夏休みー立花うみ(1)
ここは真夜中のミサンガの世界。
うみは高校の校舎の前で一人、音楽を大音量でかけ流しながら座っていた。
ミサンガを裁つ1時間前、うみは2日後の東京旅行のための買い物を終えて帰宅していた。買ったものを整理している時、事件は起きる。
「ない!」
16歳の誕生日にもらったイヤリングがなくなっているのだ。部屋に入って荷物を置いたとき、確かに耳から外して机の上に置いた。うみは整理した荷物をひっくり返して探したがなかなか見つからない。母親はもう寝ているので手伝ってくれる人はいない。明日は朝から美容院の予約を取っているのに、時刻はもう2時を過ぎている。
「こうなったら奥の手」
時間をかけないで探すには、ミサンガの世界で見つけるのが手っ取り早い。そらには悪いが。
そう考えたうみは、バッグからハサミを取り出してミサンガを切ったのだった。
そらがうみの家の場所を知らないので、高校まで歩いてきたうみ。動物はうみとそら以外誰も存在しないとはいえ、電気もついていない校舎には独特の不気味さが漂っていた。うみは耐え切れずにスマホから音楽を流し出す。
しばらくして、そらが自転車に乗ってこちらに向かってくるのが見えた。ミサンガの世界に入って1時間以上真夜中の外で一人だったうみは、校舎を横目に走り出した。
と、その目の端に、何かが動いた。ちょうど屋上のあたりに。
そらに会えた嬉しさが一瞬で恐怖に塗り替えられ、走るスピードも上がった気がした。途中から表情が変わったのが見えたのか、そらは怪訝そうな顔で
「うみちゃん?」
と言ってくる。うみはそんなことを気にする余裕もなくそらに抱き着いた。
「やばいやばいやばいなんかいたんだけどやだやだやだ怖い怖い怖い怖い」
うみは一息にそう言うと、急に抱き着かれて慌てるそらから離れ、背中の後ろに隠れた。
「何かいたって。ここ私達しかいないんだよ?」
「ホントにいたんだって!なんか、マジで動いたんだもん」
「どこにいたの?」
そらは怖がるどころかワクワクしながらうみに聞いた。
「屋上屋上屋上マジでなんなのもー、、」
うみは目をぎゅっとつぶり、そらのTシャツにしがみついている。そらの動きがTシャツ越しに何となく伝わってきた。今、屋上を確認している。
「何もいないよ」
「嘘じゃなくて?!」
「本当本当」
そらはうみの手に触れた。体温が伝わり、うみの心は落ち着いてきた。
「ほら」
そらに導かれるままうみは屋上を恐る恐る見た。確かに、何もいない。
「たぶん、風で何か飛んで行ったんだよ」
そらはうみに優しくそう言うと、一緒に自転車の方まで歩いていくのだった。
「イヤリング?」
うみはそらの漕ぐ自転車の後ろに乗り、なぜミサンガを切ったのかを説明した。
「そう。去年の誕生日にもらったやつなんだけど」
「帰って来た時まではあったんだよね?」
「うん」
「家の中にあるんだったら絶対見つかるよ。大丈夫」
そらはうみを励ますようにそう言った。
40分ほど自転車に揺られ、やっとうみの家に着いた。自転車に乗っている最中も音楽を流し、そらと話していたおかげで恐怖は薄れていき、家に到着したころにはすっかりなくなっていた。
「着いたー!」
うみは大声でそう言いながら伸びをする。
「つ、着いた」
疲れ切った声が聞こえ振り返ると、そこには汗を滝のように流しながら、ぜいぜいしているそらがいた。あまりの有様に思わず吹き出してしまう。
「ごめんごめん。ありがとうね。そらちゃん」
「う、うん」
うみはそらを家に入れて自分の部屋まで案内すると、エアコンをつけて一息ついた。そらは少し緊張した様子で部屋の中をきょろきょろ見ている。
「どう?うちの部屋。結構いい感じでしょ?」
「なんかおしゃれっていうか、私の部屋と全然違くって。なんかすごい」
そらは机の上にあったものを見つける。
「あの、お線香みたいなの立てかけてるやつはなに?」
「え?どれ?」
