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海とミサンガ  作者: 深田おざさ
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初夏ー成宮そら(1)

「そら、あの子のこと苦手でしょ」

 昇降口で偶然るるに会ったことで、かほから自然に離れることができてほっとしていると、るるがそらにそう言ってきた。

「うーん、苦手、、、なのかな」

「そうかもね。なんか距離保ちたいって感じが全面に出てた気がする」

 そう言いながら教室に入っていくるるの後ろで、そらは黙って考えていた。

 かほは悪くない。むしろ一方的に避けている自分が悪い。でもかほの顔を見たら()()()のことが頭によぎるんだ、、、。どうすればいいんだろう、、、。

 永野りん。彼女とそらは小中が同じだった。小学校の頃初めて同じクラスになったときは、そこまで目立つ方でもなく、どちらかといえばうるさい子を嫌うような性格で、一度クラスの男子と大喧嘩をしていたのを、そらはよく覚えている。しかし上級生になって再び同じクラスになると、彼女の性格は真逆と言っていいほど違うものになっていた。いつも騒いでいる男子たちのグループにいて、学校の行事では陰に潜み、学校生活では表に出たがる。やがて男子の中でそらへのいじめがひどくなってくると、女子の中でも陰口がささやかれ始めた。中学生になっても、そらが触れた部分を見つけては「触ると白髪になる菌」として扱い、省かれ、笑われた。やり方は小賢しく、暴力を振ったり、ものを隠したり壊したりするような、先生に物的証拠として挙げられそうなことは何一つやってこなかったが、そらの心を壊すには十分すぎたのだ。その8割は男子だったが、残りの2割の女子の中で主犯だったうちの一人にりんはいた。そらは、りんの高圧的な態度やこちらを子馬鹿にするような笑い方が本当に嫌いで、恐ろしかった。

 その影がかほを通して見えてしまうのだ。かほの顔立ちが思い出させてくる。そらは少しづつ楽しいと思えてきた昨日までの日々が、急に遠く感じてしまった。

 私はやっぱり、あの頃のままなんだ、、、、。






 それでも、昨日と同じようにミサンガの世界はやってくる。何も知らないうみが、いつものようにいたずらっぽい笑顔を見せてくれるも、いまのそらにはどこか不安が残って、いつものように彼女と笑い合うことができない。


「そらちゃん。もう一回聞くね。なんかあったの?」


 堤防の上で、そううみに問われたそらは、一度目と同じようにごまかそうとした。

「ううん。なんでも、、、、」

 そう言いかけ、言葉を止めた。京鵞(けいが)なみの声が頭をよぎる。

『どんだけ仲良くても、どんだけ好きでも、結局言葉にしないと伝わんないコトなんていっぱいあるんだから。そういうのをちゃんとし合える仲の人が、親友とか恋人とかになるんだよ!きっと。』

