4 黒い魔女の実力
「俺と付き合ってくれませんか」
翌日、俺は魔術師団長室で直立不動のままそう言った。
俺は、こういうのはすぐ伝えるタイプだ。
いいなと思ったらすぐいく。
ぼやぼやしている間にタイミングを逃すのが一番嫌だからだ。それでうまくいかなくても、後腐れなく別れられればそれでいい。
自慢じゃないが、俺はモテる方で、相手だってやぶさかではないことが多い。
――だが、彼女の顔を見て、自分は早まったのではないかという強烈な不安に襲われた。
「……付き合うというのは、どこか場所的な意味で?――それとも恋愛的な意味で?」
真顔で冷静に言われた俺は、息を詰まらせたが、ここまで来たら引くわけにはいかない。
「恋愛的な意味でです」
俺は、直立不動のままで答えた。騎士団の訓練中に上司の質問に答える姿勢だ。
ポリーナ師団長は、そんな俺を見て「ふむ」と顎に手を当てて何かを考えている。
こちらも部下から、相談案件を持ちかけられた時のようだ。
「どうして急に嗜好を変えたの?」
最悪、からかっているのかと怒られると覚悟していたが、彼女は冷静だった。しかし、怒っていないだけで、同じようなことを言われている気がする。
「……ポリーナ師団長からの助言を受けて、宮を歩く時には非番であっても周りを観察するようになりました。これまで、害意の見られないものには無関心でしたが、多種多様な人物が宮に出入りし、それぞれの者には、それぞれの生活と価値観があることを知りました」
直立不動なせいか、回答も至極堅苦しいものになった。
普段なら歯が浮くようなことがすらすら言える俺らしくもなかった。
「ふむ」とポリーナ師団長はもう一度頷いた。
「そう。それは良いことね。――でも、それとあなたとお付き合いすることがどう繋がるのかしら?それに、申し訳ないけれど、ちょっとあなたとお付き合いする自分が想像できないわ」
「……そうですか」
それはそうだ。俺を彼女の年齢や立場を考えれば、それはそうだろう。俺だって、当たって砕けろくらいの気持ちのつもりだった。
だけど、思いの外、そう言われて落ち込んでいる自分がいた。
「――お友達ならどうかしら?」
だから、そう言う彼女の声を聞いて、いつの間にか俯いていた俺は弾けるように顔を上げた。
俺と目が合ったポリーナ師団長の瞳が少し揺れたように見えた。
「時々、ここに来てお話しするくらいなら、構わないわ」
彼女の提案は、俺の想像する「お友達」とはだいぶ違ったが、あまり欲をかいては、この申し出もなかったことになるだろう。
俺は一も二もなく頷いたのだった。
それから、俺は魔術師団長室に出入りするようになった。あまり仕事の邪魔をしてはいけないから、日勤で彼女と勤務時間が揃う日を選んだ。夜勤に引き継ぎを終えて、魔術師団長室に行くと大抵彼女はまだ働いていた。
「お忙しいですか?」
部屋に入ってすぐのところで、直立不動で聞く。
「いえ。もう終わるわ」
ポリーナは、そう言ったとおり、机の上を片付ける。こうやって、この部屋に通うようになってから、俺が勧められるのは、最初に治療を受けた治療スペースではなく、奥のソファだった。
ソファに背筋を伸ばして腰掛けると、目の前にお茶と茶菓子が出される。
ポリーナが、「時々お話しするくらいなら構わない」と言ったのは、言葉通りの意味だった。
いや、わかってた。――別にガッカリしていない。
本当に。
強がりではなく、ポリーナと話すのは楽しかった。
主に、俺が今日あったこととか、同僚の騎士から聞いた話とか、巡回中に見つけた新しい店とか、そう言うたわいもない話をするばかりだったが、ポリーナは、生来の生真面目さなのか、どの話も静かに丁寧に聞いてくれた。
時に、俺が気づかない視点で、合いの手を入れてくれることもあり、俺はポリーナと話ていると視野が広がる気がした。
何より、その琥珀色の瞳を細めて楽しそうに笑ってくれると、俺の胸はそれだけで満たされる気がした。
この俺が、そんなことで喜ぶなんて、自分でもびっくりだ。
