人混みー成宮そら(1)
色々な意味で大成功した肝試しを終え、早くも2日が経っていた。水曜日の朝、成宮そらは夏期講習のために家を出た。朝だというのに相変わらず蒸し暑くて日差しが強い。
学校に着くと、1年生だろうか、集団で家庭科室へと入っていくのが見えた。そらはその姿を横目に教室に行こうと階段に足をかけた時、誰かがこちらに向かってくる足音がした。
「そっらせっんぱっい!おはようございます!」
見ると、永野かほがスキップでこちらに手を振っている。
「あ、かほ、、。おはよう」
そらは少し気まずそうに目をそらした。初めて一緒に帰った後、そらたちは夏休みに入るまでに2回一緒に帰った。しかしそらは帰り道あまりしゃべらず、かほが一方的に話している状態が続いている。
「先輩も文化祭の準備ですか?」
「文化祭?あ、そっか。もうそんな時期、、」
聞くところによれば、かほたちのクラスでは飲食店をするらしく、今日はそのメニュー考案をするのだとか。そらはかほたちのフレッシュな雰囲気に当てられて逃げるように階段を上がっていった。
「せーんぱいっ!また一緒に帰りましょうね♪」
「うん。また」
そらは階段をのぼりながら、彼女と普通に会話ができている自分に少し驚くのだった。中学の頃は考えられない変化である。今思えば、一昨日の肝試しでもそうだ。初対面だった浦田結花と牧瀬宇一とも、知り合ってすぐの関雄大とも喋ることができた。あの時は状況が状況だったこともあったが、それにしても、である。
うみちゃんのおかげだなぁ。
そらは数えきれないほどしてきたうみへの感謝を、今日もするのだった。
英語の講習が終わり、13時が近くなった頃に学校の外へ出た。朝よりも鋭い日差しがそらに降り注ぐ。暑さにうなだれながらも家に着き、そらはぐったりと自分の部屋の椅子に座った。
その時、電話がかかってきた。うみだ。そらは急いで出た。
『あ、もしもしそらちゃん?おっはよー!』
まだ1週間ほどしか経っていないのにも関わらず、そらは久しぶりにうみの声を聴いた感覚に襲われた。
「うみちゃん。おは、、え?」
『あははっ!さっき起きたばっかだよ!眠いよ~!』
うみは相変わらず言葉にハリがあって元気だ。それも寝起きすぐでこの状態なのだというのだから驚かされる。
『でねでね。来週現実世界で会うじゃん?だから一回話しとこって思って!』
「う、うみちゃん気を付けてね。周り大丈夫?」
『ん?へーきへーき!もうミサンガ切ったよ!』
「え、そうなの?」
『えぇー!ほら耳済ませてみなよ!セミの声一切聞こえないでしょ?』
「あ、ほんとだ。全然気付かなかった」
『あははっ!ちょっとしっかりしてよ~!結構大きい声出てると思うんだけどな~。頑張ってるのに~』
「ふふっ。なんでうみちゃんセミ側の立場なの」
『ほんとだ!やだぁ!』
「ふふっ」
そらは改めて、うみとの会話が楽しいと思った。しかしそれと同時に、ますますあの時の疑問がそらを悩ませることになっていた。
『そらのその人に対する『好き』は『恋愛的な好き』じゃなくって、『友達的な好き』なんじゃないかな』
そらはあの言葉を受けて以降、何度も自問自答を繰り返した。そのたびに自分のうみに対する感情が分からなくなり、挙句考えるのを放棄してしまうのだった。あれ以来、うみと話すのは初めてである。
電話越しだからなのか緊張していることには気付かれず、うみは直近の東京旅行での出来事を話していく。
『あ!ちょっとまって!こんなところで全部話したらだめじゃん!』
うみがスマホ越しでも聞こえるくらい大きな音を立てた。おそらくベッドに倒れこんだのだろう。
『続きはまた来週ね!いっぱい話したいことあるんだから!』
来週は初めて二人で現実世界で遊ぶ。そらとうみの二人の時間が合う日が4日しかないことを受け、そらとうみはそれぞれ自分のやりたいことを2つづつ考え、その4日間に当てることにしたのだ。最初の1日目はうみが考えてきたことをする予定である。
「そういえば、その日何するの?」
そらはうみに聞いたが、元気よく
『ふっふっふっ。教えないよー!そっちの方がわくわくするじゃん!あでも、必要なものとかあったら連絡するから安心して!』