 いつもそうだ。私は、言葉にせずに逃げてばっかり。

 そらは手に力を入れた。

 うみちゃんは、私の弱い部分も受け止めてくれた。私だって、ひばに自分のことを言うことができたんだ。

 顔に当たる風が、しっかりしろと、頬を叩いているかのようだ。


 逃げるな。私。


 そらはうみの方を向いた。彼女と目が合う。

「うみちゃん、ちょっと悩んでることがあって、、、。聞いてくれますか」


 そらは小学校、中学校で嫌がらせをしてきた同級生の女子がいたこと、その妹に頻繁に話しかけられていたこと、そしてその子が同じ高校で、話しかけられたことを話した。

「その子の顔みてると、いじめられてた時のことを思い出しちゃうから、自然と距離を取っちゃってるみたい」

「うーん、なるほどなるほど」

 うみは時折相槌を打ちながら、そらの相談を真剣に聞いていた。

「そらちゃんはどうしたいの?」

 そらが話し終えると、うみはそらの目をまっすぐ見ながらそう尋ねた。そらはそれに言葉が詰まってしまう。

 どう、、したいんだろう、、、。

 仲良くしたい、というのはそらの中では違った。かといって彼女と距離を置きたい、というわけでもない。そらは少し考えた。

「私は、、、。かほと仲良くしたいとか、距離を置きたいとか、そういうのじゃなくて、、、」

 自分の本音を、心の中に埋もれているのを、すくって周りの余計な思考を取り払い、そこに表れたものを自分の言葉で紡いでいく。

「あの人の影を、取り除いて、振り払って、、、」

 うみは黙って聞いている。しかしその顔には、なぜか自信の色が見えた。きっと、彼女には分かっているのだ。そらが何をしたいのかが。


「不安に、、、なりたくない。今になって、あの人の影に怖がって生きていたくない、、、!」


 そらは言葉にして初めて、自分がりんに対して「怒り」という感情を持っていたことに気付いた。ずっとずっと、「不安」と「恐怖」の中でくすぶっていた感情だ。

 そらの力強い言葉を聞いたうみは、よく言った、というように大きくうなずいた。

「分かった!そらちゃんのホンネ、ちゃんと分かったよ!」

 うみはそう言うと、砂浜に飛び降りた。着地と同時に砂が舞う。

「うちが一つ、そらちゃんに言えることがあるとすればねー」

 うみがくるっと振り向いてそらを見た。

「外見だけじゃ、その人のことなんてぜーんぜんっ分からないんだよ!ってこと」

 そらはその言葉の意図がよく分からず、少し首を傾けた。うみはそれに気づいて咳払いをする。

「つまり大事なのはー、、、?」

「内面?」

「そういうことっ!」

 うみは満足げに頷く。

「外見も内面も同じ人なんて、この世にだーれもいないんだよ。そらちゃん」

 そらはそこまでうみの話を聞いてはっとした。

「かほの内面は、あの人と一緒じゃない」

 つまり、かほの内面をしっかりと知ることができれば、彼女の顔を見ても「永野りんの妹」ではなく、「永野かほ」としてのイメージが強くなり、りんの影を見ることもなくなるのではないか、ということである。それには、、、。

「かほと、ちゃんと話さないと、、、」

 話し合うことができなければ、結局りんの影を見てしまうだけなのだ。

「そらちゃんには結構酷なこと言ってるって分かってる。でもやらないと、ずっと嫌な思いをー、、、」

「大丈夫」

 そらはうみの言葉を遮ってそう言う。彼女にはとっくに覚悟はできていた。うみは、そんなそらの心中を察したのか、にこっと笑った。

「うん。ぜったい」

「ありがとう、うみちゃん。お陰でちょっとすっきりした」

「んーん!」

 うみはそう言いながら伸びをすると、ふふっと笑った。

「うみちゃん?」

「そらちゃん気付いてる?最近、ごめんって言うの減ってきたの」

「そ、そうなの?」

「うん!そうだよ!」

 そらは全く自覚がなかった。確かにうみに何度も注意されていたので意識していたが、それもいつの間にか無意識になっていたのだ。

「そらちゃんは変わってきてるよ。それもめっちゃ良い方に!」

 うみはびっとそらを指さした。

「だから大丈夫!今のそらちゃんには余裕だね!」

 その言葉に、そらは胸の奥がじーんとするのを感じた。鼻の奥がつんとして涙が出そうになる。しかしそれをぐっとこらえ、うみに応えた。

「うん、、、!やってみる、、、!」






 ミサンガの世界から現実世界に帰ってきたそらは隣に座るるるを見て、ミサンガの世界に入る直前にるると会話をしていたことを思い出した。

「でもそうなってくるとハヤシライスでってなってくるんだよ。分かる?そら」

「いや、だからこそカレーでしょって。ね、成宮さん」

「そもそもカレーとハヤシライスって全然違うものだっての。ねー、成宮さん」

「「それ言ったらおしまいじゃん!」」

 そらが一人でお昼を食べているところにるるが来て話していると、購買からカレーパンを買ってきた唯川(ゆいかわ)やこが教室に入ってきて、るるがカレーよりハヤシライスの方がおいしいのに、なんでカレーパンがあってハヤシパンがないのか、と言ったことに、この会話は起因する。るるの発言に隣で藤堂(とうどう)ひばりを囲んで食べていた榎田(えのきだ)にいなが反論したことで、るる、やこ、にいなによる謎の議論が展開されることになったのだ。

 そらはこのやり取りに思わず笑ってしまう。そしてこの中で、頭の片隅にりんの影を見て不安になる自分が嫌だった。だからこそ、かほと話して彼女の内面を知らなければならない。そらは静かに、ぐっと手に力を込めるのだった。


 放課後になると、そらはひばりたちに挨拶をして教室を出た。昇降口では帰宅部だけでなくテスト前で休みになった一部の部活の生徒も混じり、いつも以上に混雑していた。そらはいつもとは違いヘッドホンを首にかけたまま靴を履き替えて出口へと向かった。()()()も、このタイミングで話しかけられていたからだ。そらの予想通り、()()は昇降口の出口の少し外で待っていた。そらを発見すると、ぱっと笑顔になってこちらに走り寄ってくる。

「そら先輩♪お疲れ様です」

「お疲れ様、かほ」

 りんとそっくりな顔で、りんにそっくりな笑顔を浮かべて、かほが話しかけてきた。

「先輩、こうして久しぶりに会えたことですしー、、、」

 かほは、あのころと変わらずに()()を要求してくる。

「一緒に帰りましょ♪」

 いつもいつも、これを断って一人で帰っていたそら。しかし今日は、今は、違っていた。

 彼女を知るには、これしかない。

 そらは、ミサンガの世界でうみの前で大丈夫と言い切った覚悟で自分を奮い立たせ、声を出す。


「うん。今日は一緒に帰ろう」

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