セカンドコンタクトー成宮そら(2)
そら、ひばり、るの、うみ、るるという、これまでに無かった面子で勉強を進めていく。そらはうみとるるに数学を教えながらも自分のワークを解いていたため、進捗としてはいつもの3分の1程度のペースである。
「ちょっとトイレ!」
数十分が経ったとき、急にうみが席を外し、教室を出て行ってしまった。
しばらくして隣のるるの唸る声が聞こえなくなったので、そらは顔を上げた。
誰もいない。
ミサンガの世界だ、と思った瞬間、ドアが勢いよく開いてうみが入ってきた。
「なんか、なんか思ってたのと違う!」
うみは不満そうにるるのいた机をバンバンと叩いた。
「これじゃ段階踏めないよー!」
うみの言う『段階』とは、彼女の名付けた連絡先交換作戦、略してレンサクを成功させるための3段階である。第1段階は「偶然を装ってばったり会う」で、これは作戦通りの出来栄えだっただろう。第2段階は「勉強を通じて親睦を深める」で、これはそらがうみに教えることで現実世界でも仲が深まるようにするものである。しかしここが今のところうまくいきそうにない。そらはうみだけでなくるるにも数学を教えているので、親睦の深まりがあまり感じられない、とうみは言うのだ。
「そらちゃんはどう思う?」
そらは改めて今の現状を考えてみる。顔を上げれば目の前や隣に誰かがいて、同じ空間で一緒に勉強している。こんな大勢で勉強をするのは初めてで、なぜか少し楽しい。
「私は、このままでも大丈夫な気がする。初対面であれだけ喋ったこともないから、、、」
そらはそう言うとうみをちらっと見た。こちらをじっと見ている。
「もしかしてうち、、、がっつき過ぎた?」
そんなことはない、とは言い切れないのが現実である。少なくとも初対面でお互いにちゃん付けで呼び合う経験は初めてだ。だがこの積極性に、そらは何度も救われてきた。だからそれが悪いことだとは微塵も思っていない。
「でも、そこがうみちゃんのすごいところで良いところなんだけどね」
そらは自分の発した言葉に気付くのに、少しタイムラグがあった。
「そうかなぁ」
うみはまんざらでもない顔でにやにやしている。そらは急に顔が熱くなった。自然にこんな言葉が出るなんて、自分でもびっくりだ。
「は、恥ずかしい、、、」
「なんでそらちゃんがテレてんだし」
うみは恥ずかしがるそらを見て、肩をぺしっと叩きながら笑うのだった。
「今日はここらへんで終わりかな~」
現実世界に戻り、そこから一時間ほど勉強を続けていると、るのが切り出した。
うみとそらは結局特にアクションは起こさず、ミサンガの世界に入る前の頻度で接した。うみもるるも、そらが思う最難関の部分を乗り越えたので、赤点はまず回避できるだろう。
「あー、疲れた」
ひばりが伸びをしながら、死んだような顔で言った。るるやうみは時々るのに聞きに行っていたが、そのたびにひばりが怖い顔をしていたので、そらは途中から二人を引き受け、ほとんどるのはひばりにつきっきりだった。果たして理解できたのだろうか。
「あ、ねぇねぇ!」
それぞれ帰る支度をしていると、うみが突然呼びかける。
「みんな連絡先交換しよーよ!」
そういいながらスマホを取り出した。
「女優さんってそういうのに厳しいんじゃないんだ。マネージャーに会話全部見られるとか」
「そんなのないよー!」
うみは笑いながらるるの偏見を否定すると、ひばりとるると次々に連絡先を交換していく。うみがそらの前に来た。
「はい、そらちゃん」
「うん、ありがとう、、」
そらはうみの連絡先を打ち込んでいく。アカウントの友達承認のマークが出てくる。「たちばなうみ」とひらがなの名前で、有名なテーマパークの建物の前で後ろ姿でポーズをとるうみの写真がプロフィール画像になっている。
「はい、かんりょー!」
うみは誰にも気づかれないようにそらにウィンクすると、スマホをポケットに入れてバッグを持った。
「そんじゃ帰ろー!」
「ねぇそらちゃん、そらちゃんって進学どうする?」
5人で昇降口に向かっていると、るのがそらに聞いてきた。
「うーん、一応大学行こうかなって考えてるけど、具体的には決めてなくて、、、」
そらは大学には行きたいが、将来何をしたいか、まったく決まっていないため、今は漠然と勉強をしている。
「だよね~。わたしもおんなじ感じ」
「はっしーはもう受験勉強してるの?」
「うん。あ、でもそんなにがっつりじゃないよ。英語の単語と文法とか、古典とかだけ」
「古典もしてるんだ」
そらは英語の単語帳と文法の参考書に毎日目を通しているが、古典にはまだ手を付けていない。
参考書どんなの使ってるのか、後で聞いてみよう、、、。
「え、もうそんなことしてるの?」
