初夏ー永野かほ(2)
学校からの帰り、バスに乗り込んだかほはひどく動揺していた。その原因は隣に座るそらにある。中学の頃、毎日のように下校を断られていたかほは、今日も当たって砕けろの精神でそらのことを誘った。するとなんの気まぐれか、あるいは心変わりなのか、そらは少し間を開けてからかほの誘いを受けたのだ。かほは毎度のように断られると思って誘っていたので非常に驚き、一緒に下校する心構えができないままでバスに搭乗していた。
ヤバいマジでヤバいどうしよう。ホントに一緒に帰ってくれるとか思ってなかったのに。ヤバい!あーもう!こんな日に限って全然盛れてないし!マジで最悪!
かほが心の中で情緒不安定になりながら黙っていると、バスが発車した。大きく揺れるバスの中で、沈黙が続いていく。誘っておいて自分が話しかけないのはだめだと思ったかほは、緊張を振り払ってそらに声をかけようとした。
「あの」
「えっと」
かほが話し出すタイミングでそらもかほに話しかけようとしていて、二人の声が重なった。それにかほは思わず笑ってしまった。
「あははっ。タイミングめっちゃ一緒でしたね」
かほが笑っているのに安心したのか、そらの顔も少しほころんだ。
「そうだね」
そらがそう言いながら、かほのほうへ手を向けた。
「お先にどうぞ」
「え、いいんですか?」
「うん」
かほはこのやり取りだけで勝手に口角が上がっていきそうになるのを必死に我慢した。
お、落ち着けうち。こんなことでにやにやしてたら、今のやり取り付き合いたてのカップル過ぎて、勝手にうちらが付き合ってるって妄想してたのバレて、絶対キモがられる。我慢我慢。
「やった♪うちはー、なんで今日は一緒に帰ってくれたんですか?って聞きたかったんです!」
「えと。ほら、かほが高校にもう慣れたのかなって思って」
そらは少し考えてから取り付けたようにそう言った。
えっ!えっ?!うちのこと気にしてくれてたんだ!それってもう好きってことじゃ、、、!い、いやいや焦っちゃダメ。先輩はあくまで「先輩」として気にしてくれてるだけかもしれないから!落ち着け落ち着け。
かほはそらの言葉に思わず舞い上がってしまいそうになったが、なんとか理性を保つ。
「先輩優しい♪高校はもう結構慣れましたよ!中学のころとはぜんっぜん違う雰囲気ですけど、逆にそれが楽しいですし!」
「すごいね」
「はい♪あ、でも勉強はちょっと難しくて。やっぱり進学校だからなんですかねー?」
「うん、そうかも。あとは私立だから、公立と違って発展の問題とか結構出てくるのもあると思うよ」
「わーん。これからもっと難しくなっちゃうんですか?うち化学とかすっごく苦手なんですよー」
「1年生は化学と物理があるんだもんね。2年生からは文理で自分で選べる科目とかあるからちょっとは楽になるんだけど、、、ー」
かほはその後もそらと高校の話をした。2年生からはどの科目を選択できるようになるのか、3年生ではどうなのかなどを聞いているうちに駅に着いた。
「先輩、いろいろありがとうございます♪これでちょっとは希望持てました!」
「うん。よかった」
かほがそらの言葉に大きくうなずいていると、ポケットに入れたスマホが振動した。何事かと思い取り出すと、電話がかかってきていた。相手はさつきである。
「先輩、ちょっと電話出ますね」
「あ、うん」
うまく喋れたか不安になりそうだったので、思考を一度止めるために電話に出た。
「もしもし?」
『あ、かほぴ出た!』
ねぇねぇかほぴ電話出たよー!と、遠くでさつきの声が聞こえ、また戻ってくる。
『今なにしてる?暇?』
「今?今はえっとー、、、」
そらと帰っている最中だ、と言おうかどうか迷っていると、
『あ、いるじゃん!』
と電話越しに聞こえたのと同時に、改札の反対側からも聞こえた。ふとそちらに目をやると、さつきがクラスの友達を連れて手を振りながらこちらに向かってきていた。
「かほぴー!」
「なんでこっちいるの?反対方向じゃなかったっけ?」