そんな、清く正しいお友達付き合いをしていた俺たちだったが、誰もがそれを信じるわけではなかった。
俺のこれまでの素行を知っている者たちなら尚更だ。
「ちょっと、ヴァレリーどうしちゃったのよ。『黒い魔女』に魔法でもかけられちゃったんじゃないの? 目を覚ましてよ」
馴染みの侍女たちは、そう言って不満そうだった。そいつらのことは、俺は相手にしなかったけど、同僚の騎士に、
「お前、魔術師団長室で、夜な夜なよろしくやってるんだって? さすがだなあ。俺にもお裾分けしてよ」
と言われた時は、そいつに殴りかかって、周りの奴にはがいじめにされた挙句、騎士団長に厳重注意という名の、鉄拳を食らった。
でもまあ、俺が何か言われる分には、良かった。そもそも、それまでの俺の行いのせいだし。まさに身から出た錆だ。
だけど、ある日、同僚が慌てて俺を呼びに来た。
「ヴァレリー! 大変だ! ポリーナ魔術師団長がお前の女たちに絡まれてる!」
俺が、慌てて駆けつけると、ポリーナが数名の侍女に取り囲まれていた。俺が、以前遊んでいた侍女たちだ。
「ポリーナ師団長。いえ、黒い魔女。恥ずかしくないんですか。自分よりずっと年下の将来有望な騎士をたぶらかして」
「夜毎、いかがわしいことを師団長室で行なっているなんて、職権濫用ですよ」
「さすが、黒い魔女。闇魔術で精神錯乱を起こさせているのでは?」
侍女たちは、ポリーナを取り囲んで、口々に責め立てている。
あいつら!
「お前たち、何してるんだよ!」
と言いたかった。……俺は。
しかし――。
俺が、彼女たちの間に割って入るその前に、ポリーナが鋭い声を放った。
「あなたたち。所属と名前を言いなさい」
その威厳は、「黒い魔女」に相応しいものだった。ポリーナの迫力に、侍女たちがぴたりと動きを止める。あれだけかしましかった口もヒュっと結ばれている。
上席の者の質問に黙して答えないなど、騎士団だったら壁際まで吹っ飛んでいるところだが、侍女の間ではそうではないようだ。
ポリーナは答えない侍女たち一人一人にゆっくり視線を移しながら、再度口を開いた。大きくはないが、しっかりとした声だ。
「お忘れなのか、そもそも組織構造を理解していないのか知りませんが、私は琥珀宮魔術師団長。言い換えればこの琥珀宮の筆頭魔術師。あなたたちの上司、琥珀宮筆頭侍女殿と同格です。それをわかった上での発言かしら。もちろん今回のことは筆頭侍女殿に報告します。陰口くらいなら構わないけれど、くだらない嫌がらせをする暇があったら働きなさい。勤務時間中よ」
今や侍女たちは真っ青な顔でプルプルと震えている。侍女たちを見据えたままポリーナは口角を上げた。笑った、とは思えない上げ方だった。
「あなた方の周りでは、私のことを『黒い魔女』と呼ぶ時、そこに揶揄を込めている方達ばかりなのかもしれませんが、私の部下は尊敬を込めて呼んでくれています。私もこの呼び名は気に入っています。魔術師より夢があると思いませんか? まるで昔のおとぎ話の登場人物みたいで」
おとぎ話でも魔女は悪役じゃないかと俺は思ったが、ポリーナの言葉に嘘はなかったのといつもより饒舌なこの『魔女』の会話を途切らせるのが何だか惜しくて、結局、俺は傍観者に徹することにした。これじゃあ息を切らせて駆けつけたただの野次馬だな、と自嘲気味に思う。
「そして私は、黒い魔女と呼ばれるに相応しい努力をしてきました。ですから、意味もわからず音の響きだけで人を貶そうとするような浅慮な人と親しくしたいとは思いませんし、あなたたちの相手で今後時間を取られることは望みません」
侍女たちはすっかり萎れて項垂れている。そんな侍女たちに最後通牒を突きつけたポリーナは今日一番「魔女」ぽかった。
「はい。では左の方から所属と名前を言いなさい。――え? どこ? 大きな声で!」
ポリーナは渋る侍女たちから、所属と名前を聞き取ると、ようやく全員を解放した。自分たちで絡みにきておきながら侍女たちは泣きながら去っていった。




