初夏ー藤堂ひばり
「車いす卒業っ!!!」
「わ、ホントだ」
「自分の足で立ってる、、、!」
5月末のテスト最終日に両脚と腕の骨にひびが入ったひばりは、2ヶ月弱の期間を経てようやく自由に動けるようになった。といってもまだ完全に自由に動き回ることはできない。骨がくっついたのを確認した後、リハビリをしながら少しづつ動けるようになっていった。そしてテストが終わったその足で病院に行き、最終チェックを終えて自分の足で地面に立つことができたひばりは、そのまま練習をしていた女バスの面々に見せるためにもう一度学校に戻ってきていた。部活のメンバーからは祝福の声が溢れていた。
「順調そうで何より。とりあえず、しばらくは別メニューで様子見。激しく動くのは絶対しないこと」
顧問はそっけなくそう言うと職員室に戻っていった。
「てかひば、あんたすごいね。普通今日くらいサボるって」
先輩の奥野きくが信じられないというように笑いながら言った。
「動かなすぎて逆に動きたいですよ今」
「わんぱく小僧か」
きくはけたけた笑いながらも続けた。
「ケガ再発しないようにゆっくりやりなね。まだ大会にだって間に合うんだから。焦んない焦んない」
「はいっ!」
ひばりの先輩たちは結構適当な性格をしているように見えて、いろいろ気遣ってくれる。ずっと真面目一点な性格をしているひばりは、そんな彼女たちを先輩としても人としても尊敬していた。
女子バスケ部のメンバーが練習に汗を流している中、ひばりは別メニューで体をほぐしていく。マネージャーにはメモ書きだけ貰って、先輩たちのサポートを優先してほしい意を伝えた。
「やっば。あっつ」
ひばりは思ったよりも体育館の暑さにやられていた。ブランクの間気温の急激な上昇はずっと感じていたが、いつものように体育館で日に日に暑くなっていくのを肌で感じられなかった。そのせいで去年よりもこの蒸し暑さが辛い。一度外に出て風に当たりにいった。
結構ヤバいな、、、。
ひばりはそう思いながらも、先ほどのきくの言葉を思い出す。
そうだ。今はケガ再発しないでコンディション戻さないと。今日一日で取り戻せないんだから。焦るなあたし。
ひばりはごちゃごちゃになった感情や思考を吐き出すように大きく深呼吸をした。鼓動が落ち着き頭が冴えていく。
大丈夫、大丈夫。
ひばりは自分に言い聞かせながらもう一度深呼吸をするのだった。
落ち着いたので体育館へ戻ろうとすると、聞き馴染みのある声が聞こえた。
「あ、ひーちゃん」
「あれ?るの。なんで体育館いるの?」
料理部である彼女が授業もなく体育館に来るのは珍しい。ましてや今日は料理部はオフなので、そもそも学校に残っていること自体が珍しい。
「えっとね、どこから説明しよう、、、」
るのは一瞬眉間にしわを寄せたが、手をパンと叩いて隣にいた女子に向けた。
「この子、2組の新見あいちゃん」
「あ、ども」
あいがひばりに頭を下げる。ひばりはるのの話の中に時々でてくる名前なので、すぐに料理部の人だとわかった。
「同じ部活の子!でね、あいちゃんは好きな子がいて、今日が誕生日らしくって。だからプレゼント渡そうよって話になって、体育館に来たの」
「そういうことね」
ひばりはふーんと思いながら、るのの隣で小さくなっているあいを見た。熱中症にでもなったのかと思うくらい顔が真っ赤である。
「だから別に今じゃなくっても、ほら、あっちの部活終わってからとかでも、、、、」
ひばりの後ろの体育館から漏れてくる声に負けそうなくらい小さい声でごにょごにょ言い訳を言っている。
「でもこのあとバイトなんでしょ?」
「1日くらいサボっても大丈夫、、、。だし」
「も〜」
ひばりはそのやり取りで中学時代の自分を思い出し、少し恥ずかしくなった。何とも言い表せないこそばゆさが全身を巡る。
「そうだ、あたし呼んでこようか?」
ひばりは思いつきでそう言ったが、彼女は大きく首を振る。
「やめてやめてやめて!校内でうわさになる!」
一体どうすればいいのか。ただ、ひばりには彼女の気持ちが少し分かる気がした。ここに来るまでは、渡してやる!自分ならできる!と思っていても、いざ目の前にすると、脳がショートして突然ネガティブになったり、深く考えてしまって自暴自棄になったりするのだ。
「とりあえず、中入る?ギャラリーにいるなら部活の邪魔にもならないし、暑いけど何人かそこで見てる人いるから」
ひばりの提案に、あいは少し考えてから頷いた。
「私も一緒に行ってあげるよ。ほら行こう?」
るのがそう言って彼女の前を堂々と歩いていった。ひばりも2人の後について入っていく。
