婚約破棄を認めて差し上げるわ ~淑女を辞めたら、幸せが訪れました
イトコのお兄様が穏やかで優しい人だったから。
父も伯父も良い方だったから。
男性は皆、優しいのだと。淑女にしていたら、大切にして貰えるのだと。
幼い頃の私は、そう思い込んでいたのだけど……。
◇
「シンシア・クラム公爵令嬢! 貴様との婚約を破棄する! 俺はジュディと結婚する。二度と俺と彼女に近づくな!」
王立学園の卒業パーティーという晴れ舞台。
会場中に聞こえる声で私を呼ばわったのは、婚約相手のダリル様。卒業後は我が公爵家の入り婿となってくださる、そうお約束をしていたシェル侯爵家のご次男だ。
ダリル様の傍らには、男爵家のご令嬢、ジュディ様が寄り添っている。
("エスコートは無理だ"と突っぱねられた理由は、これでしたか)
以前から、ふたりが親密だという噂は鳴り響いていた。
だから、薄々は察していた。
けれどまだ心のどこかに、ダリル様を信じたいと思う気持ちが残っていた。
無惨にもそれは、彼自身の手によって打ち砕かれてしまったわけだけど。
(いい加減にして欲しいわ)
私はそっと嘆息すると、気合を入れてダリル様と相対した。
「あのですね。"婚約破棄する"、"はいわかりました"と簡単に済む話ではないでしょう、ダリル様」
自分でも思っていた以上に、鋭い声が出た。
「そもそもコレ、あなた様の一存ですよね? お父上の許可は? ああ、お尋ねするだけ無駄ですね。あればこんな馬鹿げた行い、なさるはずがありませんもの」
「なっ、なっ──」
私の反撃が意外だったのか、ダリル様は顔を紅潮させ、次の言葉を探している。
出てきたのは、罵声だった。
「そういうところだぞ、シンシア! 貴様に男を立てる美徳も、可愛げもない。あげく、それらを備えたジュディをやっかみ虐めていた性根の悪さ。俺はもう耐えられない! 俺は俺の意志を貫く。我が人生に貴様は不要。俺はジュディと生きていくっ。父上だって、わかってくださるさ」
「ダリル様っっ」
言うだけ言って、ダリル様とジュディ様は見つめ合い始めた。
頭痛い。
「私は婚約破棄を認めません」
ひと呼吸おいてから、言い放つ。
「我が家の事情はご存知のはずです。近々私は、爵位の継承が認められます。クラム公爵家は現在、伯父上がみてくださっていますが、ご多忙な伯父上にいつまでもご負担はかけられません。成人後は速やかに私が女公爵となり、共に領地を支えてくださる伴侶を必要としていました。そのためにあなたと婚約していたのです。今更"無し"は、無いでしょう」
そう。私は"公爵令嬢"とは言え、公爵であった父は他界。実質、クラム家の唯一の後継者であり、家長も同然の身。
この国のしきたりで、成人までは親しい親族が後見に立つけれど、クラム公爵位は現在空位なのだ。
数週間後の成人の儀を待って、同時に公爵に就任する。
小娘ひとり、と侮られないよう、然るべき名家の伴侶を得ていることが望ましく、それがあって伯父が組んでくれた縁組だった。
軽々しく「なかったことに」などと言われては、すべての段取りが台無しとなる。
けれどダリル様は、それがお気に召さなかったようだ。
続く言葉は吐き捨てられた。
「だからこそ、だ。このままでは愛のない結婚を強いられ、一生貴様の尻に敷かれる。そんな人生は耐えられん」
「誰もあなた様を圧しようなどとは思っておりませわ」
「貴様、周りが何と言っているのか知らないのか! 貴様が目立てば目立つほど、優秀であればあるほど、比較されるのは俺なんだ! "婚約者のシンシア嬢はとても優れた方なのに"と、引き合いに出されて、いつも小言や嫌味を聞かされる。はっきり言ってうんざりだ」
「…………」
(それは、私のせいかしら?)
それにしても、破棄の理由がお粗末だ。
自分が一番に尊重されないから、気に食わないということでしょう?
