肝試しー榎田にいな
最後の組が出発する5分前、にいなは最後から1つ前の組の一人として、森の前に立っていた。メンバーは、5組の勇輝、1組の那奈、そして勝吾だ。勝吾が懐中電灯をぱっと点けて道の先を照らす。懐中電灯の弱々しい光は数メートル先の闇に消えていく。
「いやこれ絶対迷子になるやつ」
「谷崎って方向音痴?」
「ん?一本道だろ?余裕余裕」
「不安しかないよー!」
にいなの心からの声も、懐中電灯の光のように暗闇に吸い込まれていくのだった。
「長谷川さんと谷崎は同じクラス?」
「そうそう。1組」
「榎田さんは?」
「うち3組!」
「3組かぁ~。知り合いいたっけなー?」
「あれ?原田とか同じサッカー部でしょ?」
「え?こーたって3組なんだ今」
「知らないのウケる」
勝吾は懐中電灯で色々なところを照らしながら歩き、那奈はにいなに体を寄せて怯えた表情、勇輝はそもそも肝試しをそっちのけでべらべらと喋っている。にいなは勇輝がたびたび話題を振ってくれるお陰で、心が恐怖心に満たされるギリギリのところを保っている。
「ちょっとマジでもう無理なんですけど、、。ひぃ~。にいなちゃん歩くの早い。歩くの早い!」
この集団の中で一番怖がっているのは那奈だ。勝吾が集合をかけた時から口数はどんどん減っていき、森に入った途端に恐怖心でキャパオーバーしたのか、一気に騒ぎ出した。にいなは自分に引っ付く彼女の声に時折びっくりした。少し歩いたところで勇輝がまた口を開いた。
「そういえばさ、この森の怖い話知ってる?」
にいなは勇輝の顔を見た。明らかに楽しんでいる。
「マジでふざけんな!高島!ほんとにやめて!」
にいなの腕に抱きつきながら、那奈が声を荒げる。それを見てかっかっかと勇輝は笑った。
「お前性格終わってんだろ」
勝吾にそう言われるほどである。
「冗談冗談。ほら怖くないよ~」
「怖い!死ね!こっち来んな!話しかけんなバカ!」
そっと近づいてくる勇輝に、那奈が泣きそうになりながら威嚇した。
「長谷川さんってこんな口わりぃんだ」
勇輝はまったく悪びれもせず笑いながら勝吾の隣を歩いていく。
にいなは自分にしがみつきながら勇輝を睨んでいる那奈を見た。彼女と喋るのは初めてだが、1組の中では目立つグループにいるため、廊下を通るときによく見かけていた。いつもは胸のあたりまである黒髪をおろしているが、今日はうなじの少し上くらいの高さで団子を結っている。
「ねぇほんとに離さないでね?ゆっくり歩いてね?」
にいなはそう言って腕をがっちり掴む彼女がかわいく思えた。怯える小動物を見るような目で彼女を見始めた時、勝吾が
「あ、祠あった」
と言って祠を懐中電灯で照らした。コケまみれの祠が暗闇にぼうっと映える。にいなは隣で那奈がひっと小さく声を出したのを聞いたが、そこまで来てあることに気が付いた。
「あ、そういえば誰とも会ってないね」
「確かに言われてみれば。全員チキらずに小屋まで行ったんだな」
雄大からの説明では、本当に怖くて無理ならば祠の写真だけ取ってUターンして元居た広場に戻ってきても良い、としていた。Uターンした組は、小屋まで到達した組が集まる広場へ森を通らず迂回して集合する、という決まりだった。ここまで誰にも会わなかったことを考えると、勇輝の言った通り誰もUターンはせずに小屋まで行って写真を撮ってきたらしい。
「行けるか?那奈」
勝吾はこちらを振り返って那奈に声をかけた。
「え、帰r」
「さすがにそこまでじゃないっしょー。ほら行くぞ行くぞ~」
震える声で訴えかけようとした那奈の言葉を遮って、勇輝がにいなと那奈を後ろからぐっと押し出す。
「大丈夫?」
にいなも心配になって那奈に声をかけたが、彼女は諦めたようにうなだれ、
「もう好きにして。もう、、」
とつぶやいていた。
少し歩いたところで、勝吾が小屋を見つけた。ツタがびっしり生えており、ほぼ腐りかけで今にも朽ち崩れてしまいそうな見た目をしている。それなのに異様な雰囲気を纏っているように感じられ、近づくのは本能が反対しているようだ。にいなはそこから一歩も近づこうとは思わなかった。男子二人は懐中電灯で小屋の中を照らしてみたり木の棒で小屋をつついてみたりと、好奇心旺盛な様子である。那奈がドン引きしていると、勝吾と勇輝はこちらに戻ってきた。
