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5 俺のもたらした思いもよらない効果

「さすがっすね」


 全く持って出る幕のなかった俺がぽりぽりと頭を掻きながら姿を現すと、しかしポリーナは思いの外、狼狽えた顔をした。


「……見ていたの?」

「おせっかいな同僚が知らせてくれたんですよ。俺のせいで師団長が侍女に絡まれているって」

「いえ。あなたのせいではないわ。確かに、外から見れば、魔術師団長室は密室で、何をしているかなんてわからない。……私が浅はかでした」


 視線を落とし、ポリーナが眉を下げる。

 俺は嫌な予感がした。


「あの――」

「もう師団長室に来るのはおやめなさい」

「いやです!」


 俺は思わず叫んだ。が、ポリーナは困ったような顔をするだけだ。俺は焦った。このままでは、ポリーナとの繋がりが切れてしまう。でも、夕刻に男女が二人きりで部屋にこもって、ただお話ししていました、で信じるか。少し前の俺だったら信じなかっただろう。噂は出るべくして出たものなのだ。

 何か、何か解決策は……。


「じゃ、じゃあ、開けた場所で会いましょう。例えば裏庭とか?」

「……裏庭?」

 

 眉を寄せたポリーナが思い浮かべた場所が俺にはわかった。以前鉢合わせした人気のない裏庭だ。


「いや。人気がないのであれば今と状況は変わらないでしょう。使用人側で一番開けた裏庭です」


 流石にお仕えする王家の方々が利用する庭は使えないが、使用人区画にもいくつも庭がある。俺が告げたのは、最も人通りの多い広場だった。使用人の休憩場所として広く使われているし、簡易的だが四阿もあるので多少の雨でも大丈夫だ。

 仕事の打ち合わせをする者もいるくらいだし、おかしな邪推はされないはずだ。


 俺の提案にポリーナはそれでも困った顔を崩さなかった。


「そういうことではないわ。私と一緒にいること自体が、良くない憶測を呼ぶと思うの」


 なんだ。その俺のため、みたいなのは。俺はなんだか腹が立って来た。


「そんな、俺のためみたいに言って、実際には評判の良くない俺といることが嫌になって来たんじゃないんですか? 自分がもう俺なんかと話したくないっていうんなら、はっきりそう言ってくださいよ」

「そんなことは……」

「じゃあ、いいですよね。明日の昼待ってますから」


 俺は返事を待たずに踵を返した。


 翌日、俺は柄にもなく緊張していた。

 もし来なかったら。

 もし魔術師団長室に行っても入れてもらえなかったら。


 俺とポリーナの繋がりは思いの外、細いものだったのだ。


 だが、中庭が見渡せる場所まで出るとそこに今となっては見慣れた黒服が見えた。

 ほっとして知らず早くなる足を進めたが、俺より先にポリーナに声をかけるものがあった。

 

「ポリーナ!」

「ニコライ。久しぶりね」


 ポリーナを見つけて駆け寄ってきたのは、同じ年頃の騎士だった。

 俺は思わず足を止めた。


 ポリーナは、手元にあった本だか手帳だかを閉じて、その男に笑顔を向けた。

 

「ポリーナ。最近、あのヴァレリーと付き合っているって本当か?」


 ニコライと呼ばれた男は、ポリーナの側まで行くと、心配そうにポリーナの顔を覗き込んだ。ポリーナがニコライと親しげに呼んだのは、第二王子が住まう翡翠宮騎士団副団長だった。年は詳しくは知らないが、おそらくポリーナとそうは変わらないはずだ。


 ポリーナたちは俺には気づいていないようだ。肩をすくめて呆れたような声で答える。


「付き合っているって語弊があるわね。まあ、時々お話しするくらいよ。なんか懐かれちゃって」

「――お前の事情は知っているのか?」

「まさか! ニコライ。変な邪推はやめて。そんなことより、ターニャは元気なの?」

「……ああ。今のところ大丈夫そうだ。お前に会いたがっていたよ」

「そう。じゃあ今度遊びに行くわね」


 はぐらかすように話題を変えたポリーナに、ニコライ副団長は不満そうな顔をしたが、それ以上しつこくは追及せず、じゃあ、また連絡するから、自分のことは大切にするんだぞと念を押して去っていった。


