夏休みー成宮そら(1)
テスト返却も終わり、またいつもと同じような日々へと戻って早くも2週間。成宮そらたちの高校では夏休みが始まろうとしていた。夏休み前日である今日の5,6時限目は全校集会なので、4限目が終わると生徒たちの声に活気が戻ってきていた。
梅雨もすっかり明けてしまい、むわむわと湿気のこもる暑さの中を、ジワジワとセミの声が埋め尽くしている。教室の中はエアコンが効いてもはや寒いというところまで来ているが、一歩廊下に出るとその暑さで前へ進む気力がなくなってしまいそうになるし、少し窓やドアを開けるだけで蒸し暑い空気が室内の空気を押して入り込んで来ようとするので、端に座る生徒たちは少しの隙間も明けまいと必死になっていた。日差しも鋭く、濃い青でいっぱいの空を漂う縦に伸びた雲が影を作っているほどである。
「ていうかさ、なんでわざわざ体育館まで行ってどうでもいい話聞かなきゃいけないんだろって疑問じゃない?」
「確かに。今こそリモートとか使えばいいのに」
昼食を食べながら次々に愚痴を言っているのは、奥家ゆみと唯川やこである。外内るると体育祭を通してよく話すようになり、それまでるるがゆみとやこと仲が良かったことや体育祭のリレーで何度か話したこともあって、彼女たちとも話すようになっていったのだ。ゆみは吹奏楽部で、やこは陸上部である。ゆみは休み時間の時は一人でいることが多いが、人と話しているところを見ると人付き合いが苦手、というわけでもなさそうである。そして何かと運がない。一方でやこは明るくも暗くもない性格で分け隔てなく誰とでも接するので、友好関係は広いのだろう。いつも誰かと一緒にいるが、その相手は頻繁にころころ変わっていく。
「いやー、マジですごいよ体育館部活の人。あんな密閉空間でがんがん動けないってフツー」
「わたしからしたら、外部活も日焼けとかめっちゃしそうだけど」
「それだけでしょ。まだ楽まだ楽」
「うへー!」
二人が相当話してくれる一方で、そらもるるもそこまでしゃべる方ではないので、基本的に彼女たちの会話を聞いている。
「ていうか、この時期のサッカーって結構しんどくない?」
「んー。給水忘れると死ぬ」
「それはどこの部活でもそうじゃない?ってあぁ!!トマトが!!!」
「あぁーーー」
「わ、きたね」
「るるちゃんひどくない?!」
そらは彼女たちの会話を笑って聞いていた。するとドアが開いて藤堂ひばりと村川れな、榎田にいなが教室に入ってきて、ぎゃいぎゃい騒ぐゆみの後ろを通っていく。
「わー、ゆみ来てから急にうるさくなったねここら辺」
にいなが驚きながらそう言い、れながそれに同意して頷く。ひばりはそれにふふっと笑みを浮かべながら自分の席の方に向かって行った。
テストが終わると席替えがあり、そらはひばりの隣ではなくなった。その代わりにれなが左斜め前、るるが左斜め後ろにいるので、前回の席の様に自然と会話が発生していくのには変わりなかった。
「あ、そーいえばさぁ」
昼食をとり終わり、やことゆみが下駄箱にある自動販売機に行ったときにるるがそらに話しかけた。
「夏休みの最初の3日さ、うちの親両方とも出張らしいんだよね」
「あ、そうなんだ」
そらは、二人とも出張って仕事大変そうだな、と思ってしか聞いていなかった。
「でさ、そら。弟居るんだけど暇だしウチ泊まりこない?」
「えぇ?!」
そらはるるの言葉を理解するのに時間がかかり、しばらくして驚いて声を出した。しかしそこにるるはいない。いつの間にか周りのクラスメイトも消えていた。ミサンガの世界である。
「そーらちゃんっ!」
そらがミサンガの世界であると気づいた瞬間にドアが開き、立花うみが入ってくる。
「あ、うみちゃん」
「え、この教室涼しっ!」
うみはそらの座っている前の席の椅子を引いて逆方向に座った。そらと向き合う。
「今日さー、うちの教室の冷房ぜんっぜん効いてなくて!ホントに暑くて最悪だったんだけどさー、こっちの教室さいこーじゃん。いいなぁー」
「あー、、、。なんかクラスの男子が温度下げてくるって言ってた気がする」
「えー!こういうのって職員室で一括管理じゃないの?」
