襲撃
騎士団では団長が一番偉いけれど、国で見るとその上には大臣がいて頂点には国王陛下がいらっしゃる。今の大臣はマルテル伯爵だ。彼は、控えめに言っても無能で出しゃばりだ。残念ながら同年代で彼の代わりに大臣となれるものがおらず彼が大臣をつづけている。
公女殿下の身代わりを立てる話は公女殿下から出たため、大臣はそれに対抗心を燃やしたらしい。身代わりを乗せた馬車を街道を行かせ、公女殿下は裏道で行くというものだ。道幅も広く馬車の移動もスムースな街道に比べ、裏道は道幅も狭く森の中を抜けるため襲撃者たちが隠れやすい。
その案には現場サイドから反発があった。しかし、大臣レベルでは明確な反対がでず、結局押し切られてしまった。さらに、騎士団長は目立つから、という理由で囮部隊に随行することになり、公女殿下の護衛は更に弱体化させられた。
そんな有様だから団長はあちらこちら走り回っていた。なので、圧倒的団長不足。私はモヤモヤしたまま当日を迎えることになってしまった。
◆◆◆
当日、神殿に向かう道は雨だった。それでも往路は特に問題なく、そして神殿での儀式も滞りなく済んだ。神殿の前にはどこから聞きつけたのか少なからぬ人々が集まり、公女が彼らに向かい手をふると大きな歓声があがった。
公女殿下ご本人は『悪役令嬢だからね、庶民に人気はないと思うわ』とおっしゃっていた。悪役令嬢がなにかわからないけど、ご自身が人気がないと思われているのだろう。
実際は、うとまれても王子を支え、魔女に惑わされた王子に糾弾されても国のことを思い一歩も引かなかった聖女、というお話が広まっているのだ。劇も作られようとしているそうだ。まぁこれに顔をしかめる重鎮は少なくなかったが。
帰路はハッセの乗る馬車が街道を、私達の乗る馬車は裏道を通っていた。森の奥深く、街道から裏道が一番遠い辺りに差し掛かったところに、行きにはなかった丸太が道を塞いでいた。当然馬車も馬も止まる。そこを襲撃された。
「降りてはだめです」
私が公女様ともう一人の侍女を馬車に押しとどめ周りの様子をうかがう。公女側の扉の内側に盾となるように板を立てる。
誰かが救援を求める鳥を数羽解き放ったようだ。笛も吹かれている。大きな雷のような音もしたから花火を打ち上げたのだろう。これで援軍が来てくれると良いのだが。
離れたところで戦っていた音がだんだん馬車に近寄ってくる。公女様側の扉は内側から閂されているので開けられない。来るとしたら前か後ろか私の方だ。公女殿下側の扉に何かたたきつけるような音が何度かしたがそれ以上のことはなかった。
今度は私の方だった。扉を開け中に乗り込もうとする男の首に剣を突き立てる。まずは一人。焦げ臭いにおいがするのは馬車に火をつけようとしているのか。先ほどまでの雨はやんでいる様だ。私はもう一人の侍女にとびらを内側から閂するよう指示して、確認のため外に出た。そこを狙われたが、かよわい侍女だと侮っていたのか雑な攻撃は簡単にかわせる。体制を崩した男の首を刈る。襲撃者は護衛の倍は居るか。
侍女の服装だから目立つ。なので、襲撃者は私に集まってきた。人質にでもしようというのか。それは甘い。何しろこの中で、副団長と同じくらい私は強いんだ。何も考えずに突っ込んできた襲撃者をかわしついでに腰に手をやるとホックを外す。はらりと脱げるスカートを襲撃者にかぶせその視界を奪い後ろから剣を突き立てる。これで二人。それに動きやすくなった。その間に向かってきたもう一人は少し慎重になったようだ。じりじりと距離を詰めてくる。
しかし、私の他にも護衛の騎士は居るんだがな。私がスカートを脱いだのに気をとられた襲撃者がいたようで、何人かの悲鳴が聞こえた。
私が思ったより強いからか、悲鳴を聞いたからか集まっていた襲撃者がそちらに向かった。私は馬車を背に周りを見回す。じりじりと時間が過ぎていく。援軍はまだか。来てくれるか。団長なら来てくれるだろう。
自分ではそんな気はなかったが気を抜いていたのだろう。後ろから羽交い絞めにされ首筋に短剣を向けられた。
「剣を捨てろ。扉を開けるように言え」
女の声? 聞いたことがあるような。剣を手放したが扉を開けろとは言えない。
「早くしろ、死にたいのか」
