肝試しー浦田結花
正直、結花は自分が雄大と同じ組になるとは思っていなかった。偶然引いたとしても、那奈に渡せばいいと思っていた。
「ゆいかぁ、もうあんなことしないでぇ。ありがたいんだどさぁ、ほんっとにバレちゃうって、、」
くじを引いて雄大が立ち去った後、那奈は泣きそうになりながらそう言った。
「ももちゃんからも言ってよぉ」
「なな絶好の機会だったのに~」
「えぇ、ももちゃんもそっち側なの?」
「うちは結構言えるときに言っておけタイプだから」
「へぇ~。なんか以外かも」
そうやって楽しく会話をしていた結花は、1時間も経っていないにもかかわらず、森のど真ん中で恐怖におびえながら今日初めて喋る女子の袖をぎゅっとつかんでいた。
「あの、成宮さん」
結花は彼女を申し訳なさそうに見上げた。自分より頭一つ分背の高いそらは、結花の声に反応した。
「うん?」
声は落ち着いていて、前を歩く男子二人とは大違いである。結花はそらの顔を見た。帽子を深くかぶっていて髪はすべて隠れ、目もかろうじて見えている程度である。
こんな子3組にいたんだ。
そう思いながら結花はそらに話した。
「牧瀬くんの話が思ったより怖くて、、。ごめんねずっと掴んじゃってて」
「あ、ううん。全然大丈夫」
「ていうか、成宮さんよく平気だね。うち祠の前いた時ほんとに死ぬかと思ったのに」
「そ、そんなことないよ、、」
そらはこちらをちらっと見て言った。
「できるだけさっきの話のこと考えないようにしてるだけ、、」
「でもすごいよ。小屋着いたらマジで気絶するかも。その時は頼んだよぉ~」
「あ、えっと、、。うん、分かった」
そらは困ったように笑うと、また前を向いてしまった。怖い雰囲気にもかかわらず、気まずい空気が流れる。結花は何か会話の糸口を見つけるため、先ほど出会ってから今までのことを振り返ってみた。そして思い出す。
「そういえばさ、ゆーだいとさっきバンド?の話してたじゃん?」
「あ、うん」
「え正直さ、ゆーだいのことどう?結構いいなーって思ってたりする?」
「へっ?」
そらは急に聞かれて驚いたのか、変な声を出した。
「お、その反応は?まさかの図星?」
「ちょちょ、ちょっと待って誤解だよ」
そらはすごい勢いで否定してきた。
「大体、知り合ったの本当に昨日で、、!」
「え?昨日?ほんとに?」
結花は思わず聞いてしまった。那奈のために探りを入れたつもりだったが、知り合って日が浅すぎるところを考えるに、彼女からその気は今のところないらしい。
でも昨日の今日で今回の肝試し誘うか?ふつー。
結花はそこに違和感を持ち、考えようとした時、
「何の話?」
と、宇一が歩くペースを緩めて結花とそらに合流してきた。雄大が前を一人で歩いている。
「はいだめ!女の子だけの会話に入ってこないで~」
「えー。冷た」
宇一はそう言ってうなだれたが、すぐにぱっと顔を上げた。
「ねぇねぇ成宮さんは肝試し初?」
「あ、、、はい。初めて、、です」
「何で敬語?タメ口でいいよタメ口で」
「あ、うん。わ、分かった」
「よしゃ。でもそっか初めてか。初めてがここだとクソ怖くね?」
「うん。雰囲気あるよね」
そのまま宇一はそらとの話に夢中になってしまった。
うわー。こいつ狙ってるじゃん、、。
結花はすぐに分かった。確かにそらは顔が整っている方だし、スタイルもすらっとしている。かと言って、話してみたところ、目立つようなタイプでもなさそうだ。
いかにも穴場狙って確率上げようとしてるし。いけすかねぇー、、。
「おい」
そう思っていると、先頭の雄大が立ち止まった。3人は懐中電灯の先に注目する。