 俺は、腹の底がモヤモヤとしたまま、気配を消してポリーナに近寄った。


「あの人、なんっすか?」


 突然声をかけた俺にポリーナは少し驚いたようだったが、特に叫び声を上げるでも飛び上がるでもなく、俺の質問に字面通り回答した。

 

「ニコライを知らない? 翡翠宮の副団長ですよ。あなたも騎士なのだから、ある程度の役職の者は、覚えていた方が良いわね」

「――ニコライ副団長は、存じてます。翡翠宮にも同期がいますし。俺が聞きたいのはそういうことじゃなくって。あの人、妻帯者ですよ」

「知っているわ。幼馴染ですから」


 何を当たり前のことをと言う顔のポリーナに、おかしな勘繰りをした俺の方が恥ずかしくなり、じゃあ、いいっすよと言って、ポリーナの横にどさっと座った。


 異色の組み合わせに周りの者たちがちらちらと俺たちを見る。

 見たい奴は見ればいい。俺たちには何もやましいところなんてない。さっきまで来てくれなかったらどうしようと思っていた。今はニコライ副団長と親しそうなのを不快に思っている。

 ――でも、やはり隣に座ると落ち着く。


「あなたと一緒だと、ゆっくり座れるわ。たまには外でのんびりするのもいいものね」


 気持ち良さそうに目を細めるポリーナを見ていると、いつのまにかもやもやは消え去り、俺も黙って庭に吹く風を感じた。

 暖かな風だった。

 

 


 そうして、俺たちは裏庭で会うようになった。初めこそ、怪訝そうな視線を感じたが、俺たちが何をするでもなく、少し話して別れての繰り返しをしていることに気づくと不思議がりながらも皆、徐々に興味を失ったようだった。




「あっ!」


 その日、俺は夜勤明けで引き継ぎを終えて、帰るところだった。

 突然の声に振り返ると、いつかの文官がまた今日も大量の荷物を抱えて歩いていた。どうやら、てっぺんの書類が一枚落ちたらしい。ヒラヒラと俺の前まで飛んできた。俺は黙ってその書類を拾うと、文官の書類にそれを重ね、ついでに上半分を受け取った。


「あ、あの……」

「仲間はいないのか?」

「あ、今、皆、手が空いていなくて」

「……どこまでだ?」

「ええと。文官長様の部屋の隣の秘書官控室です」

「わかった。俺はそのドアの前にこれを置いておくから、後からゆっくり来たらいい」


 そう言うと、俺は文官を置いて歩き出した。

 先日の様子を思い出す。おそらく、彼女は俺といるところを見られたくないのだろう。この間も助けに来た男性の文官でもいないかと聞いてみたが、今日はあいにくいないらしい。

 俺は、言われた部屋のドアの前に書類を積む。

 人通りが多いところでもないし、あの文官が来るまで置いておいても大丈夫だろう。

 そう思って踵を返した俺に、


「あ、あの……」


 と声をかけたのは、件の文官だった。随分と急いで来たらしい。息が上がっている。せっかく距離をあけたのに、これでは意味がないじゃないか。


「どうした?」


 俺と一緒にいるところを見られるのが嫌なのかと思っていたが、自分から話しかけるとは。


「あの、先日はありがとうございました。今日も。ひどい態度をとってしまって申し訳ありませんでした」


 文官は、半分になってもまだ、山のような書類を抱えたまま器用に頭を下げた。


「いや。俺といると酷い目に遭う可能性があるからな」


 俺は、先日のポリーナと侍女たちの騒動を思い出す。ポリーナだから撃退できたが、この文官では難しいだろう。


「いえ。それでも失礼な態度でした。……私、先日、ヴァレリー様にお声がけいただいたことをきっかけに、あの時声をかけてきた男性文官とお付き合いすることになったんです。ヴァレリー様のおかげです。ありがとうございます」


 文官は、さらに深々と頭を下げる。

 そして、そのまま、秘書官控え室とやらのドアを開けて、俺が運んできた書類と共に消えていった。


 俺は間抜けにもしばらくその閉まったドアを見つめていた。俺が名前を聞こうという発想すらしなかった文官が、俺の名前を知っているのも驚きだったし、俺の行動が思いもよらない結果を産んだことも驚きだった。


 文官たちも好きな人がいて、恋をして、仕事をして、生きている。

 そんな当たり前のことが、初めて胸にすとんと落ちた気がした。



 そうか。

 あの時助けに来たあの男か。


 なんだか似合いの二人だな。

 

 そう素直に思えたのだった。

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