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「えーっと、カメラの調整OK。音声チェック、よし。配信スタートっと」


ヨモギはダンジョンゲートの前でスマホを操作しながら、ライブ配信を開始した。

背後には鬱蒼と茂る深い森と、苔むした石造りのゲートがそびえ立っている。

ダンジョンの発生によって自然と一体化したような景観は、まるで千年前からそこに存在していたかのような風格があった。

しかし、現実はたった2年前の迷宮化の時に生成されたダンジョン。

迷宮化の時だからダンジョンの中では古株である。


「皆さんこんにちは!ヨモギです。本日はダンジョンから生配信!今回は新エリアが解放したてのB級奥多摩ダンジョンを攻略していこうと思いまーす!」


:おっ!ヨモギ来たか!

:JKのダンジョン配信、ありがてぇ

:奥多摩ダンジョンってB級だったの?

:↑最近引き上げられたゾ

:知らんかったわ、サンクス


ドローンから投影されるモニターには視聴者のコメントが次々と流れていく。

私はカメラに向かって軽く手を振り、ゆっくりとダンジョンの中へ足を踏み入れた。

ゲートをくぐると、湿った空気が肌にまとわりついた。

ダンジョンの森の中はほのかに霧が立ち込め、木々の隙間から差し込む光が幻想的な光景を作り出している。

地面は厚い苔で覆われ、踏みしめるたびにふわりとした感触が伝わってくる。

ゲートを潜り抜け、しばらく歩いた場所にあるベース基地で、私は2匹のパペットを召喚した。


「というわけで、今回一緒にダンジョンを攻略するパペットは、スノーとアクアス!初見さんもいるかもだからちょっとだけおさらいしておこうかな。」


私は藍色のサメのパペットを抱きかかえると、カメラの前へ向けた。


「このサメのパペットがアクアス、最初に作ったパペットで私の頼れる相棒ね。能力は、水が生成できて、自由に操れる感じかな。スキルで例えると【上級水魔法】ぐらいかな?」


私の抱えたサメのパペット…アクアスはがっしり抱いた腕を水のようにするりと抜けると私の前で一回転し、ひれを使ってカメラに向かってぷるぷるとアピール。

アクアスは配信で登場するパペットの中では常連…というか毎回出ている。

それにも関わらず、一回転するその仕草には飽きが来ない。

それは私の視聴者も同じのようで…


:おんぎゃぁぁぁ可愛いぃぃ!

:あぁ、はすはすしたい。

:可愛いィィィィッ説明不要!!

:えぇ…なんかいっぱい熱狂者いるんだけど…

:なぬ?貴様アクアスファンじゃないのか?ワイが徹底的に叩き込んだる!

:うわ怖…

:[このコメントは削除されました]


「はいはい、そこ熱くならない。そして、もう1匹が…こちら!スノー!」


カメラを少し移動させ、私の横に立つふわふわのオコジョの姿が映る。

雪のように白い毛に包まれたオコジョのパペット…スノーが、私のそばにぴたっと寄り添うと、その小さな体が私の腕にすり寄ってきた。

翡翠色の肉球がほんのりと冷たく、私の手に触れた瞬間ひんやりとした感覚が伝わる。


「スノーもかなり長い付き合いのパペットでね、長野にある信濃銀嶺ダンジョンって知ってる?そこのボスのドロップ品、『六花の銀杯』で生まれたんだけど……性格は、うーん…ちょっとわがままかな?でも、戦闘では本当に頼りになるんだ。スノーの能力は物を凍らせて、アクアスとの連携が強いんだよね!スキルで例えると…そうだね水を凍らせる氷魔法と違って物の指定がないから冷蔵庫に使われてる【冷凍】かな?」


スノーは私に目を合わせて、少し得意気にふわふわの尻尾を振る。

その小さな体は先ほどよりべったりと私に寄り添っており、全く離れる気がしない。

そのせいなのか、スノーからじわじわと漏れる冷気によって腕が霜焼けを通り越え、凍傷になりかけていた。


:腕凍ってるって!

:ダンジョンに本格的に探索する前に怪我しちゃだめでしょ!

:ワイもスノーにずっと抱き着かれたい…

:やめろ、いつの間にか四肢が使い物にならなくなるぞ


「はいはい、これ以上は私の腕が死ぬから駄目ね?」


そういって私は紫色になった腕から嫌そうな顔をするスノーを引きはがした。


「はい、おさらいも終わったので今から新しく開放されたエリアまで探索していきます!そして、これが今日のノルマですね!」


私はダンジョン配信をする時、ノルマという話題の種になるような課題(クエスト)を3つユイに考えてもらっている。

ノルマが発表されるまで私も知らないため、このノルマ紹介が一番緊張したりする。

配信画面にノルマという文字と枠が現れドラムロールが流れ始めた。

そして、軽快なシンバルの音と同時にノルマが表示された。


【本日のノルマ】

・奥多摩ダンジョンの固有スライム捕獲

・ダンジョン内にあるキノコを使ってクッキング(添付データ:まるわかり!ダンジョンキノコの見分け方ブック【完全版】)

・薬瓶にポーション材料を詰め込むおつかい


:今回は素材集めか

:キノコでクッキング( )