と言われてしまったので、結局当日にならないと何をするのかは不明である。
『じゃ、またねそらちゃん!!』
「うん。じゃあ」
うみからの電話が切れたと思った次の瞬間、外からセミの鳴き声が一気に聞こえ始めた。どうやら先ほどまで本当にミサンガの世界にいたようだ。
そらはふぅと息を吐いてカバンの中から参考書を取り出し、今日やった部分を見直し始めた。しかしやってもやっても頭に中々入ってこない。スマホ越しに聞こえたうみの声がまだ頭の中に残っている。
私は、うみちゃんが『好き』。これはたぶん『合ってる』と思う。
そらはいったん参考書から目を離した。外をパッっと見る。突き抜けるような青空の色が、カーテン越しにもよく分かる。
話してて楽しかったし、久しぶりで嬉しかった。でもこの感情は、きっと『友達的な好き』。
みーーんみんみんみんみー、、
ミンミンゼミが近くで鳴いているのか、はっきりしたリズムで聞こえてくる。
そらはうみと初めて会った日のことを思い出す。砂浜の上で胸が高鳴った。
あれ?でも、あの次の日の朝、私、、。
そらは砂浜の一件の次の日、うみはただの友達だと、自分に言い聞かせていたことを思い出す。
だったらそれでよかったハズなのに、、。
みーんみんみんみんみんみー、、。
なんで私、『友達的な好き』って言われてショック受けてるんだ、、、。
次の週、そらは家を出る支度を整えていた。今日はうみと午後に約束をしている。何をするのかはまだそらは分かっていない。
「夜ご飯いるのー?」
「まだ分かんない。分かったらなるべく早く連絡する」
「はーい。ホントに気を付けるのよ?この前見たくあんな遅い時間に帰ってくるなんて、、」
「分かったって」
あの日、肝試しが終わって全員が広場にいる確認が取れると、雄大の一声で解散になった。結局小屋が壊れたことは4人だけの秘密となって幕を閉じた。駅に向かう途中でそらはるるたちと合流し、それぞれの感想を言い合いながら帰路についたのだった。結局そらが家に着いたのは11時を過ぎてからだった。母からは、ただ夜ご飯を食べに行くだけだと思っていたのに、こんなに遅くなるとはどういうことかとしっかりと注意をされていた。特に、
「そら、あんた自分が女の子だってちゃんと分かってるの?」
この言葉を何回も言われることとなったのだ。そらは母親の言葉を受け止める必要があったのだが、あの日起こったことがショックでそれどころではなかったのも事実である。
「これからはあんなことないようにするって。行ってきます」
そらは母親の見送りで家を出、バスに乗って駅へ向かう。いつものように帽子で目立つ髪をすべて隠し、同い年くらいの人が近くを通るときは目線を下に落として目が合わないように、顔が見えないようにしながら駅にたどり着くと、切符を買って4つ先の駅を目指す。うみとはそこで落ち合う予定である。電車の窓の外を住宅が流れていく。空には相変わらず清々しいほどの青が広がり、入道雲が良く映えている。電車の逆側は、森に視界のほとんどを遮られるので見ていても新鮮な気持ちにはならない。そらはいつものように音楽を聴きながら、住宅側の景色をぼーっと眺めていた。
「あ、きたきた」
駅について改札を下りると、すぐそこにうみが立っていた。こちらに気付いて手を振っている。
「あ、おまたせ」
「んーん。わたしも今来たところだよ!」
そらは彼女の返答に違和感を覚える。
「ぞうしたの?」
そらの表情を読み取ったのか、うみがそらの顔を覗きこんできた。
「あ、いや。やっぱりうみちゃんの一人称違和感が、、」
「あーね。もうわたし慣れてるからすらすらっと出てくるんだよね~。マネさんから言われてさー、もともとの一人称は『うち』だったんだけど『わたし』に矯正されたんだよね。イメージ保持がどうのこうのって言って」
さも当たり前のように言いのけてしまううみに、そらは素直に感心した。
「す、すごい、、」
「ってまぁまぁ!わたしの話は置いといて!!」
うみは気恥ずかしさ混じりにそう言うと、ミサンガの世界の中で見せてくれるようないたずらっぽい笑顔をした。
「今日はこれから、そらちゃんが未体験だっていうガチの喫茶店に行きたいと思います!」