るのに車いすを押してもらっていたひばりが驚いてこちらを振り返った。
「そうだよ~。大学受験する人って、大体そうなんじゃないかな~」
「大学受験かー、頭痛くなってきたな」
るるが苦虫を嚙み潰したような顔で言う。確かにテスト前にする話ではなかったのかもしれない。ごめんね、とるるに謝りながら、そらはうみの方をちらっと見た。少し前を歩いていて顔は見えない。ふと、そらはうみが将来どうするのかが気になった。このまま女優業を続けるのだろうか、、、。というかそもそも、今彼女は女優の仕事をしているのだろうか。彼女が転校してきたとき、クラスの男子が言っていた「活動休止」が頭をよぎった。
私、今思えばうみちゃんのこと何も知らないな、、、。
そらはそう思いながら、バッグを持ち直した。
「せこいって!」
「こっち来んな!」
「おーいー!」
昇降口の方から男子の声が聞こえてきた。複数人で騒いでいるようだ。昇降口に着くと、男子四人がパックジュースを片手に上履きを飛ばしていた。二人はそらも知っている。一人は同じクラスの原田康太、もう一人は1組の谷崎勝吾だ。
「え、ひばじゃん。何してんのこんなとこで」
康太がこちらに気付いてひばりに話しかけた。
「テスト勉強してた。てか原田たちこそ何してるの」
「えー偉っ!俺らは部活終わってだべってる」
「、、、暇なの?」
康太とひばりが話しているうちに、そらたちは靴に履き替える。そらが履き替えていると、隣に誰か来た。見ると、勝吾だった。
「おう」
前回のテスト勉強の日から一度も話していなかったので、声を聴いたのが久しぶりに感じた。
「なに?」
そらは少し警戒する。あの日のことがあったので、何を言われるのか怖かった。
「、、、ごめん。お前の噂知らなかった」
勝吾は申し訳なさそうな顔でそう言った。
「ただそんだけ!じゃあな!」
勝吾はこちらが何か言う前に、ほかの男子のいるところへ走っていき、思い切り上履きを当てに行った。男子たちの悲鳴が響く。
「なに話してたの?」
るるがぽかんとしているそらのもとに来た。
「な、なんでもないよ」
そらはごまかしたが動揺は抜けていなかったのか、るるは怪しむ顔をしていた。
「なんかメンツすごくね」
康太は5人を見ながら言った。確かに傍から見れば、クラスも部活もバラバラで、なぜ一緒に勉強しているのかは分からないだろう。
「いろいろあったんだって。もう帰るからねあたしら。原田たちもバカなことやってないで早く帰りなよ」
「へいへい」
康太は適当に返事をすると、ほかの男子たちの方へ歩いて行った。
「なんであいつらはあんなバカなことしてんの、、、」
「ガラスとか割れちゃわないのかな~」
「そういう問題なの?」
ひばりとるのとるるが話している時、そらのもとへうみがすーっと寄ってきた。
「ね、作戦大成功」
うみはいつもミサンガの世界で見せるいたずらっぽい笑顔で言った。そらもつられて笑顔になる。
「うん。大成功」
そらたちはその後帰路につき、そらも一人で家に帰っていく。ふとスマホが振動した。みると、うみから連絡が来ている。
『なんか色々あったけど交換できてよかったー!これからもよろしくねー!』
そらはそれだけでうれしくなった。何か返そうとして色々悩み、何度も打ち直して、結局、
『本当によかったよね。こちらこそよろしくね』
とだけ送った。するとすぐに既読になり、猫のキャラクターがよろしく!と言っているスタンプが送られてきた。
そういえば、うみちゃん猫好きだったな。かわいい。
そらはそのスタンプを見て、バスの中でふふっと笑みがこぼれるのだった。
次の日、久しぶりに晴れた青空の下、そらはいつも通り学校に行った。昇降口に着くと、にいながちょうど上履きに履き替えている最中だった。
「あ、おはよー成宮さん」
「おはよう、榎田さん」
にいなはあいさつを交わすとそのまま教室へと向かって行った。そらも履き替え、バッグを持ち直して教室へ向かおうと、一歩踏み出した。
「せーんぱいっ!!」
その瞬間、誰かに後ろから抱き着かれてバランスを崩しそうになった。そらが混乱していると、抱き着いてきた誰かが目の前に来て顔を覗き込んできた。目が合う。一瞬で頭の中に記憶がよみがえってきた。ここ2週間の楽しかった記憶を上塗りして、完全に思い出す。思い出したくもない、最悪だった中学時代の記憶。彼女の顔は、いやでもそれを引き起こした。
「やーっと会えました♪体育祭で見たとき、やっぱりこの高校だった!って、めっちゃテンション上がったんですよー?」
絶対にもう二度と会いたくない人と、そっくりなその顔つき。
「お久しぶりです、そら先輩♪」
彼女の名前は永野かほ。中学時代そらをいじめていたうちの一人、永野りんの妹だ。




