夏休みー成宮そら(2)
夏休み初日。そらは今日から3日間るるの家に泊まる。午前中の夏期講習が終わり、荷物を取りに行くため、そらはるるの家に行く前に一旦自分の家に寄ろうとしていた。
うみは2日後に東京へ発つ予定で、今日は朝からショッピングのために遠出をするらしい。夏休み中、うみが東京に行っている間とそらが夜に予定のある日、つまり今日から3日間はミサンガの世界には入らない、ということを事前に決めていた。今度2人で会えるのは、ミサンガの世界でも1週間後の水曜日である。
そらは肌を刺すような強烈な日差しに顔をしかめる。なんだか去年よりも暑い気がした。帰りのバスを待っていると、近くを自転車が通った。後ろを通り過ぎたと思ったら近くで止まり、そらに声をかけてきた。
「あ、ひば」
「お疲れ。夏期講習?」
「うん。そっちは部活?」
「そ。午後練」
車いすがなくなってから早くも2週間が経ち、ひばりの骨折はすっかり治っていた。部活の方でもやっと体力が戻ってきて、練習についていけるようになったらしい。
「今日は自転車なんだ?」
「え?あぁ、そうそう。今日から夏休みで駐輪場すいてるし、歩くより運動になるんだよね。学校が休みの時はいつもこうだよ」
ひばりは夏服のポロシャツを肩までまくっており、校則のスカートではなく部活のパンツで自転車に乗っている。顧問に見られたら一発アウトだろう、とそらが思っていると、彼女は降りてスカートをはき始めた。
「ここらへんでいっつも穿いてるんだ。バレないから」
ひばりはいたずらっぽく笑うと、スカートを穿き終えて再び自転車にまたがった。
「じゃ、またあとで」
「うん」
そらはひばりが学校に続く坂を勢いよく上がっていくのを見送った。しばらくしてバスが来たのでそれに乗り込む。車内は涼しく、そらは一気に生き返った気分になる。窓の外を流れていく風景を眺めながら、ふと違和感を感じた。なにか学校に忘れ物でもしたのかと、頭の中でここまでの記憶をたどる。
、、、してから、いつも通り学校から出てきて、あ、ひばに会ったな。それから、、、。
『じゃ、またあとで』
、、、ん?またあとで?ってことは、、、。
「お、そら。よく来た」
1時間後、そらはるるの家に到着した。まさかな、とおもいつつ、出迎えてくれたるるに聞いてみる。
「ゲストって、ひば?」
「え、なんでそれを、、、」
大当たりだ。動揺したるるだったが、咳払いをして姿勢を正した。
「だけじゃないぜ」
「え、まだいるの?」
一体何人呼んだのか。
「だからお楽しみだって。ほれ、上がった上がった」
るるは玄関のドアを開けてそらを中に通した。
「お邪魔します」
るるの家は一軒家で二階建て。一階にはリビングとキッチンが広がっており、二階には家族の個別の部屋があった。るるの家の家族構成は5人だが、現在住んでいるのは4人。本来はるるの上に4歳差の姉がいるらしいが、東京の大学に通っているので一人暮らしなのだとか。リビングには大きな机とテレビがあり、テレビの前には絨毯と座卓、その奥に3人掛けくらいの長さのソファーがあって、ソファーの上にはクッションが四つまばらに置いてある。テレビはつけっぱなしになっており、ソファーに男の子が寝そべってスマホをいじっている。
「るる姉ー。ケントだったー?」
「いやー。そらだったよー」
「いや誰やねーん」
彼はスマホから目を離してパッとこっちを見た。
「え!ほんとに誰?!」
彼は起き上がり、ソファーの上で正座した。
「るる姉の友達じゃ。挨拶しろ挨拶」
「友達じゃ。じゃねーよ!来るなら来るって言っとけし!」
彼はぷんすか怒りながらもそらに会釈すると、大きい足音を立てながら二階に上がっていった。
「弟の大輝。一応中三なんだよねー」
散らかしやがって。と文句を言いながら座卓の上にあったお菓子の袋を片づけると、そらに座るよう促した。
「さて、辛いことはさっさと終わらせよう」
「そうだね」
二人は夏休みの宿題を座卓に置き、気合を入れて座った。実はるるが泊まりを提案した理由の一つが、この宿題を手伝ってもらうことだったのだ。宿題を計画的に終わらせるタイプの人間であるそらは、最終日に泣きたくないと必死にお願いする彼女を拒否できなかった。
「とりあえず、つまづくまでやってみて」
