夏休みー藤堂ひばり(1)
「今付き合ってるでしょ。ひば」
伊尾木のこの言葉が、あれからというもの頭から離れない。その日のうちにるのを問いただし、自分から突き放してしまったことを、ひばりは後悔していた。夏休み初日だというのに、全く嬉しくもない。
るのはあの日、嘘を吐いた。ひばりはそれに少しいらだってしまったのだ。伊尾木のあの話も、おそらくは嘘だろう。しかし自分の知らないところでるのが伊尾木と繋がっていたことが嫌だった。そんな二人への感情が、インターハイに間に合うかという大きな不安の中に混ざって、気持ちがぐちゃぐちゃになってしまっていた。
それからはるのと連絡も取らず、学校でもほとんど見かけなくなってしまった。ひばり自身も教室から出ることが減り、そらやるる、やこやゆみと話すことが多くなった。そして部活では全体練習に合流し、インターハイに向けて自分を追い込んでいく。こうして、さらにるのを見ることが減っていった。いつものように部活終わりに一緒に帰ることも、寝る前にメッセージを送り、起きてから返信を確認することもなくなっていた。しかし不思議なことに、バスケをやっている時や友達・先輩と話している時には大丈夫なのに、一人になった瞬間にるののことを考えてしまう。ぐるぐる。堂々巡りな思考から抜け出せなくなっていった。
そうして迎えた夏休み。ひばりは前日にるるの家へ泊りの誘いを受けていた。ぐちゃぐちゃで気持ちが悪いのに名前を付けられないこの気持ちを紛らわせることができる。そう思うと自然に首を縦に振っていた。
「ぶへぇ~。今日も疲れたぁー」
部室で着替えていると、れなが寄りかかってきた。
「ちょっとれな、、。あっつい、、」
「今日マジで限界超えすぎた。ホントに疲れた」
れながそう言ってひばりの持ってきた汗拭きシートを一枚抜き取っていった。
「れな、最近さらに走れるようになってきたじゃん。もしかしたらベンチ入りあるかもよ?」
六谷ことのがれなに言った。
「走れるって言ったらひばの方がヤバいですよ。怪我明けから全然時間たってないのに、もう元通りになってるんですよ」
「確かに」
「ひばはちょっと引くレベル」
「ちょっと何てこと言うんですか」
先輩たちのひどい言いように呆れながら、ひばりは急いで制服に着替えていく。
「ね、明日午後からだしさ、夜ご飯どっかで食べない?」
「ごめんれな。先約ある」
ひばりがそう断ると、れなは顔を近づけてきて声を落とした。
「また橋本さん?たまにはいいじゃん?」
「ううん。今日はるのじゃないよ。るるの家でお泊り会、だって」
「え、何それ楽しそう。行っていい?誰いるの?」
「るると、そらと、あと誰か呼ぶって言ってたけど行ってみないと分からないらしい」
「んー。じゃあいいや」
ひばりがそらと仲を深めてから、教室の中でひばりたちのグループとそらたちのグループがかかわることが増えた。にいなは少しずつそらと関われるようになってきたが、れなは未だに彼女との距離感を保ったままだ。
ひばりは誰よりも早く帰る支度を整えると、部活が終わったことをるるに報告するためスマホを取り出した。一件の新着メッセージが届いている。
『ひーちゃん、突然ごめんね。いつものところで待ってます』
るの、、!
いつものところ。それはお互いに部活があった日、一緒に帰るときに合流していた場所だ。ひばりは部室にいる部員たちに一声かけてから飛び出し、急いで校舎を出た。自転車にまたがって坂を下りていく。
なんで急に会いに来てくれたんだろう。ホントはあたしから行かなきゃダメなのに。あ、まさか、、!
