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11 俺と魔女の恋の行方

 夕食をと言う二人に礼と詫びを言って、暗くなる前にポリーナの家まで戻ってきた俺は、家政婦と交代してポリーナの部屋に入った。


 ポリーナは静かに眠っていた。

 自宅に戻って、安心したのか、苦しそうだった呼吸は随分と安定したものになっていた。


 俺は、ベッドの横に立った。眠っているポリーナに向かって静かに告げた。


「ポリーナ、結婚してくれませんか」


 部屋は静かで、外で虫の鳴く声が聞こえる。戦いが終わった祝いでもしているのか、遠くの喧騒が小さく届いていた。戦いに参加した者たちには数日間の休暇が与えられている。


 俺は、仮眠を取ろうとソファに向かった。

 

「ーー随分と思い切るわね」


 俺の足を止めたのは小さな声だった。

 振り返ると、目を開けてこちらをみるポリーナと目があった。


 俺はよろめきながら、ベッドに近づいた。

 ポリーナの手を握る。


「寝ててください」


 起きあがろうとするポリーナを一旦ベッドに戻して、水をとった。もう一度背を支えて起こす。

 水を飲み干したポリーナは静かに微笑んだ。


「一晩共にした相手といちいち結婚していたら、大忙しじゃない?」


 俺は唖然とした。

 ポリーナは軽口のつもりで、きっと俺の負担を軽くするつもりだ。

 でも俺は、猛烈に腹が立った。


「一晩だけ寝た女はたくさんいますけど、手も握れなくても一緒にいたいと思った女はあなただけですからね」


 俺の怒りが通じたのか、ポリーナは申し訳なさそうに眉を下げた。


「意地悪だったわね。ごめんなさい」


 でも俺は簡単に許す気はない。冗談のタチが悪すぎる。俺がどんな気持ちでここまでポリーナを運んだか……。


「ーー無事で良かった」


 俺はポリーナの手を握って、拳を額に押し付けた。なんだか今日は涙腺が弱い。疲れてんのかな、俺。


「あなたも」


 俺は顔を上げた。ポリーナの目も潤んでいた。

 そのままそっと口付ける。憎まれ口を叩いた割には、ポリーナは大人しく俺を受け入れた。


「俺は本気ですけど、それをちゃんとわかってもらうには、まずはちゃんと回復してもらわないと。元気になったらきちんとわからせます」

「……そう」

「大丈夫です。俺を信じて今は寝てください」


 ポリーナは眉を下げたが、言われたとおり目を閉じた。やはりまだ体力が落ちているのだろう。そのまますうっと眠りについた。


 ポリーナの回復には二週間を要した。途中で俺の休暇は終わったが、団長の計らいで、通いの家政婦と交代で様子が見られるように日勤にしてもらえた。


 俺は、勤務と看病の合間にあちこちに手紙を書いた。


 そして、ポリーナが回復して、琥珀宮勤務に復帰して、タイミングを見計らったように催された戦勝を祝う数々の行事を終える頃には、戦場から引き上げて悠に二月が経っていた。


 

 そして二人の休日が揃った日、俺たちはアレクセイの家に来ていた。

 2人で来るのは俺が初めてここを訪れた時以来だった。


 この二月の間に俺の実家には別の家に養子として出たいことを伝えていた。実家からは養子に出すにあたって、実家に支払うべき金額が提示された。謝礼金だとのことだった。

 謝礼を払わないといけないのはそっちだろうとは思ったが、金額自体は地方の下級貴族らしい控えめなもので、俺でも戦勝の報奨金とわずかな貯金をはたけばなんとか支払えそうな額だったのでうるさくは言わないことにした。

 

「で。この二ヶ月間、はぐらかし続けて、そこまで話を固めて、今初めて私に伝えたというわけね」


 最初の頃の関係の影響か、今でも階級が違いすぎるからか、俺はポリーナに睨まれると弱い。

 アレクセイの家のソファで隣に座ったポリーナに睨まれて、弾かれるように立ち上がった俺は、腰を90度に折った。


「申し訳ありませんでした!」


 そんな俺たちを見て、アレクセイの両親は苦笑いだ。


「ポリーナ。体が本調子でないあなたに負担をかけたくなかったのよ」

「うちは大歓迎さ。実家への謝礼金だってうちが払うと言っているんだが」

「だから、それは俺の方で大丈夫だって!」


 何度もやりとりしているうちに、すっかり仲のよくなった俺とアレクセイの両親は、今、俺の実家への謝礼金をどちらが出すかで揉めている。


 本当は勝手に支払ってしまうこともできたが、そのやりとりさえ楽しそうな二人を見ていると、なかなか結論が出せなかった。俺自身も楽しかった。

 しかしその楽しみは今日で終了なようだ。



「私が倍額出します」


 それまで俺を睨みながらも、話を聞いていたポリーナが突然そう告げた。


「ヴァレリー、仮にもあなたの両親だからあまり悪くは言いたくないけれど」


 いや大丈夫。言ってもらって。でもその気遣いは嬉しかった。


「そういう人たちは金蔓を見つけると、次々にたかってくる。今すぐ実家に、今後こちらの家と関係を断つなら、謝礼金を倍にすると連絡しなさい。法務官に言って正式な書面にし、破った場合の妥当な処置も聞いておくのよ」

「は!」


 思わず、仕事モードで返事をしてしまった。


「ヴァレリー、話が違うじゃないか」


 アレクセイの両親も苦笑している。


「でも、それがいいわね、きっと。ニコライが、ポリーナは結構溜め込んでるんですよって言っていたもの。それくらい払えそうだし。きっとポリーナに任せておけば、今後余計なことに巻き込まれず、平穏に暮らせるわ」


 それに、ポリーナも負い目のようなものを感じなくて済むわよね。


 そう言われて、ポリーナは目を潤ませた。


「おじさま、おばさま。私、この家にお嫁に来てもいいですか? そして、この家を実家にしてもいいですか?」

「ああ。――では、私が花嫁の父役を果たそう」


 ポリーナは、俺の方を向いて、笑った。


「ありがとう。プロポーズお受けします」


 この二か月、俺は養子の話をはぐらかし続けるために、ポリーナの返事を聞けていなかったのだ。

 それを聞いて、ポリーナをいちばんに抱きしめたのは、だが、俺ではなく、アレクセイの母上、――俺の義母上で、俺じゃなかったのが少し残念だけれど、二人の絆は俺よりずっと昔からのものなので、寛大にも俺は、その役目を譲ることにした。

 

 ポリーナが言ったとおり、倍額を出すと俺の実家のやつらは渋々、誓約書にサインした。これは法務官に正式な書類にしてもらって正解だった。

 だが、いてもいなくてもどうでもよかった俺が、思いの外、良い値で売れたのがよほど嬉しかったのだろう。俺は生まれて初めてあいつらに褒められた。

 全く心に響かなかった。

 

 世間的には、騎士である息子を亡くしたアレクセイの両親が、同じ騎士で上に兄が何人もいて、しがらみのない俺に養子を打診したことになっている。

 亡くなった息子の代わりを求めたアレクセイの両親に世間は同情的で、俺にもしっかり義両親を労って息子をやるように、と声をかけてくれる人が多かった。


 この二ヶ月の間で、俺は年上の恋人を献身的に看病した一途な男という評判になっていた。そこには、権力の使い方がわかっている人たちの、恣意的なものを感じなくもなかったが、俺はその評判に喜んで甘んじることにした。

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