「たぶんそうだけど、それからしばらくしたら涼しくなったかも、、?気のせいかな」
「ぜったい気のせいじゃないって!あー!不正だ!不正!」
「小学生みたいになっちゃった」
ミサンガの世界では相変わらずずっと一緒にいるからか、最近はこんなやりとりまでできてしまう、とそらはうみとの関係値がどんどん上がっていくのを嬉しく感じていた。
「あ、そーいえば、そらちゃんの言ってた現実の世界でやりたいことさ、結構何とかなっちゃうかも」
「ホントに?」
「うん。ホント。だから楽しみにしといてねっ!ってことでー、、、」
そらが提案したものはどれもうみが一人でいるときにはしたことがないであろうことを2つ提案した。うみはとにかく好奇心が強く、提案を聞いたそばからやってみよう!と即決していった。そのうち一つは準備が必要なのだが、それは話し合いの結果、うみが用意してくれることとなったのだ。うみは来る夏休みへの期待からか、目をキラキラさせながらこう言う。
「今日はなにしよっか?」
二人で誰もいない職員室で冷房の温度を下げたり、教員の座っているふかふかの椅子で遊んだりしていると、うみがふと言った。
「いやー、夏休み楽しみですね~!」
「そうだね」
「にしても、夏休み中ホントそらちゃんと予定全然合わないねー!」
うみはそう言って豪快に笑う。
「そうだ。この前気になったんだけどさ、宿のバイトってどんなことやるの?」
「夜ごはん作ったり、買い出し行ったりとかだよ。でも利用する人とは全く関わらなくて、遅くても21時くらいには終わるから夏期講習中でも全然大丈夫なんだよね」
「す、すご、、、」
うみは驚いて椅子の上で動きを止めた。
「お金貯めて何するの?旅行とか?」
そらは変なポーズのままでいるうみにそう問われ、少し考えた。
「うーん、、、」
「去年は何に使ったの?」
なかなか答えの出ないそらにうみがフォローの質問を投げた。
「去年はお母さんの口座に入れてって言ったら怒られて、、、」
そもそもそのバイトを始めたのが女で一人で働いてくれる母親に少しでも楽になってもらいたいと思ってのことだったのだが、どうやら大学進学までの費用は離婚した元父親も負担しているそうで、そんな気遣いしなくていいと、逆に怒られてしまったことは今でも鮮明に覚えている。しかしその後のことはあまり覚えていない。結局机の上に置いて放っておいたのが、いつの間にかなくなっていたような気がする。
「なんで自分のお金どこ行ったのか把握してないの?ていうかお給料手渡し?」
うみはあり得ないというように首を振った。
「じゃ、今年の分はこの先現実の世界で自由に使えるように貯金しておこうよ!夏休み終わっても現実の世界で遊ぶかもしれないしねー!」
そらは想像してみた。将来、バイクを買っている自分。そしてそのバイクで後ろにうみを乗せ、いろいろなところへ行く自分。
「うん。そうする、、、!」
そらは能天気な妄想にワクワクしながら、嬉しそうにそう答えるのであった。
ミサンガの世界から帰ってくると、目の前にはるるがいた。
あ、そうだ。るるの家に泊まらないかって話だったっけ。
「いいの?」
「え、反応うっす」
一度目の反応はミサンガの世界でしてしまったので、そらとしては二度目の反応だったがるるにとっては最初の反応なのだ。るるはつまらなそうにそう言って半分あきれ顔だったが、首を振って咳払いをして気を取り直して親指を突き立てた。
「もち。来なよ。歓迎するぜ」
そらはどや顔のるるをみてふふっと笑った。
「じゃあ、お邪魔します」
「よし一人確保!じゃあ、泊まる人はその日のお楽しみってことで」
「サプライズなんだ」
「そっちの方がわくわくするでしょ?あ、ちゃんとそらが大丈夫な人に声かける予定だから安心してよ」
「あ、うん。ありがとう」
そらがそう言ったところで予鈴がなった。
「そろそろ移動しろー!」
廊下を巡回していた先生がそう言うので、そらたちは席を立って体育館へと移動していく。全校集会での校長の話はどうせ長いだとか、体育館の暑さにどのくらい耐えれるのかとか、そんな話をしながら廊下を進む生徒たちはみな、明日からの長期休みにどこか浮足立っていた。
そんな彼女たちの夏休みが始まる。