私にも、淑女であらねば、と考えた時期があった。
婚約してからも、上手く息が合わないダリル様。
足並みを揃えるために、控えめに、出過ぎないように。そうした結果、ダリル様の横暴さは増し、私を見下げ始めた。
(淑女であれば、大切にされるのではないの? 軽んじられるなら、我慢は無意味じゃない)
これは健全な関係ではない、と思い直して、私は私で振る舞うことにしたら、今度は「生意気な」とご立腹。
私は"夫"が欲しいのであって、手に負えない子どものお守りをしたいわけではないのですが。
私が沈黙していると、隣のジュディ様から非難めいた言葉が飛んだ。
「お願いです、シンシア様! どうかもう、ダリル様を解放して差し上げて! 私が虐められたことは、水に流して差し上げますから!」
……この方もよくわからない。
婚約者の私を前にして、ダリル様と当然のように腕を組んでいるのもさることながら、"虐め"とは何を指しているのか。
強いて言うなら、まさに他人のものを奪う彼女の行動こそが、そして大勢の前で"婚約破棄"という出し物を始めてしまった彼らのほうが、私に対する虐めではないかしら。
(こういうのは、カッとなったほうが見苦しいわね)
何せ周りには、たくさんの貴族の目がある。今後を考えれば、冷静に対処すべきでしょう。
私は静かに、ジュディ様に釘を刺す。
「そもそも、その虐め、ということ自体、身に覚えがないのですが。公の場でいい加減な発言をすると、己が身に還って来ますよ?」
「──ヒッ」
睨んだわけでもないのに、ジュディ様がダリル様の後ろに身を隠す。
代わってダリル様からは、怒鳴りつけられたわ。
「ジュディを脅すつもりか?! そして虐めの事実を揉み消すつもりだな! 身分を笠に着てやりたい放題がすぎるぞ、シンシア!」
(ですから私は、何もしていないのですが)
どうしたものかと困っていると、騒ぎの輪のどこからか、囁き声が聞こえて来た。
"シンシア嬢は、あんなに可憐なジュディ嬢を虐めていたのか? 酷いな。すっかり怯えてるじゃないか"。
"日頃よほど怖い目に遭わされていたのかな。婚約破棄されても、仕方ないんじゃ……"。
(……っっ)
悔しい。
もしかしたら、私の味方はいま、私だけしかいないのかもしれない。
滲みそうになる涙をぐっと堪え、微かに震えた手を抑える。
怖いし、辛い。
本当はこんな場所から逃げ出したい。
だけど私は次期公爵。王国とお父様の名誉にかけて、無様な姿は晒せない!
(もういいわ。私との婚約がそんなに嫌なら、好きにしたらいい)
私はダリル様に、訣別の言葉を渡すことにした。
「仕方ありません。こうまで敵意を向けられて、そんな相手を伴侶にするほど私も愚鈍ではありません。わかりました。貴方の言う"婚約破棄"を認めましょう。──シェル侯爵家の有責で」
途端に、ダリル様とジュディ様が喜色に染まる。
喜んで抱き合うとか、場所を考えて欲しい。
(どこまでも私が悪役ってわけね)
想い合う恋人たちの障害、乗り越えたふたりという構図にでも酔っているのか、"シェル家の有責だ"と言った言葉は、耳に入っていないらしい。
(想像力が及んでないようだから、わからせてあげますわ)
悪役なら悪役らしく、彼らの期待に応えて"絶望"させてあげなくては。
私は冷たい表情を作り、感情を殺した声で、先ほどまでの婚約相手に告げる。
「残念です、ダリル様。あなた様の今後を思うとお気の毒ではありますが、ご自分で選ばれた道なので、頑張ってくださいませ」
「は? 何の事だ」
間の抜けた声を出すダリル様の横で、ジュディ様が急に声を張り上げた。
「なんですか、シンシア様! ダリル様にも、何かするおつもりなの!? いくら公爵令嬢でも、そんなの許されませんから」
「私が何かしなくても。果たして今後、ダリル様の居場所が侯爵家にありますでしょうか? 家は、ご長男が継がれるのでしょう」
「そ、う、だが?」
「ではあなた様は? ジュディ様の男爵家には、ご嫡男がいらっしゃいますよ」
はっとしたように、ダリル様が固まる。
そう、あなた様が手放したのは、女公爵の夫としての未来。
そして、身の置き所のない人生を選んだの。
もちろん、それだけでは済まされない。クラム公爵家にもメンツがあるから。
「それに我が家からも、正式に抗議させていただきます。シェル侯爵は、勝手に婚約を破棄したあなた様を、そのまま家に置かれるかしら?」
「そ、それは、もちろん……。父上は息子に理解のある方だから……」
ダリル様の目が泳ぎ出す。状況に気づかれたみたい。
「この騒ぎは、伯父上のお耳にも入るでしょう。伯父上から、侯爵家へのお叱りもあるはずです。家同士のパワーバランス、今後の段取り、すべてをふいにしたわけですから。まさか私の伯父上が……、クラム公爵家の後見が、国王陛下だということ、お忘れではないですよね?」
ダリル様の顔から、血の気がなくなった。
(忘れていたのね……?)