「着いたぞ。小屋」
そこには古い小屋が暗闇の中にぼうっと立っていた。見た瞬間に鳥肌がぞわぞわと背中から腕にかけて巡り、暑さとは別の嫌な汗がじわっと出てきた。
「うっほー。いつ見てもヤバいわここ」
宇一がそう言ってそらから離れて近づいた。風がびゅうと吹いて、小屋がきしむ音が聞こえた。
「え、ちょっとマジで無理、ほんとマジで無理になってきた。早く写真撮って行こ」
「え?あぁうん」
結花はだんだん嫌な空気を感じ、雄大にそう促した。雄大もそれを感じ取っていたのか、いつものように煽ってきたりはせず、スマホを取り出した。
「はい撮るよー」
雄大の合図に、結花はそらの腕を引っ張って画角に入り、宇一も結花たちの後ろに来てポーズを取った。背景は勿論、例の小屋である。
「はい、ち~、、」
ぎしっ。
雄大がそう言ってシャッターを押そうとした時だった。後ろから木がきしむ音がかすかに聞こえたと思うと、それがいくつも重なって大きな音となり、轟音が響き渡った。何事かと結花が後ろを振り返った時には、小屋はぺしゃんこにつぶれていた。周りには倒壊によって巻き上がった砂煙が漂い、埃が混じった生暖かい風が、結花たちを襲う。
「げほっ!げほっ!」
結花はあまりの煙たさにせき込んでいると、腕をつかまれて思い切り引っ張られる感覚に襲われた。気付けば結花は走っていた。腕の先を見ると、そらが手首をしっかりとつかんでいる。
「ちょちょ?成宮さん?」
「ぼさっとすんなゆいか!」
前から雄大の声が聞こえる。いつもの雄大の声ではない。余裕がなく、本当に焦っている声だ。
「浦田さん!耳塞いで!」
「え、なんで?」
そらへ聞き返した途端、耳の中に不快な音が入ってきた。それはまるで、女性が叫び泣いている声のように感じる。
『ただ、この森からは時折聞こえるらしい。夜な夜な自分の赤子を呼ぶ、女の霊の叫び声が』
先ほどの宇一の言葉が頭の中に響き渡った。一気に鳥肌が立つ。
「やだやだやだ!やだ!」
結花は恐怖のあまりそらの手を振り払い、その場で両耳をふさいで立ち止まってしまった。足が震えて前に出ない。こんなことになったのは生まれて初めてだ。あまりの恐怖に耐えられず涙が出てきた。
「浦田さん!私の声聞いて!」
足から力が抜けてしゃがみこんでしまいそうになった直前、耳を塞いでいた手を無理やり剥がされた。見ると目の前にはそらが立っている。必死の形相で結花をまっすぐ見ている。
「大丈夫!一緒に行こう!」
これまでのそらと同一人物だと思えないほどはっきりとそう言うと、再び結花の腕をつかんで走り出した。暑いはずなのに彼女の手の温かさが腕に伝わり、だんだんと心が落ち着いてきた。いつの間にか音は消え、結花の恐怖心も薄れていく。
前を走る雄大たちも心配してくれたのか、途中で止まって待っていてくれた。合流すると再び雄大と宇一は走り出した。
「ちょ、まだ走んの?もう疲れたって」
「もう歩きたくねぇわこんな森!走ってちゃっちゃと抜けよーぜ!」
いつもなら怖がっていると思われたくなくて強がる雄大だが、今回は何かが吹っ切れたようにそう言った。
「あーまじで心臓止まるかと思った」
宇一は逆に笑ってしまっている。と、前の方から悲鳴が聞こえた。結花は再び身構える。
「あ、これななじゃんぜったい」
「もしかして追いついた?このまま走ってビビらせよーぜ」
宇一の提案に雄大はいたずらっぽく笑うとスピードを上げた。
「うおらぁ!」
「があぁぁぁぁ!」
奇声をあげながら走っていく。
「ちょ、ちょっと待ってって!」
