚れてるんだけど……』

「ぽきょ?」

故郷の言葉でポツリと呟く少年に、軽く首を傾げて、何のこととばかりに惚ける狸。少年の足元にいた真白い犬はフンフンと鼻を鳴らしながら、狸の周りをぐるりと回る。

『どこ行ってたの?』

部屋に狸を迎え入れた少年は、机の上に広げた短冊を片付ける。黒い墨で短冊に描かれたのは、故郷で学んだ呪符。この学術都市では誰も知ることない故郷の文字で呪文が記されていた。

「ぽきょー」

『あぁ……そろそろ満月だからね……たぶん、マディアス先生から指名依頼が入るはずだよ。その時に使う符を準備していたんだ』

ソファの上に丸くなっていた狐がチラリと目だけで少年と狸を見た。

犬は定位置となったベッドの前にどさりと座る。

狸はケフッとゲップをひとつして、欠伸をひとつ。狸の息に肉の匂いを感じた犬は胡乱気な眼差しで狸を眺めていた。

「ぽきょー!」

気にするなと狸はニンマリと笑うと、部屋の隅に置いた座布団の上に丸くなった。

そして、今日も夜が更けていく。空には狸のように丸い月が浮かんでいた。


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