初夏ー立花うみ(2)
うみはくるみからの電話をうけ、急いでくるみがいるという駅に向かった。新幹線が止まる駅から一本で行ける大きい駅だ。電車に乗っている間に身バレ防止用のマスクと伊達メガネを付け、なるべく目立たないように電車の隅に縮こまる。東京で電車に乗ることがあまりなかったうみは乗り換えに苦労しながらもその駅に着き、走って改札を出る。
「はぁ。はぁ。やっとついた。えっと確か、、、」
うみはその駅の中にあるチェーン喫茶店に着いた。ガラス張りで外から店内が見える様式で、うみはくるみの姿を探す。
「おーい、こっちこっち〜」
くるみは喫茶店の中でうみに気付くと、ひらひらと手を降った。うみと同じように身バレ防止で帽子とマスクを着けているが、金髪のショートボブに耳に空けた無数のピアス、襟の広い白のTシャツは肩のラインをあらわにし、デニムのショートパンツにはダメージが入っていて、大分浮いた格好をしている。うみはすぐに彼女に気づいて店内に入っていく。
「ほい、おつかれおつかれ」
くるみの前にうみが座ると、くるみはコーヒーを差し出した。あらかじめ買ってくれていたようだ。
「わ!ありがと」
「これ好きだったでしょー」
うみはこそこそとマスクを外して一口飲んだ。いつもと同じコーヒーの味と、目の前でにこにこしながらこちらを見てくるくるみの姿に、東京に帰ってきたような気持ちになった。ふう、と一息ついてうみはくるみに聞いた。
「なんでここにいるの?くるみ」
くるみはふふっと得意げに笑うと、持っていた紙の子袋をうみに渡してきた。
「色々理由はあったんだけど、建前はこれ」
「あ、、、」
紙袋から赤いカバーのスマホが出てきた。うみが仕事用で使っていたスマホである。東京からこちらに移動してきた際、マネージャーへ郵送したのだ。
「あんちゃんのマネさん、めっちゃ心配してたよ。あんちゃんが休止中に何かあったらどうしようって。あんちゃんさ、マネさんに仕事用のスマホの電話番号しか教えてないでしょ?」
そういえばそうだったっけ。
今思えば確かにこちらに持ってきたプライベートのスマホにマネージャーからの連絡は一件も来ていない。その様子を見ていたくるみはため息を吐いた。
「全く。しっかりしてそうで抜けてるんだからもう」
「ありがとね!くるみ!」
うみにとって、くるみは芸能界の姉のような存在であった。年は2つしか変わらないが、彼女の方が芸能活動は長く、うみが入りたての頃はよく助けてもらっていて、今でも気楽に色々と相談できる大切な友達だ。
「そういえば、さっきこれ建前って言ってたけど、ホントはなんでなの?」
「あぁ、そうそう」
くるみはそう言いながら座り直し、指を一本立てた。
「まず一つが、今の状態がどうなってるのかっていうのを確認してほしいってマネさんに言われたこと」
「元気!」
「うん、それはもう電話越しに十分伝わったよ」
くるみは笑って指をもう一本立てた。
「二つ、ただ単にくるみがあんちゃんに会いたかった」
「じゃ、それも達成?」
「そうだね。ホントは思いっきり抱き着いてあんちゃんへの愛を叫び散らしたいとこなんだけど、さすがにここじゃできないから我慢我慢」
もう一本の指を立てたくるみは、急に真剣な顔になった。
「三つ、あんちゃんにこの後どうするかっていうのを聞きたい」
「この後?」
「そ。今さ、芸能活動休止ってことになってるけど、それをどうするのかっていうのを聞きたいの」
急に真剣な話になるのはくるみと付き合いの長いうみにとって当たり前のことだったが、今日はいつにもまして急である。うみはとっさに答えることができずに首を振った。
「まだわかんない」
「ま、そうだよね。こんなの初めてだしね」
くるみは表情を崩して、店の外を眺めた。
「実際あんちゃんに休止勧めたのくるみだし、くるみにも責任はあるから、、、」
くるみが視線を戻してうみをまっすぐに見つめる。
「だからくるみも一緒に考えたいの。休止にさせてはいじゃあね、ってことできない。だってあんちゃんはくるみの大事な人だもん」
くるみの声が震えているのに気づいた。きっと彼女も心配なのだ。
「くるみ、、、」
うみが心配そうなのを見て、くるみはぱっと明るい表情にすぐに戻った。
「ま!今日中に決めろ!ってことでもないし、ゆっくり決めてこ!」