私の母は、現国王の妹。その縁あって、クラム家の後見を多忙な伯父様が引き受けてくださっていた。
王国貴族が逆らってはいけない、アバローニ王室のトップ自らが。
こんな大切なことを、どうしてダリル様は失念されていたのか不思議でならない。
きっと恋に浮かれて、脳内に花が咲きまくっていたのね。
私は淡々と追い打ちをかける。
「よくて幽閉。もしくは除籍からの平民落ち。糧を得るために、力仕事などの労働に従事することになるかも。大丈夫、船乗りなど、稼ぎは良いそうですよ?」
港の屈強な男性たちは、ずいぶんと荒い。
貴族子息の扱いなど知らないから、乱暴するか、別の方向で可愛がるか。下手したら身ぎれいなうちに、どこかに売り飛ばされてしまう可能性もある。船は危険だし、それでなくともひとたび陸を離れれば、長い間帰港は出来ない。
青くなったダリル様から、ジュディ様が身を離し、数歩、後ずさった。
(あら?)
「ダリル様、おうち追い出されちゃうの? うちは無理ですよ」
「ジュディ? ──っ! 誰が男爵家なんかの世話になるか」
「男爵家なんか? ひどいッ、ダリル様。"身分なんか関係なく、お前が大切だ"って言ってくださったくせに」
「お、お前こそ。俺の金と地位が目当てだったんだろう」
「そんな! 私はただ……、なんでも任せておけって言うから……。ちょっといろいろ買って貰ったり、庇っていただいただけで……」
ふたりの結びつきの希薄さを目の当たりにして、何だか情けなくなる。
ジュディ様の瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていくのは、すごい技だと思うけど。
ダリル様が苦々しく舌打ちした。
「ちっ。おいシンシア。貴様の目論見通りだ! 喜べ、婚約破棄を取り消してやる。俺を婿にするといい」
「お断りです」
私はにべもなく拒否した。
「なにっ!?」
(今更遅いわ! 大切な思い出になるはずだった、卒業記念パーティーだったのに)
「あなたはもう要りません。婚約破棄は成立しました。私がクラム家の総意ですから。大体、私に対して敵意を抱いてるような方と、一緒に過ごせるものですか。いつ寝首をかかれることか。恐ろしい」
わざとらしく両腕をかき抱くと、ダリル様が憤怒の形相で喚き散らす。
冗談抜きで、危険を感じるわ。
「きっ……さま……! 後悔するぞ! 大体今夜のことで、貴様の悪辣さは貴族間に知れ渡った! 俺以外の誰が、お前なんかと結婚するというんだ!」
「悪辣、とは何のことです」
「ジュディを虐め倒したこと。それに大勢の前で、男をやり込めようとする、卑劣さだ!」
(まだそれを引きずっていたの!? 私はやっていないと言ったのに)
とはいえ、やったやらないは水掛け論に過ぎない。
このまま醜態をさらすのは避けたい……、そう思っていたところ。
満座の中から、この場で最も高貴な方が歩み出て来られた。
「さすがに……、割って入っても良いだろうか」
「エリオット殿下!」
(今日は来賓としてご出席されていたのね)
羞恥で目の前が暗くなる。
尊敬する殿下に、みっともない姿を見られてしまった。
イトコであるエリオット殿下は、アバローニ王国の第二王子にあたられる。
第一王子殿下はうんと年が離れていたけど、エリオット殿下とは年も近く、幼い頃は何度もお会いして一緒に遊んだ。
第一王子殿下が"王国の宝"なら。第二王子殿下は"秘蔵の宝"。
かの方が、そう呼ばれているのは、画期的な魔道具を数多く発明されているから。
エリオット殿下は秀麗なご容姿だけでなく、明晰な頭脳をお持ちだった。
思いもよらない発想から、あると便利な品々を作り出され、王国の発展に大きく貢献されている。
