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9 俺と魔女の本当の気持ち

「では、おばさま。また来月来ます」

「ええ。待っているわ」


 帰り道、ポリーナを馬車に乗せ、俺は、ニコライ副団長と馬を並べて帰った。


「今日はありがとうございました」


 頭を下げる俺に、ニコライ副団長は苦笑いで答えた。


「いや。ごめんね。今日のこともポリーナのことも。俺も最初、君の悪ふざけなのかと思っていて。おじさんは頭が硬くてやだね」

「いえ。そう思わせたのはこれまでの俺の生活態度なんで」

「ああ。ちなみに君んとこの団長と副団長は、君がポリーナに生活指導を受けていると思っているみたいだよ。ポリーナが、痴話喧嘩で怪我した君を治療したのが最初なんでしょ」


 それを聞いて俺は、はは……と乾いた笑いを漏らした。だから師団長室に通っても特に注意もされなかったのか。

 そんな俺を横目で見ながら、ニコライ副団長は真剣な顔をした。


「まあ。ポリーナが幸せになってくれるなら、俺はそれでいいけど。いつまでも過去に囚われているのは、アレクセイも望まないだろうし。でも、できればアレクセイのご両親とは縁を切らないでもらえると――」

「もちろんです! 師団長が家族のように思っていることはわかったので、俺も仲良くして欲しいです。俺のいいところは口出ししてくる家族がいないことなんで」

「はは。前向きだね。そうか……」


 ニコライ副団長は、そう言って遠い目をした。

 今、この国は平和で、この十年、大きな戦闘はない。

 戦闘で友人を失ったことのない俺には、ニコライ副団長の思いは計り知れない。

 俺たちの馬の足音だけが、しばらく夜道に響いていた。





「じゃあな。ポリーナ。生まれたら連絡する」

「絶対よ。でもターニャの体調を最優先にね!」

「そりゃあ、当たり前だよ」


 ポリーナの家に着くと、馬車を連れたニコライ副団長はそう言って帰っていった。来月の今頃にはきっと生まれているだろうとのことだった。


「じゃあ。俺も――」

「待って。――きちんと話をさせて欲しいの」


 ニコライ副団長に次いで、馬に乗りかけた俺をポリーナが引き留めた。

 そのまま、ドアを開けて俺を促す。

 ――俺の喉が、ごくりとなった。

 いやいや。話と言ったじゃないか。今までだって、魔術師団長室で二人きりで会っていた。

 俺は自分にそう言い聞かせ、ポリーナの家へ足を踏み入れた。


「どうぞ」


 ポリーナの家は、宮から支給されているもので、広くはない。客間と書斎と私室。それに炊事場など水回り。日中、通いの家政婦が派遣されるが、すっかり暗くなったこの時間には、もう誰もいなかった。

 俺は当然、客間に通されるものだと思っていたが、案内されたのは、なんとポリーナの私室だった。


「お茶を淹れてくるから、少し待っていてね」


 一人、部屋に残された俺は落ち着かない気持ちで、部屋を見渡す。正直、もっと質素な部屋を想像していた。いや、具体的に想像したわけじゃないけど。でも、琥珀宮の魔術師団長室は、魔術師の仕事に必要なもので埋まっていたし、その中にいるのが、俺にとって、一番見慣れた姿だったから。


 この部屋は、なんというか普通の女性の部屋だった。

 壁に飾られた絵、小さな鉢植え、化粧台とスツール、ソファのついた小さなテーブルセット。そして、薄い桃色のリネンでまとめられたベッド。――そこまで見回したところで、我に返って視線を正面に戻した。


 壁際の台に、小さな額縁が飾られていた。その中には、ポリーナと男性の絵。俺は自然と立ち上がって、その絵に近づいていた。絵の中のポリーナは今よりも若い。俺よりも年下に見える。男性も俺くらいの歳に見えた。ポリーナは白いドレス姿で、男性は騎士の正装をしていた。


「――それが、アレクセイよ」


 突然、後ろから声をかけられて、肩が跳ねた。


「あちらのお家にもダイニングや客間には、アレクセイの絵は飾られていないから」


 振り返った俺に微笑むと、ポリーナはテーブルにお茶の準備を始めた。


「十年前、結婚式の準備の最中にスタンピードが発生して出征したの。戻ってきてからだと間に合わないからって、式の絵を発注してから行ったのよ」


 テーブルにティーセットを置いたポリーナが俺の横に並んだ。


「――絵が出来上がったのは、お葬式が終わったしばらく後だったわ」


 そっと、ポリーナの手が絵を撫でる。


「私ね。その絵をよすがにこの十年生活してきたの。でも、あなたといる時間が思いのほか楽しくて。でも、その間ずっとアレクセイを裏切っていて、そしてあなたを騙していたと思う。ずっと後ろめたかった」


 ポリーナが俺を見た。


「ごめんなさい」


 彼女が頭を下げるのは何回目だろうか。


「でも私を見放さないでくれてありがとう」


 俺は黙って、ポリーナの頬に手を添えた。柄にもなく緊張したが、ポリーナは、少しぴくりとしただけで、俺の手が振り払われることはなかった。そのまま、顔を俺に向かせる。ポリーナの目が少し潤んでいた。そういうのは反則だ。俺は一つ息を吐いて、静かに告げた。


「俺が好きになったのは、そういうあなたなので。アレクセイさんとの時間があって、その後の時間もあって、それで出来上がった今のあなたが好きなので。上手く言えないけど……。一つ言えることは、あの家、俺も好きです。また行きたいです」


 ポリーナは笑った。泣いているような笑みだった。初めて見る笑い方だった。


「……ありがとう」


 俺は、そのままポリーナを引き寄せた。二人の顔が近づく。ポリーナが目を閉じた。

お待たせしました。あと三話ほどで完結です。

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