夏休みー橋本るの(1)
時は少し遡り、2週間前。
るのは同じ部活で2年2組の新見あいと共に体育館に来ていた。体育館で練習中の男子バスケ部に所属する2年4組の菅沢俊へ誕生日プレゼントを渡すためである。体育館に入る直前にひばりと会い、ギャラリーにいれば練習の邪魔にならないと教えてもらってそこに行った。ひばりの言っていた通り、数人の生徒がギャラリーで男女のバスケ部の練習を見ている。
「あ、菅沢君いた」
あいがすぐに俊を見つける。
「どうしよう、、。ずっと話してる、、、」
「うーん、一人になってくれる瞬間があったらいいんだけどね」
二人で俊の動きを見ながらも、るのは時々別メニューをこなすひばりのことを見ていた。テスト前であるにも関わらずにリハビリに精を出すひばりを、るのはずっと見てきたのだ。車いすから解放され、自由に動けるようになったひばりの姿で、不思議と泣きそうな気分になった。
しばらくして、男子バスケ部が休憩に入った。俊はるのたちのいるギャラリーの真下で部員とじゃれ合っていたが、声をかけてその場から離れると、反対側のゴール下へ行って落ちていたボールをこちら側のゴール下へと投げて行く。
「せんぱーい!それ俺らやります!」
るのたちの側のギャラリーの下から声が聞こえた。
「いーいー!ちゃんと休めー!」
俊は手をひらひらとさせて言った。
「すごいよね。時期副部長なんだって」
あいはそんな俊の姿を見ながらつぶやいた。るのはあいの方へと視線をやる。俊をまっすぐに見ている彼女の顔は恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうである。
るのが俊へ視線を戻すと、俊以外がるの達側のギャラリーの下へ集まっていた。俊は反対側でボールを拾っている。
「あいちゃん!今、今!」
るのはあいの制服を引っ張って促した。偶然生まれた絶好のチャンスだ。
「で、でも、、、」
あいはためらっている。
「今ならだれも見てないよ!」
るのは誰も見ていないことを確認すると、手を小さく振った。
「大丈夫。勇気出して」
るのはそう言いながらあいの背中にそっと手を置いた。俊がようやく気付きこちらを見る。あいは覚悟を決めたように一歩前に出ると、俊にこちら側のギャラリーへ来るようにジェスチャーをした。俊は俺?と言うように自分を指さすと、あいは頷く。俊はほかの部員を気にしながら体育館のステージの横にあるドアを開けて中に入っていった。
「ありがとう。るのちゃん」
あいはそう言うと、誰にも見られまいとギャラリーの入り口に行って俊を待った。
「いいえ。頑張って」
るのはぽつりとそう言うと、ひばりの方へと目を向けた。彼女は反対側にいて、外にいる誰かとしゃべっている。時折笑ってはいるが、無理をして笑っている時の顔だ。るのは誰と話しているのかが気になって正面まで移動した。ちらっと顔が見え、ぞくっとする。あの時のきつね顔が、腕をつかまれた強さが。
『俺がひばと付き合えるようにちょっと手伝ってよ』
当時の言葉を思い出す。
あの人、、、!まだひーちゃんのこと諦めてなかったんだ、、、!