どんどん遠ざかる二人を見て結花は止めようとした。走るのが苦手で、もうすでに息も絶え絶えになっている。それに那奈たちの姿もここからでは見当たらないことを考えると、だいぶ進んだところにいるらしい。
「も、もう、、はぁ、バカじゃんほんとに、、はぁ、」
「だ、大丈夫?浦田さん」
そらはもたもた走る結花のスピードに合わせて一緒に走ってくれていた。結花の中からはすっかり恐怖心はなくなり、頭がすっきりしている。
「ありがと成宮さん。ほんとに死ぬかと思った」
「ほんとに心霊現象っぽかった。初めてああいうの経験したかも」
「うちも。できればもう二度と経験したくない!ほんとに!」
「確かに」
そらは笑いながらまた結花の方を向いた。結花は月明かりに照らされている彼女の顔に、思わず見とれてしまった。
「もうっ!ほんと死ねぇっ!」
すると前方から震えた声が聞こえてきた。
「あ、ななだ。え?ふふっ。こけてるんだけど見てあれ」
「わ、大丈夫かな、、」
「あ、怪我してるじゃーん。もー。ちょ、早く行こ?」
「あ、うん」
今度は結花がそらの腕をつかんで転んでいる那奈のもとへ走っていく。
「なな大丈夫?肘から血でてるけど」
「ゆいかぁ!もう嫌い!みんな嫌い!」
那奈は泣きながら手元に落ちていた木の枝やら小石やらを雄大と宇一に投げつけていた。二人はごめんごめん、と半笑いで謝っている。どうやら雄大と宇一の想定以上に那奈が驚いてしまい、完全に腰が抜けているようだ。
那奈の後ろにいた3人のうち、勝吾でない方の男子は爆笑、女子は雄大と宇一に信じられないと完全に怒っている。勝吾は心配そうにこちらを見ていた。
「ほら、っしょっと」
雄大は泣きじゃくる那奈の前でうしろ向きにしゃがみ、背中に乗るように促した。いつもの那奈なら背中を叩いて嫌がるのだが、今回はすぐに腕を伸ばして雄大の首に回した。雄大は少し後ろに下がってそれを受け止め、那奈の体を背中で持ち上げた。そのままおんぶする形で広場まで歩いていく。
「ごめん。こんなビビるとは思ってなくってさ。調子乗ったわ」
「ん。もーいい許す。代わりにこのまま駅まで連れてけ」
「はぁ~?急にわがままになんなよ」
「いいし。運んでくれなかったら耳元で泣き叫ぶし」
「うそうそうそ。運ぶ運ぶ運びます」
「言ったからね」
「へーい」
雄大の背中で揺れる那奈はいつの間にか泣き止み、まんざらでもない表情をしている。
「え、あの二人って付き合ってる?」
宇一が驚いたように言った。確かに、傍から見れば付き合っているようにしか見えない。
ま、結果オーライかな。
そう思いながら、何か一仕事終えたような達成感を味わっていると、心配そうな顔をしている勝吾がこちらに近づいてきた。
「なに?谷崎。まだ怖いの?」
「ちげーわバカ。お前らんとこさぁ、懐中電灯大丈夫だった?」
「え?懐中電灯?どゆこと?」
結花もそらも宇一も、そして勝吾も、頭の中に「?」が浮かんでいる。
「だから俺が投げた懐中電灯だって。ななが叫んで俺らがお前らに気付いて走り出した時、お前らの中で一番前走ってたやつに当たったっしょ?当たって脇道に逸れてったやついたじゃん」
「え?その時うちら谷崎たちのこと見えてないよ。たぶんだけど」
「え?」
「一番前走ってた俺らがお前らのこと見えたの、あの子がコケてからだぞ?しかも脇道に逸れてったやつなんて、、、」
結花は全身にぞわぞわと鳥肌が立っていくのを感じた。結花たちと那奈たちの班の間には、何かが走っていたのだ。
それが何かは結局不明のままだったが、聞くところによれば、それは黒くて大きい何かだったそうだ。