焦ったような彼女が髪を掴むとずるっとかつらが脱げる。
「えっ、マリー?」
戸惑った声と共に短剣がぶれる。その隙を見逃さずに腕をつかみ短剣を取り上げ地面にたたきつける。そのまま奪った短剣を肩に突き立てた。そのときようやく襲撃者の顔を見た。
「えっ、シンシア?」
このスキにと襲ってきた男の剣を短剣で受ける。シンシアは襲ってくる気配はない。その時、大きな声が聞こえた。
「マリーゴールド―、無事かぁー」
いや、団長、そこは公女殿下の心配をすべきでしょう。こちらに向かってくる団長の姿。その姿は鬼神のようで襲撃者を怯えさせるのには十分だった。隙を見せた男に短剣を突き立てると簡単に倒れた。
「現状を報告!」
「公女殿下は無事。こちら側の襲撃者は少なくとも10人撃退。反対側は副団長が指示していると思われます」
「わかったぁ、よく頑張ったあとはまかせろ」
そう言いながら二人で向かってきた襲撃者の片方を倒して次を相手している。こちらも負けていられない。半ばやけくそになってこちらに向かってくる敵をいなし叩きのめす。団長の方に目をやるとすでに足元に三人倒れている。さすがだ。しかも、自分も敵と対峙しながら他の団員の状況をみて的確に指示を飛ばしている。
団長には遅れたが次々と支援が集まってくる。形成が不利と見て襲撃者たちは撤退しようとしたが指示役らしい男は既に倒され統率がとれないままなので次々と倒されていく。辛くも逃げだせた者は少数。その少数も団員が追っている。
「シンシア……」
彼女の元に戻るとまだ息があった。顔色からすると毒が塗ってあったのか。
「マリーさま、ようやく名前を呼んでもらえた」
「こんな時に……、解毒剤はもってないのか」
「左の内ポケットに。大丈夫……ちゃんとした解毒剤ですよ団長さん。早くマリーさまに飲ませて」
いつの間にか団長がそばにいた。私が彼女の懐から取り出した薬を確認すると無理矢理私にのませた。
「むぐぅ、ヒドイです。それにこれはシンシアに……」
「もう、おそいよ」
見るとシンシアはもう息をしていなかった。その顔はなぜか穏やかだった。
◆◆◆
襲撃者の身元は簡単に割れた。側妃の実家の伯爵家だった。伯爵家だけではこれだけの準備ができないはずだがそれ以上はたどれなかった。側妃は毒をあおり病死と発表された。元王太子は廃嫡、断種のうえ幽閉となった。
なので王位継承の順位が変わる。公女殿下が王太子に。弟君が次の王維継承権を。兄君はもともと王位継承権を返上しているためそのまま公爵家を継ぐことになる。あとは国王陛下のいとこにあたる公爵家の令息が継承権を持つことになった。
シンシアの両親のエリエール男爵夫妻は殺されて発見された。二人の顔を見るとシンシアとは似ていない。どのような経緯でシンシアが娘になったのかはこれから調査されるだろう。何にせよ、無事に王太子殿下を守りきれたのはよかった。私はようやく休暇をもらえた。
そして、公女殿下を裏道を通そうとした大臣は失脚した。さすがに擁護する貴族はほとんどいなかった。中でも、今回のことで少しきな臭い動きをしていた侯爵閣下が急先鋒となり糾弾したらしい。元王太子の断種を主張したのも彼だった。そこまですると逆に怪しいのだけど。
久しぶりで実家に戻ると、そこには妙にニコニコしていて気持ち悪い母上と……マダムアンソニーが居た。
「ただいま戻りました。ところでこちらは?」
「あら、あなたのドレスを作ってもらうからでしょ」
ドレス?なんの?
「あらら、誰も言っていないの? あなた公女殿下、じゃなくて、王太子殿下をお守りしたから褒賞されるの」
「へーそうなんだ」
「あぁもう、それでドレスを作るのよ」
「えーなにそれ」
今まで黙っていたマダムアンソニーが後ろから声を掛ける。
「恐れながら申し上げます。陛下の御前に出るため、ちゃんとしたドレスを着る必要があるからと伺っています」
「あーー、そうか、そうだね」
「ほんと張り合いのない娘なんだから、はい、ちゃきちゃきやっちゃって。髪は今のままでいいわ。この間のドレスも素敵だったから今度も期待しているわよ。私の分もお願いね」
まぁ、母上も私と同じく筋肉がついてるからなぁ。私と違って髪は長いけど。マダムアンソニーの服は似合うかもしれない。