「特に何の面白みもねーな」
「白骨とかあるかと思ったわ」
と言いながらなぜか残念そうな二人。
「早く写真撮って行こうよ~」
にいなの後ろで、那奈の泣きそうな声が聞こえてくる。
「はいはい」
勇輝は今度は那奈の願いをすぐに聞き入れ、ぱっとスマホを取り出してさっと小屋を背景にした4人の写真を撮った。
「はい、ミッション終わり。ほら行くぞ~」
思いがけない行動に、にいなも那奈もフリーズしてしまった。あからさまな態度をとるにいな達に気付いて、勇輝はこちらを振り返った。
「いやなに?」
「マジでまだ怖いのなんで!もうやだぁ!」
小屋を離れ、集合場所の広場を目指して4人で歩いていた時、那奈が駄々をこねるようにそう言い始めた。
「なんか話題あればね。長谷川さんが夢中で話せそうなこととか?」
にいなはそう言って那奈を見たが、
「む、夢中?今何の話しても無理ぃ」
と言って怯える表情は変わらない。どうしたものかと新名が考えていると、
「そういえばさー、、」
勇輝が口を開いた。那奈の方を見て、いたずらっぽく笑う。
「いつゆーだいに告んの?」
彼の言葉に、那奈は大声で反応した。
「はぁ?!えっ?なんで、、」
にいなは那奈のことを見た。先ほどまでの恐怖むき出しの顔から一変、驚いて目を見開いている。
「なんでって言われても。見るからに好きでしょあれ」
勇輝はそう言うと、スマホを取り出して誰かのメッセージを開き、那奈に見せた。那奈はそれを見て顔を真っ青にする。勝吾とにいなも、気になって覗いてみた。そこには勇輝と女子がメッセージのやり取りをしている履歴が残っていた。
『関くんって好きなお菓子とかあったりする?』
『なんでも喜ぶよ』
『まじ?甘いのとか大丈夫かな?』
『甘いの結構くってる』
『そっか!ありがと!』
にいなは読み終わって勇輝を見た。
「急がないと取られるぞ。なんか知んねーけど人気なんだよあいつ」
にいなは衝撃を受けていた。まさか中学の頃あれほど女子から嫌われていた人間がこうも人気になっているとは思ってもいなかったのである。
「あいつモテるのかよ、、」
横で勝吾がショックを受けている。
「そゆこと。だから長谷川さん、急がないと、、」
そこまでで勇輝は言葉を切った。にいなは那奈に顔を向ける。小刻みに震え、時折鼻をすする。
「なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないの。私だって別にこのままで満足なんてしてないし」
涙ぐんだ声で言葉を紡いでいく。
「ほっといてよ!勝手に私の感情に入ってこないで!」
勇輝は引きつった顔で那奈をなだめ始めた。
「ちょ、待って。ごめんごめん。別にそういうつもりなくて。現状報告的な?」
「そんなのいらないから!」
那奈はきっぱりと勇輝の言い訳を払いのけ、にいなのもとに帰ってきた。
「もう行こっ!」
「あ、うん」
そうして勝吾を先頭に、那奈とにいなが続き、最後尾に勇輝が歩く。最初の方の明るい雰囲気とは打って変わって気まずい雰囲気が漂う。那奈も先ほどので恐怖心が抜けたのか、怖がるそぶりが全くなくなった。
沈黙が5分ほど続いた後、にいなは服を引っ張られる感覚がした。見ると那奈が服をつかんでいる。
「大丈夫?」
と言いながら、にいなは腕を出した。また腕をつかんでくるのかと思いきや、那奈は近くに寄ってきてにいなだけに聞こえるような声で言った。
「榎田さん。ゆーだいとどんな関係、、?」
にいなは先ほど気まずくなってしまった原因である話題にびっくりしたが、那奈は真剣なまなざしである。
「さっきのでわかっちゃったと思うけど、私ゆーだいが好きなんだ。だから今日くじ引きの時に仲良さげに話してるの見て気になって。どんな関係なのかなぁって思ってて今日これ一緒になったから思い切って聞こうかなって。その、、も、もしゆーだいと付き合ってたら謝るし、ただ好きってだけなら正直に言ってほしいなぁって、、」
「ちょ、ちょちょ待って待って」
どんどん早口になる那奈を、にいなが必死に止める。
変な勘違いされたくないって、、!