「なずさの家で勉強会するんだー。かほぴも来なよ、、、って。あ、、、」
後ろで待っている神崎なずさの方を指さしてそう言ったさつきは、かほのうしろにいた銀髪の女子生徒に気が付いた。
「え、もしかして好きぴとデート中?」
「ちがっ!い、一緒に帰ってるだけ!まだ付き合えてないし!」
二人はそらに聞こえないくらいにトーンを落として話し始めた。
「あ、そーなんだ。でも一緒に帰るとか最高に青春じゃん」
「ふふん、まぁね」
「あの、、」
いきなりそらが二人に話しかけ、二人は猫のようにびくっとした。
「あ、ごめん」
「大丈夫ですよ先輩!こっちこそ待たせちゃってすいません。ささ、帰りましょう♪」
かほはさつきたちに背を向けて駅に行こうとしたが、そらはそれを制止した。
「あ、ごめん、そうじゃなくってね。勉強会ならお互いの苦手を補完し合えるからいいんじゃないかなって思って。かほさっき、化学苦手って言ってたから、、、」
「え、、、」
かほはそらの言葉に戸惑ってしまった。
化学苦手って話覚えててくれてたんだ、嬉しい、、!でもまだ先輩と話し足りない!あーでも!これ以上一緒にいたらそろそろ心臓が持たないし!どうしようどうしようどうしよう、、。
「先輩が教えてあげるっていうのじゃダメなんですか?」
かほが黙っているのを見て、さつきが助け舟を出した。
それだ!さっちゃんナイス!
「一年前だし、さすがにもう覚えてないよ」
めっちゃ大人な感じで断られた!うわーん!!
そらは困ったように笑いながらさつきの詰めを躱し、駅に向かって歩き始めた。
やばっ!帰っちゃう帰っちゃう!
「そら先輩っ!」
かほは帰ろうとするそらの背中をただ見つめていることができず、思わず呼び止めてしまった。そらがこちらを振り返る。
ついつい呼び止めちゃったけど言うこと何も、、、。あ!
「また一緒に帰ってくれますか?」
かほは内心どきどきしながらそう聞いた。
こんなこと聞いたら好きバレしちゃうんじゃ、、、。もうなんでこんなこと聞いちゃったんだようちは!
「うん」
ごちゃごちゃ考えているかほをよそにそらはそう頷ずくと、改札の向こうへ消えていった。
「かほぴごめんー!先輩帰っちゃったのゼッタイうちのせいだよね?わー、めっちゃ邪魔しちゃった最悪!」
そらの姿が消えると、さつきがすごい勢いでかほに謝ってきた。彼女にしては珍しく少し落ち込んでいる。
「友達の恋愛邪魔するとかマジでありえねぇー、、」
そう言って頭を抱えるさつきをかほは笑いながらなだめる。
「へーきへーき。うちもこれ以上は今日の印象薄くしちゃうかなって思ってたから♪」
正直、これ以上先輩と一緒にいたら心臓が持たなかった、、、。
しかし本心を言ってしまえばさつきたちに見せてきたキャラとは違くなる、そう思ったかほはそれっぽい嘘を吐いた。
「さすがかほ先生、、!」
キラキラした目でこちらを見てくるさつきに得意げな顔をするかほに、近くにいたなずさが口を開いた。
「今の人って2年生の間で『妖精』って言われてる人じゃないの?一年の頃えっぐいいじめしてたって噂の、、、」
かほは少しむっとした。確かにその噂は聞いたことがあったが、かほは全く信じていなかった。
「そら先輩はそんな人じゃない!ぜったい!」
「ご、ごめん。かほちゃんがちょっと心配で、、、」
「まぁまぁ。かほぴって自衛しっかりしてるから。そこらへんは大丈夫っしょ」
さつきがかほとなずさの肩を叩きながらそう言うと、
「誰が流してんのかねー、そういう噂って」
と続けた。その言葉に、かほの頭の中には電流が走った。
そうか、、!その噂の元凶が分かれば、そら先輩に超好印象!そしてあわよくば、そのままうちのことを好きに、、、。ってああーーー!!これしかないっ!
「要するに、その噂が真っ赤な嘘だって証明できればいいってことだよね?」
「へ、、、?」
「かほぴ?」
かほの言葉に呆然とするさつきとなずさ。どういうこと?と聞きたそうな顔の2人の横で、かほはこぶしを固く握りしめた。
「うちが、その噂の根源を見つけ出してやる、、、!」