うみは指をさされたものを見て再び吹き出した。
「あははっ!そらちゃん、これお線香じゃないよー!」
「えっ?ご、ごめん」
「これアロマだよ。部屋めっちゃいい匂いにしてくれるの」
「この匂いってそれなんだ」
そらは目を丸くさせてアロマを見つめる。彼女の様子を見るに、本当に知らなかったようだ。
「今度見に行ってみる?いろんな香りあるから自分の好きな香り探すの楽しいんだよ」
「確かに楽しそう」
やっとエアコンが効いてきて部屋が涼しくなると、2人はイヤリングを探し始めた。
「ない!」
探し始めてから30分が経った。うみはもう一度買ったものをひっくり返して探したが見つからない。そらも机の周りを中心に探したがないようだ。
「うみちゃんがどこ探したのか教えてくれる?」
2人は探した場所を共有し、探していない場所を絞り込んでいく。
「あと探してないのは、、、」
2人は揃ってタンスの方を見る。探していないのは、もうこの下だけだ。
「中身ぜーんぶ出そ!そしたら軽くなるよ!」
うみはそう言うとタンスの中身をどんどん放り出し始めた。そらはあー。といいながらうみが放った服や何やらを片付ける。
タンスの中身をすべて出し終え、うみとそらはタンスの端と端を持って顔を見合わせた。
「いくよ、せーのっ!」
中身がないというのに、腕が抜けてしまいそうな程の重さである。2人はなんとか3、4歩進んだところでタンスをおろした。
うみはすぐにタンスのあった場所に目を向ける。無数のホコリの中に、何かがきらりと光る。
「あったぁ!!!」
うみは急いでそれらを取り上げると、一緒についてきたホコリを払う。間違いない。なくしたイヤリングである。
「なんで机の上においたのにこんなとこに落ちてるの?」
うみは不思議そうに言った。
「ふふっ」
そらは少し小馬鹿にするように笑った。
「あ!今ばかだなーって思ったでしょ!そらちゃん!」
「待って待って!思ってない思ってない!」
必死に否定するそらの腕を掴んで押し倒す。
「どーん!!」
そらはくすくす笑いながら、
「もー」
と言って足をバタバタさせる。
「なんか今日、そらちゃんご機嫌じゃん」
「そー?」
そらはどこかふわふわした雰囲気で、いつもより子供っぽく見える。
「あ、そっか」
うみは今が何時なのかを思い出し、ピンときた。
「そらちゃん、深夜テンションなってるよ」
「深夜テンション?」
「そ。なんか深夜になるとテンション高くなったり、いつもより感性強くなるでしょ?それのこと」
「へー」
「へーって。なったことないの?」
「この時間に友だちといることなんてなかったからかな。言われたこともなかった」
「じゃ、めっちゃ貴重じゃん!」
うみはそらに迫った。そらは驚いて目を大きく開いた。
「深夜テンションの時はねー、ノリだけでいろんなことできちゃうんだよ!ほら、こんなふうに!最高でしょ?ひゃっほー!!」
うみはそう言いながら部屋の中を飛び回った。そらはそれにふふっと笑う。
「うみちゃんいつもと変わらないよ」
「え、うっそ」
そらの言葉にショックを受けた瞬間、足の小指を机の足に強打した。どすっという鈍い音。
「あいったぁ!」
じわっと強烈な痛みが小指中に広がっていく。うみは痛みのあまりうずくまった。そらはまだ笑い続けながら
「うみちゃん大丈夫?」
と言うので、言葉では心配しているのに口調は嘲笑っているかのような言い方になっている。
「そらちゃんもっと心配してよー!」
うみはそらに顔を向けて文句を垂れた。その瞬間、そらの後ろの窓がちらっと見え、明るくなっていることに気がついた。
「え、そらちゃん外見てみて!もう明るいんだけど!」
「わ、ほんとだ」
うみはテンションが戻ってきて立ち上がった。外が明るいと気分も明るくなる。
「ねぇねぇそらちゃん!」
何だかこのままミサンガを切って現実世界に戻ってしまうのが名残惜しく感じた。
「今から海、行かない?」