「うち、あいつと中学一緒!ただそれだけ!好きとか思ったことないし、向こうも全くそんなこと思ってないと思うよ!」
「そ、そうだったの?」
那奈が驚いて目を見開く。
「ほんとに。信じてほしい」
にいなは必死に那奈に伝える。
「わ、分かった」
那奈が頷いてくれたので、にいなはほっと胸をなでおろした。
「じゃあ榎田さん他に好きな人いるとか?」
「それがいないんだよね。うちも欲しいんだけど」
「榎田さんどっちかっていうと追われる恋多そう」
「ほんっとに恋愛経験ゼロだようち」
「告られたとかもないの?」
「ないないない。うちそういう系の体験したことなくって」
「そうなんだ。榎田さんモテそうなのに」
「もー。やめてよ恥ずかしいなぁ」
やっと機嫌が元に戻ってきたのか、どんどん饒舌になる那奈。にいながいわゆる「雄大の中で対象外の女」であると悟ったのか、急ににいなを褒め始めた。
「ていうか、ほんとに高島ひどくない?」
「うん。あれはほんとにひどい。うちが長谷川さんの立場だったらひっぱたいてるよ」
「ふふっ。榎田さんって思ってた人そのまんまって感じする。私そういう裏表ないひと好きなんだ~」
「え、めっちゃ嬉しいんだけど」
二人はきゃっきゃと会話をテンポよく進めていく。
「あ、でも裏表なくても高島みたいに性格終わってる人はほんっとに無理!」
「聞こえてるぞ~」
後ろから勇輝の覇気のない言葉が飛んでくる。
「自覚あるなら謝りなよ」
にいなはそう言いながら振り返った。だんだん夜目が効いてきて、勇輝がこちらを見ながら歩いているのを確認できた。目が合う。
その時だった。
勇輝の後ろ。目の端に黒い何かをとらえた。猛スピードでこちらに迫ってくる。この森の噂が頭の中を一瞬で駆け巡った。
それが何かを考える前に体が反応していた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
にいなは叫びながら隣にいた那奈の腕をつかんで走り出した。前を向く第三視野で勇輝が違和感に気付いて振り返っているのをとらえながら、必死に足で地面を蹴って前に進んでいく。
那奈も勝吾もにいなの悲鳴を聞いて後ろを振り返っていた。勝吾はにいなと那奈を自分の前に誘導し、懐中電灯を向かってくる黒い何かに向かって投げた。那奈はにいな以上の悲鳴をあげながら、がむしゃらに走っている。
「死にたくないやだやだやだ!きゃ—―——————!!!!」
走りながら後ろを振り返った。先ほどよりも明らかに近づいてきている。と、目の前に光が見えた。
「集合場所の広場だ!あそこまで頑張れ!」
勝吾の声が後ろから聞こえる。にいなと那奈の悲鳴を聴きつけ、広場からこちらを覗いてくる人影もちらほら見える。
あそこまで行けば、、!
何をもって広場まで行けば大丈夫なのか、必死な4人には考える暇もなかった。
あと少し。
と、にいなの足が何かにつっかかった。世界が一瞬にしてスローモーションになり、地面に思い切り叩きつけられた衝撃が走る。
「榎田さん!」
那奈の泣きそうな声。誰かの足が止まる音。誰かに腕を引っ張られる感覚。なんとか立ち上がるにいな。
しかし黒い何かはもうすぐそこまで来ていた。