「じゃ、頑張って」
「あ、ありがとうございます。藤堂さん」
「ばいばいひーちゃん。また後でね」
2人を見送った後、ひばりはまた別メニューを開始する。るのたちと話したおかげで、焦っていた思考はどこかへ行ってしまった。ひばりは黙々とメニューをこなしていった。
「ひばー、ボール触るー?」
本メニューのほうが休憩に入ると、六谷ことのがボールをつきながら言ってきた。
「いいんですか?」
「いいよいいよ。今休憩中だし、顧問もいないし」
ことのは笑いながらボールを渡した。久しぶりに触ったボールから、手のひらにじんと熱が伝わる。
この感じ、ホントに久しぶりだ、、、。
ひばりは2、3回ほどボールをつくと、その場からシュートを放った。もちろん、ジャンプなどはせずに。ボールはきれいな放物線を描き、ゴールへと吸い込まれていった。シュッとネットとボールが擦れる音に、少しの快感。
「ないしゅ」
近くで見ていた先輩がボールを拾って渡してくれた。
「ひばー!へーい!」
きくが逆のゴールへ向かって走り出した。ひばりはパスを出した。
「ボールはやぁ!ホントにブランクある?!」
きくはパスをもらいながら叫んだ。周りの部員が笑う。
「きくー!」
「へーい!こっち!」
水を飲んだ先輩たちが次々にボールをもらいに行く。休憩中の緩いパス回しと雑談。ひばりはこの雰囲気を久々に感じた。
はやく治して、みんなとバスケしたいなぁ、、、。
ひばりは先輩たちが無邪気にボールに群がる姿をみながらそう思った。
「あれ。ひばじゃん」
ふと、後ろから声がした。振り向くとそこには、怪我をする前にいつも話しかけてきた男バスの副部長がいた。
「伊尾木先輩、、、」
伊尾木雄平は名前を呼ばれるとくしゃっと笑いながら手を振ってきた。
「なーんか久しぶりじゃね?ひば」
「へー。怪我したって聞いてたけど、両足にヒビって。マジでヤバかったんじゃん」
女バスの練習の邪魔にならないように、ひばりと伊尾木は体育館の隅に移動して話していた。
「もう動いて平気なん?」
「激しく動くのはダメなんですけど、歩くとかは普通に大丈夫です」
「へー。俺足の骨折ないからわかんねーわ。大変そ」
「大変ですホントに」
ひばりはへへっと笑いながら女バスの練習に目を向けた。しばらく沈黙が続く。練習をしている部員たちの声と、ボールが床にぶつかる音、靴が床にこすれる高い音がぐちゃぐちゃになって耳に入ってくる。ふと伊尾木が口を開いた。
「なんかさー、体育祭終わってカップル増えたよなー」
ひばりは伊尾木に目をやる。彼はひばりとは逆に体育館の外に目を向け、校舎の中を歩く男女を見ていた。
「うちの1年もさ、何人かマネージャーに告ったとか噂流れてたわ」
「そうなんですか」
「あと2年間も同じ部活なのによく行動できるよなー。別れた後に気まずくなるとか、ふつーに考えないのかね」
「恋は盲目って言いますから」
「え、ダルっ」
伊尾木はそう言ってけたけた笑う。
「ひばそういうのなさそう」
「そういうのって?」
「恋愛」
ひばりの脳内にるのの笑顔が浮かんできた。
「どうなんでしょうねー」
「はぐらかすなよ。あ、ってことは逆にあるとか?」
伊尾木は壁に寄り掛かってひばりの方を向いた。
「え、じゃあさ、好きな人とかいたことないの?」
伊尾木と目が合う。ひばりは反射的に目をそらしてしまった。
「わ、あるやん。その反応。だれだれ?俺知ってる人?」
「何でいたってことで話し進めるんですかー。いたとしても教えないですよ」
「なんでだよー」
伊尾木はまたけたけた笑うと、声のトーンを下げた。
「橋本るのさん、だっけ」
ひばりは驚いて伊尾木を見た。まさか彼の口からるのの名前が出るとは思ってもいなかった。伊尾木は明らかに動揺したひばりを見て笑った。
「ひばと仲良さげだったから、この前話してみたんだよねー」
知らないぞそんなこと、、、!
るのはおしゃべりな性格で、その日あったことを逐一報告してくれる。しかしるのが伊尾木と話していたことは聞いたことがなかった。
「でさー、たまたまそういう話になって聞いてみたんだよねー。だから大体知ってるよ。ひばの恋愛事情」
嘘だ、、、!
ひばりは心の中でそう確信した。いくらおしゃべりな彼女でも、初対面の人間にそんなことを言うはずがない。ただ、引っかかる。なぜ伊尾木は彼女の名前を知っているのか。もしかしたら、本当に会っていたのかもしれない。それならば、なぜ彼女は言ってくれなかったのだろうか。ぐるぐると思考を巡らせるひばりに、伊尾木は追い打ちをかけてきた。
「今付き合ってるでしょ。ひば」