いくつかある研究所の管理を掛け持たれながら、ご自身は在学中に設けられた学園の研究室によく通っておられるようだ。
先にご卒業された殿下だけど、おかげで時折学園でお見掛け出来て、私は喜びを感じていた。
でも今日は。
(悪役な私を見られてしまった……! なんと思われたことか)
進路のお邪魔にならぬよう、すっと脇に避けて礼をとる。殿下は鷹揚に手をあげて返された。
落ち着き払った静かな声が、殿下から紡がれる。
「一部始終見させてもらったが。先ほどから何度も出ている"虐め"とやら。シンシア嬢は、身に覚えがないといっていた。ジュディ嬢は具体的に、どんな被害に遭ったというんだ」
(! 私はやっていません、エリオット殿下!!)
他の誰よりも、殿下に誤解されるのが悲しくて、お言葉を遮りそうになる。
そんな私とは裏腹に、ジュディ様が歓喜の声をあげた。
「きゃっ。エリオット様っ」
(お許しもないのにお名前で呼ぶなんて、無礼な)
とはいえ、殿下がお咎めにならない以上、口は挟めない。
ジュディ様はいつも以上に鼻にかかった、甘い声で返答している。
「聞いてくださいまし、エリオット様ぁぁ。私、学園でシンシア様に酷い目に遭わされたのです。連絡なく教室移動で放置されたり、持ち物を隠されたり、食堂で足を掛けられて転んだり。極めつけは階段から突き落とされかけたんですよ」
「…………証拠は?」
「私が階段から落ちそうになった時、シンシア様の後ろ姿を見ました」
「なるほど? 言い分は分かったけど、それでシンシア嬢を犯人だと決めつけるのは早計だし、また、言いふらすのは感心しない。冤罪だった場合、一方的な名誉棄損になるよ」
「そんな! 間違いありません!」
「そうか。ではそれを教師に相談は?」
「え、っ。してません。そんな大事にはしたくなくて……。皆様にご迷惑をお掛けするから」
「で、ダリル殿に相談したと。ところでジュディ嬢、学園には映像を記録する装置が設置されてること、知ってるかな」
「映像を、記録?」
はっ、とした。
そうだ、学園には映像記録がある。それを使えば、私が何もしていないことが証明される。
殿下が諭すように、ジュディ様にお返事されている。
「うん、そう。貴族子女が通う学園だからね。警備体制も万全だし、万一に備え、各所に魔道具が置かれている。映像記録装置も、その一環だ」
「へえ! そんなのがあるんですね?」
「あるんだよ。僕が作って、取り入れて貰った。入学時に説明があっただろう? 教師に相談していれば、すぐに検証してくれていたはずだ」
(怒って、らっしゃる?)
殿下の声が一段低くなったことに気づいた者は、果たしてこの場に何人いるのか。ジュディ様に至っては、「説明なんてあったかなぁ」なんて、のんきに首をかしげている。
「つまりキミの周囲で起こった事件も、すべて記録されている。どうかな、今この場で確認することも可能だよ。装置導入の責任者として、僕は端末も権限も持っているから」
「えっ」
「パーティーを中断するのも心苦しいけど、この騒ぎでもう中断されてるし。皆も気になっているだろうから、真実をつまびらかにするのは有りだろう。キミやシンシア嬢のためだ。良いね?」
「……あっ……」
「少し照明を借りるよ」
そう言って殿下は、装身具を取り外して操作され、演出用の照明装置に映像を投影された。
空間に再現されたのは、学園生活の日常。そしてあっさりと、ジュディ様の記録が暴かれる。
教室移動は彼女が話を聞いていなかっただけだし、食堂も勝手に転んでいる。
持ち物や階段に至っては、私のいない場所で自作自演。
(呆れた……。これを"虐め"だと言って、私を糾弾したの?)