くるみはコーヒーを飲み終え、すくっと立ち上がった。帽子やマスクをしていても、すらっと長い手足に自信あふれる所作が普通の人とは違う。そらと同じくらい、あるいはもっと高い身長も相まって、彼女から出るオーラは本物だった。
「ほら!あそぼあそぼ!せっかく久しぶりに会ったんだし!」
そう言って二人で店を出るのだった。
二人は駅の外にある施設で遊んだ。夏服を買ったり、近くにあった有名なクレープ屋に行ったり、プリクラを撮ったりして一日が過ぎていく。ゲームセンターから出たころには、すっかり日が暮れていた。
「おなか減ったねぇ」
「ねー!」
「なんか食べたいのある?」
「お肉!」
「めっちゃアバウトなんだけど、、。あ、くるみ久しぶりにファミレス行きたいかも。いーい?」
「いいよ!いこいこ!」
二人は近くにあったファミレスに入った。幸いそこまで遅い時間ではなかったので混んでおらず、すんなりと席につけた。
「あぁー。めっちゃ遊んだー」
くるみがぐっと伸びをする。
「なんか久しぶりに一日遊んだかも」
「え、ホント?くるみも」
二人は注文を終えてメニューを片付ける。
「ね、くるみ。カフェの時の話なんだけど」
うみはカフェを出てくるみと遊んでいる最中、ずっと考えていた。
「わたしの休止の後の話」
説明もなければ期限も何も決めないまま休止に入ってしまった。応援してくれる人、憶測で盛り上がっていく人、第三者目線で”大瀬良杏奈”の芸能活動への姿勢を批判する人、様々いた。うみ自身もこのままでいいはずがないことは分かっているのだ。
「わたしもね、このままずーっと説明もせずに休止して、ずーっと活動再開しないっていうのがダメだって分かってる。いつかちゃんと自分の口から説明して、そうしてから再開したい」
ただ、、、。
「でも今はまだ、それが怖い。ギリギリで保ってる自分の殻が崩れちゃうかもしんなくて、、、」
休止の理由を世間に発信したら、うみは、”大瀬良杏奈”はどうなってしまうのか。活動再開ができる状況になるのか。どんな方向に傾くのであれ、受け入れる準備が今はまだ足りていない。ふと、そらの顔が頭をよぎった。
あんな偉そうにそらちゃんに言っといて、うちも全然臆病じゃん、、、。
そう思った瞬間、そらの覚悟を決めた時の、しっかりとうみの目を見て自分の気持ちを言うそらの顔を思い出した。
うちも、そらちゃん見習わなきゃなぁ、、。
自然とリラックスでき、笑みがこぼれる。
「あんちゃん?」
くるみの言葉に現実に戻された。
「あ、だからね!」
うみは座りなおしてくるみをじっと見つめた。
「だから、覚悟が決まったら、もう一回くるみとちゃんと話したい。わたしがどうするかってこと」
くるみは真剣な顔でしばらくじっとうみを見ていたが、ふっと表情を崩して頷いた。
「分かった。じゃあその時が来るまで、くるみはちゃーんと待ってたげる」
「うん!」
うみもつられて笑顔になり、やはり、彼女と芸能界で最初に知り合えたことは幸運だったと、改めて感じるのであった。
夕食も食べ終わり、すっかりいい時間帯になったころにファミレスを出た。外は帰路に就くサラリーマンや、大学生の集団が歩いている。くるみはわいわい騒いでいる大学生に目を向けていた。その羨望の目を見て、うみは2歳差のくるみが大学1年生の年齢であることに気付く。しかし彼女は高校卒業と同時に芸能活動に専念するため、大学には進学しなかったのだ。
きっと大学生って、くるみから見たらきらきらしてるんだろうな、、、。
「くるみ!」
「ん?」
「わたしが二十歳になったら最初絶対くるみとお酒飲みたい!」
「ふふっ。まだまだ先の話じゃん」
「ね!約束!」
「はいはい。もー!かわいいんだからホントに、、、!」
くるみは嬉しそうにうみに抱き着いた。うみもつま先立ちになって抱きしめ返す。彼女の香水の匂いがふわっと全身を包んでいくような、安心感のようなものがうみを覆う。
「じゃ、くるみは東京帰るからね。あんちゃんも元気で高校やりなね」
「うん!」
「また夏休みねー!ばいばい!」
「ばいばーい!」
二人は駅で別れる。くるみはそのまま新幹線の通る駅へ、うみは自宅のある駅へと、電車に揺られて向かって行く。
「ホントにありがとね。くるみ、、、」
うみは別れ際のくるみの笑顔を思い出しながらそう呟く。なぜか、鼻の奥がつーんと痛かった。