ひばりの頭の中で、るのが頭を下げながらこう言う。
「別れよ。ひーちゃん」
さーっと血の気が引き、いやな汗が噴き出る。ひばりは久しぶりにるのに会える喜びと、こちらからアクションを起こせなかった申し訳なさと、もしかしたら別れ話になってしまうんじゃないかという不安が入り混じる中で、るのとの約束の場所へ急いだ。
いつものところにはすでにるのがいて、こちらに気付くとるのが安心したような顔をしてほほ笑んだ。ひばりは自転車を降りると同時に、
「ごめん!るの!」
と言いながら駆け寄った。勢いあまって肩をつかむ。
「あたし、あの時めっちゃ感情的になってた。怪我明けで不安だったし、嘘つかれてちょっとショックだったし、先輩の考えてることよく分かんないしで、いろいろぐちゃぐちゃだった」
るのは驚いて目を見開いている。ひばりはかまわず続ける。でないとるのが、遠くへ行ってしまうと思ったから。
「だからえっと、いったん、いったん話し合いたくって!別れようって言いたいならそれが終わってからじゃダメかなって」
「ん?ちょちょちょっと待って。なんで別れるとかいう話になってるの?」
「え?」
「わたしあんなことですぐ別れるとか思わないよ!わたしだって、ひーちゃんに謝りたいなって思って来たんだし。これがひーちゃんが今頑張ってるバスケの足かせになったら嫌!すっきりさせたいの!」
るのは少し怒り気味でぽかぽかとひばりを叩いた。
「嘘ついちゃってごめんなさい。ひーちゃんに余計な心配かけさせたくなくって」
「余計な心配って、、。」
「でも違った。大事に思ってるから心配させないんじゃなくって、大事な人にだからこそ、ちゃんと話しておかなきゃいけないことだったって分かったの」
ひばりはるのが制服をぎゅっとつかんでいるのが分かった。
「あたしの方こそ、あの場で感情的になったのがダメだなって思った。るのの言葉をちゃんと聞いとけばって。ほんとにごめん」
「ううん。わたしこそ、、、」
るのはそう言うと、ひばりの腕の中に入った。るのの体温が胸から腹にかけてじんわりと伝わる。
「大好き。るの」
「わたしも。ひーちゃん大好き」
二人は抱き合った。夏の蒸し暑さを気にすることなく、じんわりと汗のかく肌を寄せ合う。
「ん。ひーちゃん、電話来てるよ」
しばらく抱き合った後、るのが気付いて言った。
もー。誰だよ邪魔して、、。
ひばりはるのを片手で抱いたままスマホを取り出した。相手を見た瞬間、ひばりは今日のこれからの予定を思い出す。
「やっばい、忘れてた!」
ひばりは急いで電話に出ると、開口一番にごめんと誤った。
『いいよー。部活長かったね。こっち来れそう?今から夜ご飯作るけど』
るるはこちらの事情を知らないので、余計に申し訳なくなる。ひばりはるるにちょっと待ってて、と言うと、スマホを口元から離して、
「るの、今日るるの家で泊まろうって話になってたんだけど、一緒に来る?」
「いいの?」
「るる、今の聞こえた?オッケー?」
『いいよー。てか今何してんの?なんではっしーと一緒にいるわけ?』
ひばりはるのにグーサインを出すと、るのは嬉しそうにスマホを取り出して親にメッセージを送る。
「後で説明する。じゃ、今から急いで向かうね」
『あ、待って待って』
ひばりが電話を切ろうとすると、今度はるるが待ったをかけた。
『そらが買いたいものがあるから、うちの近くのスーパー寄ってって。URL送くるから。あと、そらも行くらしいからそっちで合流してくれる?』
「うん、了解」
『じゃ、またあとでねー』
ひばりは電話を切ると、るののほうを見た。るのも泊りの許可が出たらしい。ぐっと親指を立てた。
「よし、じゃあ行こっか」
ひばりは自転車にまたがると、るのに後ろに乗るように促した。
「わ。なんか久しぶりかも」
るのはそう言いながら乗ると、ひばりの腰に腕を回す。ひばりはそれを確認すると、サドルから腰を浮かせてペダルを勢いよく踏み込んだ。
ぐっとスピードを上げた自転車は、前に前に進んでいく。夏の夜の風を感じながら。