会場全体が見守る中、殿下が映像を止めた。
「虐めは見受けられない。どうやら全部、キミの勘違いのようだけど?」
対するジュディ様は俯いて「あ、」とも「う、」とも声にならない呟きを漏らしている。
かと思うと、がばっと顔をあげて、明るく言い放った。
「ごめんなさーい、シンシア様ぁ。ジュディ誤解してましたぁ」
(はああ? なに、まさか。謝ったからこれで終わり、とでもいうつもり?)
あっけにとられた私より先に、殿下が彼女を封じた。
「よく確かめもせず卒業生たちの記念すべき場で騒ぎを大きくしたこと、しっかり絞られると良い。もし"勘違い"ではなく"悪意"が確認された場合は、然るべき処分が待っているから、自分の身で責任をとるように」
「へあっ?」
その言葉に含まれた意味を、私は正しく理解した。
殿下が発明した品の中には、確か嘘を見抜く魔道具もあったはず。
これは……、おそらく悪意が発見されますわね。悪意、作為、故意。そんな動機しかありませんもの。
間髪入れず、殿下は厳しい表情でダリル様に向き直った。
「そしてダリル・シェル侯爵令息。キミの責任はもっと重い。高位貴族である以上、己のしたことはわかっているね?」
「そ、んな……。そんなつもりじゃなかったんです、エリオット殿下。どうぞ父や陛下にお執り成しを──」
「執り成しなら、キミが傷つけたシンシア嬢に頼むべきだろう」
ダリル様が急に私を見て、その口もとに無理やり卑屈な笑みを浮かべる。
そのくせ、出た言葉は傲慢だった。
「シ、シンシア。頼む、軽い冗談だって分かってるだろ? 笑って許せてこそ、度量の広い女だぞ」
「狭くて結構です。笑って許すなど、ありえませんから」
謝罪でも聞けるかと思ったら、がっかりだわ。
断ったら、あっさり悪態に代わる。
「く! このアバズレめ! 氷のように冷たい貴様を、愛する男は誰もいない! この先も独り寂しく生きていけばいいっ」
ええ、ええ。なんとでもおっしゃって。
意に染まない男性の機嫌をとって生きていくより、独りのほうがよっぽど気楽よ。クラム公爵領は私がしっかり守るわ! 跡継ぎのことは……、また後で考えるっ。
ダリル様からの心無い言葉に傷つきながら、私が無理やり自分を鼓舞した時。
思いがけない言葉が耳朶を打った。
「そうだろうか。シンシア嬢の魅力は留まるところを知らず、いつだって輝いている。僕もこの後、彼女の夫候補に名乗り出る予定だけど、果たして相手にして貰えるかどうか。──競争相手が、多そうだろう?」
(え……? えええ、いまなんと。なんとおっしゃったのですか、エリオット殿下!)
