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8 俺の事情とあたたかい家

「そんなことない」


 絞り出すようにそう言うのがやっとだった。

 ポリーナもニコライ副団長もただじっと俺を見ている。

 俺は拳を握りしめて、一度俯いた。誰にだって過去はある。それは俺にだってだ。

 

「うちは、大した爵位もないけど一応実家は貴族で、なんか、うちの親は、大した爵位でもないのに、政略結婚とか格好つけて、結局うまくいかなかった夫婦だったんです。兄たちを二人産んだ後は、二人とも義務を果たしたって好き勝手で。俺は一応母親から生まれているけれど、父親が本当は誰かなんて知らないんです」


 俯いたまま早口で捲し立てたあと、一旦息を吸った。顔を上げる勇気が出なかった。ゆっくり再び続ける。


「10年まえのスタンピードの時、俺は十三歳で、運良く騎士学校の予備生になる日までに十四になった。騎士学校は、大変だったけど、大変すぎて、何も考えられなくて結構居心地良かったな」


 自嘲気味に笑ったが、二人が声を出すことはなかった。

 こんな話を急にされて一体どんなふうに思われているのか。やっと勇気を振り絞って顔を上げたけれど、ポリーナもニコライもただ静かに俺の話を聞いていた。そこに同情も憐れみの色もないことに俺は勇気づけられて、言葉を紡いだ。


「俺、寂しかったんですよね。ずっと。騎士学校で毎日起き上がれないくらいしごかれてる時は、気持ちが紛れたけれど、騎士になって少し余裕が出たら、また寂しくなってきた。でも遊び回っている間は、寂しさって忘れるじゃないですか。女の子もチヤホヤしてくれるし、たとえ一夜限りだったとしても独寝より全然寂しくない。別に好きじゃなくても一緒に寝ることはできますからね」


 はっと、やけのように俺が笑っても二人の表情は変わらなかった。

 

「でも俺、ポリーナ師団長に会って、俺の行動が眉を顰められるだけじゃなくて、結構迷惑までかけてることに気づいて、それで、これまで周りに人に受けていた忠告とか、それまではうるせえなくらいしか思っていなかったけど、それからは結構素直に聞けるようになったんです」


 ニコライ副団長に顔を向ける。


「寂しさや嫌な気持ちを持ったら、遊ばなくても鍛錬をすると少し紛れるってことも知りました。ニコライ副団長には瞬殺されましたけど」


 ニコライ副団長は笑ってくれた。柔らかい笑みだった。

 

「で、ポリーナ師団長と話すのは、楽しかったです。今までだったら、話すばかりで先に進ませてくれない女なんてお断りだったのに、あなたとは話すだけでも顔を見るだけでも良かった。そりゃあいつか俺をみてくれたらなとは思ってますけど。そりゃあ、俺がよちよち歩きの頃から魔術師見習いやってるんだから色々あって当然です。家族欲しいと思って、毎年墓参りして……、それって最低なんですか?」


「……違うわ」


 ポリーナがふるふると首を振った。


「私が、最低なのは、あなたを突き放せなかったこと。アレクセイと正反対のあなたと話すのを、楽しいと感じてしまったこと。最低だとわかっていても、場所を変えてでも会うというあなたの提案に乗ってしまったこと。――そしてその間、あなたにアレクセイのことを告げないまま過ごしてしまったことよ」


 本当にごめんなさい。


 そう言って頭を下げたポリーナに俺は静かな声で言った。


「――それって、俺といて楽しいと思ってくれてた。俺とこのまま縁が切れるのは嫌だと思ってくれてたってことですよね」


 俺の言葉にポリーナは一瞬迷ったような顔をした。でも、すぐに諦めたように笑った。意外にも明るい笑顔だった。


「そうね。はぐらかしながらもあなたに惹かれていた。あなたとの時間が楽しかったのよ」


 俺は目を見開いた。惹かれていた――そう言った。俺が思っているのとは違う意味かもしれない。それでも、腹の底から喜びが湧いてくるようだった。


「じゃあ、いいじゃないですか。自分の事情なんて聞かれなければ話さないですよ。俺もこんなにちゃんと話したのは初めてです」

「ーーそうね。ありがとう」


 そう言って微笑むポリーナを俺は今すぐ抱きしめたかったが、俺が手を伸ばす前に邪魔が入った。


「まあ、二人のことはゆっくり考えればいいんじゃないか? アレクセイはそんなことで怒る奴じゃないしな」


 それより俺は腹が減ったぞ、と言うニコライ副団長の言葉で、なんだか空気が緩んだ。結局、その話はそこまでになり、俺たちはアレクセイの家に向かった。


 ポリーナの婚約者だったアレクセイの両親は、俺の訪問を思いの外喜んでくれた。亡くなったアレクセイの歳に近いこともあるのだろうが、話に聞く限り、性格は全く違うそうなので、ただ単に新しい客が嬉しかったのかもしれない。

