12 エピローグ
遅くなりました!
そうして、俺たちは結ばれていつまでも幸せに暮らしましたとさ――、とはならなかった。
最後にして最大の関門は、ニコライ副団長の妻だった。
ポリーナの妹同然に育ったという彼女は、子どもを産む前まで、翡翠宮の侍女をしていたという。それを聞いた時には嫌な予感がしたが、予感を上回る毛嫌われぶりだった。
俺が、態度を改めてポリーナと付き合い始めた頃には、もう子を産むために退職していて、昔のふざけた俺しか知らなかったのが、良くなかった。
「あなた! なんで、ポリーナの結婚を許したの? 何のために、隣の宮で働いているの?」
怒りは、夫であるニコライ副団長にも向かっていた。
「いや、ヴァレリーも心を入れ替えたんだよ。ポリーナと付き合い始めてからは、それはそれは真面目だったよ。ほら、働きぶりが認められて、次期から、班長に昇進するんだよ」
いつもにこやかなニコライ副団長も妻には弱いらしい。オロオロと宥めている。
――ん?
「俺、班長になるんですか?」
「あれ、聞いてなかった? もともと実力はあったじゃないか。素行が悪いから、部下は持たせられなかったけど、ポリーナと付き合い始めてからは、それも落ち着いたし、今回のスタンピードでの活躍もあったからね。あっちの団長より先に言ってしまったのは、まずかったかな」
ポリポリと頭を掻く副団長にも、奥様の怒りは収まらない。
「班長だから何よ! ポリーナ姉様は、魔術師団長なのよ! 班長になって、小隊長になって、それからそれから……、いろいろやってから副団長になって、団長になって、それでやっと姉様と並ぶんだから!」
「――わかってます」
「なっ!」
俺の態度が、思いの外真面目だったからか、彼女は言葉に詰まった。
そんな彼女を見て、俺の後ろから笑い声が聞こえた。
俺の一番好きな笑い声だ。
「ねえ、ターニャ。私の未来の旦那様をいじめるのはそのくらいにしてちょうだい」
そう言いながら、ポリーナは俺の横に並んだ。
その腕には、すやすやと眠る赤子が抱かれていた。
俺たちの子ーーではない。残念ながら。
母親の激昂にも動じない胆力を持つのは、ニコライ副団長とターニャさんの子だ。あの戦闘からニコライ副団長が帰ってくるのを待っていたかのように始まった陣痛で生まれた子は、そろそろ腰も座ろうかという時期に差し掛かっていた。
来週に迫った俺たちの結婚式にも参加してくれるべく、両親と共にアレクセイの実家ーー今では俺の実家に打ち合わせに来ているのだ。
「もう! ポリーナ姉様なら団長クラスでも引く手数多でしょう」
「まあ。そんなわけないじゃない。ーー大丈夫よ。私、幸せだから」
そう言って笑うポリーナにターニャさんは目を潤ませた。
「ーーならいいけど!」
そんなターニャさんに苦笑しながら、ニコライ副団長がポリーナから赤子を受け取る。
「ーーアレクセイ兄様のことも大切にしなさいよ! 弟になったんだから」
「ターニャーー」
今度は、ポリーナが目を潤ませる。
ああ。この人はポリーナのことを本当に大事に思って、ずっと見守ってきたんだなあ。
「……なんであなたが泣くのよ」
訝しげにターニャさんに言われて初めて、俺は自分が泣いていることに気づいた。
隣にいるポリーナも驚いている。
「大事にします。ポリーナもアレクセイさんも義父上も義母上も」
「ヴァレリー」
涙も拭かずに、まっすぐターニャさんを見つめて言うとターニャさんは口を継ぐんだ。
そっと横からハンカチが差し出された。ポリーナだった。相変わらず職場では黒づくめのポリーナだったが、今日は黒づくめでない。シンプルなワンピースだ。
「ふにゃあ」
泣き始めた赤ん坊に皆の視線が集まる。
「みんなが泣くから、お前も泣きたくなっちゃうよな」
そう言ってあやすニコライ副団長の目も潤んでいる。
皆、泣き笑いの顔で丘を登り始めた。
丘の上にはアレクセイがいる。
俺たちが、アレクセイと家族になることを伝えに、俺たちは春の暖かな日差しの中を歩いて行った。
これにて完結です。
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