今こそ欲しい。殿下の映像記録装置。この場面を何度でも繰り返して、そうしたら私はきっと、独り身でも、ずっと幸せに生きていける。
そんな白昼夢を見始めた私は、ジュディ様の高い声で現実に呼び戻された。
「エリオット様には、もっと相応しい相手がいますわ! 例えば愛らしくて従順な、私みたいな──」
「殿下はシンシアに騙されているんです! 外面だけはいいヤツなんで!」
「いい加減、聞き苦しい! 警備兵。ダリル殿とジュディ嬢が退場だ。ふたりにはパーティーを台無しにした責任も問いたいから、案内する場所を間違えないように」
今度こそ。目に見えて殿下がお怒りだった。
普段柔らかな空気を纏われている殿下が、毅然として命じられると凄みと迫力がある。
弾かれたように駆け付けた警備兵が、騒ぐダリル様とジュディ様をあっという間に扉向こうに連れ出した。
あんなに悩まされた相手が、拍子抜けするくらい簡単に視界から消え、私は安堵の息を吐く。
(お味方くださった……! 私の窮地に、私を信じて)
胸の内に感動と、熱い思いが広がる。
「あの……、エリオット殿下……。助けてくださり有難うございました」
進み出た私に、殿下が急にソワソワと動揺される。
「ああっ、いや、こちらこそ、差し出がましいことをしてしまって」
殿下はいつも、私にとても優しい。
「いいえ。すごく心強くて、とても救われました」
だから、誤解しそうになる。
この方の思いを、私にくださるのではないかと。
社交が苦手だからと、数々の縁談をお断りされているのは、私の席を残しておいてくださるのではないかと──。
(ふふ、私もダリル様を責めれたものではないわね。心を捧げる相手が、別にいるのだから)
わかっている。貴族の関係は政治的判断。
個人の意向は含まれない。
「そ、それは良かった。あっ、えと、さっきの言葉は、その」
(ああ、やっぱり)
重い鉛が、身体の奥にズドンと沈む。
浮かれた気持ちは、ここでおしまい。
「わかっております。彼らを懲らしめるため、おっしゃってくださったのでしょう。でなければ、殿下が私の夫候補になってくださるなんてこと──」
「あっ、いや、あれは本気で──」
「!!」
え。
ええ。
ええええええええ?!
意味を理解した時、全身が爆発したかと思った。
いまの私はきっと、すごく真っ赤だ。
けど私以上に赤くなられているのが、目の前の殿下で。
彼は真剣な目で私を捉えて、告白をくれた。
「シンシア嬢さえ迷惑でなければ。正式に求婚させて貰っても良いだろうか。僕は次男だし、陛下もお許しくださると思う。ずっとキミを見ていた。呆れられるかもしれないけど、キミのことで心の中がいっぱいだった」
(ほんとに? 私のことを思ってくださってたの)
だから、卒業してからも「困ることはないか」といつも気に掛けてくださってたの?
確かに伯父様はエリオット殿下に甘いから、殿下が望めば大抵のことは叶えられるはずだ。
じゃあ──。もしかして私は、この先の人生を、殿下と一緒に歩いていける?
私は息をするのもやっとの中、つっかえつっかえ、気持ちを吐露する。
「嬉しい、です……。私がイトコのお兄様に、エリオット殿下に憧れてたこと、お気づきでしたか? でも殿下はいずれ、公爵位と家系を授かるお方だから……」
王家の男子は後継者以外、いち家系を授かり、臣籍降下するのが倣い。
おひとりで爵位と領地を継承される殿下が、クラム家に婿入りなんてしてくださるはずないと思っていた。
でもそれは、私の勝手な推測で。
「僕が賜る領地を調整して貰えば、クラム公爵家が大きくなり過ぎることはない。家格の釣り合う次男ということでダリル殿が選ばれたなら、僕にもチャンスを与えて欲しい」
金色の目が、私を射貫く。
誰よりも大好きな殿下の、真摯な眼差しを、私はいま、独り占めしていた。
「はい。はい殿下。お申し込みを、喜んでお待ち申し上げております」
私が淑女じゃなくても。悪役でも。
大切にしてくれる人が、ここにいた!
お読みいただき有難うございました!
こちら昨日投稿した『 君に求婚したいんだ! 転生ヘタレ王子は悪役令嬢に愛を告げ…られるか?』https://ncode.syosetu.com/n1213jg/のシンシア視点となります(笑)
昨日出したのがエリオット視点ですが、ヒーローのイメージ壊したくない方は、別短編はスルーで。
あわせて両方楽しんでくださる方は、ぜひもう一方の短編にもお目通しくださいませ(*´艸`)
どちらも文字数多いのですが…(おかしいな、こんなハズでは)
楽しんでいただけましたら、ぜひ下の☆を★に塗って届けてやってくださいーヾ(*´∀`*)ノ
めちゃくちゃ喜びます!! よろしくお願いします!!