 ポリーナが、今でも実家のように思っているこの家は、ひどくあたたかい場所だった。

 年寄りが二人だけだからと言って通いのメイドとコックしかいないこの家では、配膳もコックやメイドだけに任せず、アレクセイの母も行う。ポリーナとニコライ副団長が当たり前のように手伝うので、俺も慌てて飲み物を受け取る。

 皆でわいわいと食卓を作り、コックとメイドの分までキッチンのテーブルに並べてからメインダイニングに戻って皆で食卓についた。お茶と言っていたような気がするが、立派な夕餉だった。


「では、いただこうか」


 アレクセイの父がそう言うと、皆一斉に食べ始める。寮や宮の食堂では、各々が好きな時間に食べることが多かったから、俺には新鮮な光景だった。

 

 俺の頭を暗く冷たい実家のダイニングがかすめた。あそこではいつも一人だったな、とかニコリともしないメイドが壁に張り付いてたな、とか少し思い出したが、皆が休みなく話しかけてくるので感傷に浸る暇もない。


「まあ、じゃあポリーナとは同じ琥珀宮に勤めていて知り合ったのね。アレクセイは瑠璃宮に勤めていたのよ」

「そうなんですか? てっきり副団長と同じ翡翠宮か師団長と同じ琥珀宮なのかと思っていました」

「俺とアレクセイは騎士学校時代からの付き合いで、ポリーナとアレクセイが付き合い出したのもまだ見習いの頃だしな」

「そうね。まだみんな正式配属前だったわね。今思うと敢えて三人バラバラに配属されたような気もするわね」

「え! そういうのあるんすか?」

「君だって騎士見習い時代にお付き合いした子は琥珀宮にあまりいないんじゃない? 配属先はプライベートなことも配慮されるんだよ」

「まあ見習いにプライベートはないわよね」

「そうなのか……」


 俺たちの話をアレクセイの両親はニコニコと聞いていた。


「今日は作りすぎちゃったけどたくさん食べてもらって良かったわ。ターニャにも持って帰ってね。体は大丈夫なの?」


 俺のヤキモチはなんだったのか、ターニャというのはニコライ副団長の奥さんで、すでに臨月だという。


「最近は安定しているんです。でも、おそらく来月までには生まれるので、来月は僕もターニャもこちらに来られないと思います」


 申し訳無さそうに言うニコライ副団長だったが、アレクセイの母は手を合わせて喜んだ。


「まあ! いよいよなのね! 首が座ったら、ぜひ連れてきてちょうだいね!」

「ええ。もちろん。代わりと言ってはなんですが、僕がまた来れるようになるまで、しばらくこいつを寄越します。琥珀宮の騎士団長にシフトの調整は頼んであるんで」

「「え?」」


 ニコライ副団長が、俺の肩を掴んでそんなことを言うものだから、俺とポリーナの声が重なった。


「ニコライ! 私に無断でそんな根回しまで!」

「え。団長たちになんて言ったんですか?」

「え? ああ、団長連中はみんなアレクセイの事知ってるからさ。毎月の墓参りの時に俺の代わりにしばらくお前をつけたいって言っただけだよ」

「……ニコライったら……」


 驚くばかりの俺とは違って、ポリーナは何か言いたそうに口を開いたが、アレクセイの母の声が被った。


「まあ! 嬉しいわ。ポリーナも強い魔術師なのはわかっているけれど、騎士がついていた方が安心だし。また来月もみんなで張り切って作らないと」


 アレクセイの父もそれに笑顔でうんうんと答えているのを見て、ポリーナは口を閉じた。

 俺は二人に向かって頭を下げた。


「あの……、ずうずうしくて申し訳ないんですがしばらくよろしくお願いします!」

「まあ。しばらくなんて言わないでずっときてくれていいのよ。そのうちにニコライのところの子も来てくれて賑やかになるわね」


 その日は最後まで笑い声の絶えない夕食となった。

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