そらは一番量の多い数学のプリントをるるに手渡し、自分は英語の長文に取り掛かった。
「ぐうぅ、一問目から泣きそう」
そう言いながらも、るるは涙目で問題を読み始めるのだった。
2時間ほどしてインターホンが鳴り、るるが玄関の方へ歩いて行った。ドアを開ける音がして、何やら騒いでいる声が聞こえてくる。そらはそれで誰が来たのか分かった。
「あ、成宮さんも呼ばれてたんだ。やっほー!」
るるの後に続いて、ゆみがリビングに入ってきた。ぱんぱんに膨れたビニール袋を持っている。
「じゃーん!これ、今夜のお菓子パーティーの主役たち」
「え?結局今日にしたの?明日とか言ってなかった?」
「明日は今日の余りでやればたぶん行けるって」
ゆみはるるの家に来たことがあるのか、冷凍庫を開けてアイスを入れると、トイレ借りるねーと言ってリビングを出ていった。
「じゃじゃーん。三人目はゆみでした」
「奥家さんもいたんだね」
そらは何となく予想していたが、本当に彼女だったとはと少し驚いたのと同時に、ゆみとひばりが話しているところを見たことがないので、一晩泊まるのに気まずくならないのだろうか、という懸念も感じた。先ほどのゆみの様子を見るに、彼女も泊まる人のことを教えてもらっていないようだ。そして当然ひばりにも、このことは伝達されていないのだろう。
少しの不安を抱きながら、時間は進んでいく。ゆみも宿題を持ってきていたので、3人でだらだらと宿題を進めながら雑談に花が咲く。しばらくすると階段を下りてくる足音が聞こえ、大輝がリビングに戻ってきた。
「え、増えてる、、、。って、ゆーみんじゃん」
「あ、大輝。お邪魔してまーす」
「お邪魔でーす」
「ひどいでーす」
会話を聞く限りでは、大輝とゆみは結構仲がいいらしい。やはり、なんどか家に遊びに来ているのだろうか。
「てかるる姉。母さんたち居ないからってバンバン友達呼ぶなよ」
「るるちゃんから聞いてないの?今日と明日泊まるんだよ」
「は?!だからなんで言わねぇの?!」
「みんないるとこで言ったけど。どうせ大輝スマホ見てて聞いてなかっただけでしょ」
「るっせぇデブ」
「は?いまなんて言った!チビ!」
「おまえもだろ!」
「おまえって言うな!」
るると大輝は見る見るうちに声を荒げて怒鳴り合いを始めた。ゆみはやれやれといったようにため息を吐くと、大輝の方へ駆け寄った。
「はいはいはい。そこまでそこまで。大輝、あんた部活は?」
「今日はねーよ。明日午後練」
「じゃあ今フリーじゃん。ゲーム機持ってきてるから対戦しよーよ」
「は?別にいいけど」
大輝はゲームという言葉にあっさりと踵を返し、ゆみと階段を上がっていった。
「ふっ。私の勝ちだ」
るるはどや顔をしていたが、そらから見ればゆみの一人勝ちだ。そらは今の一連のやり取りを見て、自分と兄の口喧嘩を見ているようだった。
「なんか、仲良いね」
なんとかフォローしようとして出た言葉は、自身が兄とけんかしていた時によく言われていた言葉だった。
しばらくぶつぶつと文句を言っていたるるだったが、やがて落ち着いて大きくため息をつき、
「私は姉。私は姉」
と言いながら二階に行き、しばらくすると下に降りてきた。そらが心配そうに見上げていることに気付いたるるは、
「私はお姉ちゃんなので、ちゃんと弟の機嫌を取りました。ほめて」
と言って両手をプラプラさせてきたので、そらは
「偉い」
と言って足をぽんぽんなでてあげた。
結局ゆみはその後リビングに降りてくることはなく、おそらく大輝とゲームをしているのだろう、時折二階からどんどんと足音のようなものが聞こえた。そうしてそらとるるの二人で宿題を進めていると、絨毯の上に置いていたそらのスマホが振動した。
「ん、そら。電話来てるよ」
るるは英文を懸命に読んでいたそらに声をかけた。そらはスマホを持ち上げて画面を見る。
「ちょっと出てきていい?」
「うん。あ、廊下だと声聞こえるから外出た方がいいかも」
「ありがとう」
るるの気遣いに感謝しながら、そらは自分のスニーカーを履いて外に出た。むわっとした空気が全身を包む。そらは服をあおぎながら電話をかけてきた人の名前をもう一度見た。間違いではない。通話を開始する。
「もしもし、はっしー?」
電話の相手は、ひばりの彼女でもある橋本るのだった。