:マネさん狂気にも程があるでしょ…


「今回は素材系が多めなのね。これが案外簡単そうで想定通りにいかないんだよねぇ…」


ノルマをもう一度みて、内容を頭の中で反芻させる。

キノコとポーション材料は添付データで難なく達成できるだろう。

しかし、スライムのノルマはそう簡単には達成できない。

なぜなら、半年ほど前にこの奥多摩ダンジョンに潜った時、魔物の情報はすべて目を通したが固有種スライムなんていなかったからだ。

そう考えると、頭を捻らずとも答えが見えてくる。

この奥多摩ダンジョンの固有種スライムは、新規開放エリアのどこかにいる。

これもきっと異常な伝達スピードでついさっきダンジョン庁が開示したんだろう。


「…ということは、まだ超少数の人数しかスライムのことを認知していない?」


その瞬間、心の底から純粋な好奇心があふれ出してきた。

そして、うまく使えばフォロワーも増やせるに違いない。


「ノルマも公開されたので、早速新エリアへ向かって行こうと思います!ノルマの優先順位としては、道中でポーション材料を集めつつキノコ探し、そして新エリアでスライムを探していく感じかな?それじゃ、しゅっぱーつ!」


そうカメラへ呼びかけると、コメント欄は無事を祈るコメントや、視聴者同士でのスライムの予想が飛び交っていた。

私は、アクアスとスノーを連れて霧の深まる森の奥を目指していく。


私は森の奥へ進みながら、時折視聴者のコメントを拾いつつ薬草や果実を探していく。


***


「ざっとこんなもんかな?」


私はカメラに無数のキノコを向けた。

中には明らかにヤバい色をしたキノコもあるが、一応毒持ちはないはずだ。


:ひぇッ...

:これ、人間が食べていいやつなの?

:明らかに危険な色してるよ…?


私はキノコたちの中から異彩を放つ、濃い緑色をした松茸のようなものを取り出す。


「これは…化茸(バケタケ)っていう、軽い幻覚を見せるキノコだね。ポーションの材料になってるから大丈夫でしょう!多分!」


私はカメラとは別の球形ドローンに目を配る。

これは、ユイができる限りの改造を施した多機能ドローン。

光学迷彩や、高速移動はお手の物で、魔物の判定機能なんて付いてる。

そして、私は化茸を高く掲げた。


「今回は、このキノコを豪快に炙って食べたいと思います!バーナーON!」


その瞬間、ドローンから突起物が現れ、キノコに向かって火を噴いた。

緑色で禍々しい見た目がこんがり焼けて、香ばしい匂いが鼻腔を駆け巡る。

私はそのまま、熱々の化茸に齧りついた。

口腔に広がる化茸の圧倒的なコクの強さに、視界が眩く点滅する。


「あぁ...そういう訳ね...道理で幻覚が見えるわけね。」


:一体どんな味?

:Kwsk


「んー、なんというか、異常なほどに強いコクが、脳の奥までぶっ叩きに来てる...牛肉で例えるならA7とか?」


:A7てw

:どんだけだよ

:おまいら絶対に食うなよ?


ふと周囲を見渡すと、匂いに釣られたのか魔物が近寄ってきていた。

私は化茸を完食すると、状況を把握するために再度辺りを見る。

3時の方向に狐狸っぽいのが3匹、7時にデカいカモシカっぽいのが1匹、10時に苔むしたスライム...

ん?スライム?

私は頭の中で苔むしたスライムの情報を探すも、そんなものは見たことも聞いたこともない。

つまり、新種!

とりあえず、獣を対処して安全を確保しないと。


「...アクアス、水壁。スノーは氷刃を展開。」


私の周りに水の壁が構築され、さらにそれを囲うように氷の刃が展開された。

その瞬間、カモシカがこちらへ向かって突進してきた。

その大きな角がアクアスの壁に触れようとした時、動きが止まり、頭と胴が2つに分かれた。

その断面はわずかに凍結しており、仄かに紅く染まった氷の刃が地面に深く突き刺さっていた。

そして、カモシカは宝箱を残して塵と化した。


「スノー、あっちも!」


私は狐狸の方へ指差した。

スノーの氷の刃が猛スピードで飛んでいくも、彼らの姿は霧散して消えた。


「なんだ…幻影か。」


このダンジョンには、幻影を創り出して私たち人間を弄ぶ化狐、化狸と名付けられた魔物がいる。

こちらへ危害を加えてこないものの、落とす宝箱の報酬が美味しいので、見つけたときは比較的狩るようにしている。


:早い...

:あのカモシカもどき、確かCランクだったような…?

魔鹿(マジックディア)だっけ?毎年重傷者がタックルで多発してる...

:奴の首、中々に硬いはずなのに…


私はコメントを流し見し、宝箱を開ける。

中は、上質な鹿肉だった。


「肉か…ジビエ苦手なんだよね...それで、スライムは…?」


私は、スライムのいた方向を見る。

しかし、そこに姿はいない。

辺りをよく見渡すと、私のキノコの山によじ登り、キノコを貪っている姿が見えた。

私は、多機能ドローンからタイミングよく射出された30㎝カプセルをキャッチして、スライムをそろ~っと誘導してカプセルの中に入れた。


「スライムゲット!これでノルマはほぼ達成したね。」


私はモニターのノルマ欄を見る。

既に、キノコクッキングとスライム確保のところはチェックがついている。

私はキノコの山から、スライムに触れてないのを数本回収して、バックから薬瓶を取り出して中にぶち込む。

そして、ノルマ欄に3つのチェックが付き、ファンファーレが流れた。


「これでノルマは全クリだね。まだまだ時間あるし、もうちょっと探索進めてみるね。」


私は、ダンジョンのさらに奥へ進んでいく。

私はこの時知らなかった。

段々と黒霧が濃く、増えていっていることに...

【多機能ドローン】

ユイの魔改造が施された直径50㎝の大型球形ドローン。

高解像度の撮影や光学迷彩や火炎放射など、大抵のことはできる。

ユイ曰く、キーボードを繋げばその場で動画編集や改造ができる。

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