るのはすぐそばに駆け寄りたかったが、あの時のことを思い出してしまい足が動かない。結局、成り行きを見届けることしかできなかった。
「るのさ、伊尾木先輩分かる?男バスの3年の人」
女子バスケ部の練習は15時半をさかいに前半と後半両方あったが、ひばりは今日が怪我明け最初の練習参加だったこともあり、前半だけで帰ることになっていた。ひばりは自習室で勉強して時間をつぶしていたるのと合流すると、開口一番に聞いてきた。
るのは急に尋ねられて驚き、咄嗟に
「ううん」
と噓を言ってしまった。ひばりに余計な心配はかけたくないのだ。ひばりはるのの顔をしばらくじっと見つめていたが、小さなため息をついて目線を外す。
「その先輩がさ、るののフルネーム知ってたんだよね」
るのは思わず足を止める。なぜ知っているのか。あの時はニックネームしか知らない様子だった。誰かから聞いたのだろうか。
「るの」
ひばりがるのの名前を呼ぶ。いつものような優しさはない、真剣な声色で。
「先輩に会ったことないって、嘘だよね」
一瞬で見抜かれた。
「その人がさ、るのからあたしの恋愛事情とか聞いたって言ってて、、、」
「そ、そんな話してない!」
るのは必死に否定した。るのには伊尾木のしたいことが全く分からず、純粋に恐怖を感じる。
「うん。るのはそういう話は絶対にしないってあたしも思ってる」
「そうなの。実は、、」
「でも、、、!」
ひばりはるのの言葉を遮って強く言い放つ。
「そういうところで嘘つかれると、、、不安になる、、!」
ひばりの声は震えていた。るのは必死に言葉を探したが、今は何を言っても無駄だと悟った。
「あたし今、どうすればいいのか分かんない」
その日は結局一言もしゃべらず帰った。次の日も会話もメッセージのやり取りもせず、その次の日も。そうしているうちに夏休みに入ってしまった。
るのは自分が悪いと自覚している上に、大会までに何とか調子を取り戻したい、と言っていたひばりに負担のかかることはしたくなかったこともあったので、自分から連絡をするのははばかられた。あれからひばりの方からのアクションはなく、一緒に帰ることもなくなってしまった。
大丈夫。インターハイが終わったらちゃんと話せば、、、。
るのはそう思おうとしたが、不安が毎日のようによぎり眠れぬ日が続いた。夏休み初日、もうるのは限界だった。ただ、誰にも言えない。伊尾木と自分のやり取りをひばりに言えば、彼女にさらなる負担をかけてしまうだろう。唯一るのとひばりの仲を知っている野口さおりに相談しても、きっと彼女からひばりに連絡がいってしまう。
『はっしー!』
ふとあの時、伊尾木の腕を振り払ってくれた人の声が頭の中で響いた。るのは泣きそうになるのを堪え、スマホを取り出してその人に電話をかけた。
『もしもし、はっしー?』
そらの驚いたような声が聞こえてきた。
「急にごめんね。実は相談があって、、、」
『あ、うん。、、、え?私に?』
そらは相当困惑しているだろう。
「うん。いろいろ事情があって、、」
『分かった。聞くよ』
「ありがとう。そらちゃん」
るのはこれまでのことを話した。当然、ひばりの名前は伏せて。
『じゃ、じゃあ、あの時の人がきっかけで、今付き合ってる人と疎遠になりかけてるってこと?』
「うん。わたし、どうしたらいいんだろうって、、」
るのはずっとずっと不安だったことを初めて口にする。口にしてしまえば、本当にそうなってしまいそうで怖かったからだ。
「このまま、別れちゃうのかなって、、、」
涙があふれてくる。るのは自分が情けなく思えた。
『絶対そんなことない』
そらのはっきりとした声が聞こえた。
『はっしーは何も悪くないと思う。その、えっと、相手の人も』
そらはゆっくりと言葉を紡ぐ。
『たぶん2人がお互いを大事にしあってるからこそなっちゃったことだと思う。だから話し合えば、きっと大丈夫』
るのの目には再び涙が浮かんでいた。スマホ越しにそらが心配そうに慌てているのが分かり、少し可愛くてふふっと笑う。
「ありがとう。そらちゃん。お陰ではっきりした」
『うん。よかった』
「じゃ、またね」
『うん』
るのは電話を切ると、ふーっと息を吐いた。
今、わたしにできること、、、。
るのはスマホを再び手に取ると、ひばりとのメッセージ履歴を確認する。女子バスケ部の今日の練習は午後だ。時間は17時を過ぎている。るのは急いで家を出る準備をし始めた。幸運なことに、今日は塾もない。
ちゃんと会って話さなきゃ。ひーちゃんと仲直りしたい、、、!
るのは30分で準備を終わらせてひばりにメッセージを送ると、急いで家を飛び出した。




