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海とミサンガ  作者: 深田おざさ
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セカンドコンタクトー成宮そら(1)

 体育祭から2週間が経った。6月も終わりに差し掛かり、梅雨はまだ明けていないにもかかわらず、蒸し暑さは日に日に増していく。

 成宮(なるみや)そらは眠い目をこすりながら、4日連続の雨にため息を吐いた。朝から体にまとわりつく空気と戦いながら準備を済ませて家を出る。

 そらは普段、電車とバスを乗り継いで高校に行くが、バスだけの乗り継ぎでも行くことができる。バスだけを使う日は月に数回ほどだが、今日のように少し遅く起きてしまった日は、電車では同じ中学の人と鉢合わせをする可能性があるので、後者の方法で行くことにしている。


 そらはバスに乗り、バッグから単語帳を取り出して眺め始めた。が、

 あ、、、。今週から単語テストないんだった。

 と気付き、単語帳をしまった。今日からの分はまとめて来月始めにあるテストに出題される。

 今日でテストまであと1週間半。一通りの復習はやってあるので、今日からは今週まで続く授業で新しく入れ込む知識を復習しがてら、自信のない部分を重点的に復習しようと思っている。

 テストかぁー、、、。

 体育祭が終わってすぐにテストがあるという現実に、そらはまたため息を吐くのだった。


「おはよ。()()

 学校に着き教室に入ると、隣の席の藤堂(とうどう)ひばりに挨拶された。

「おはよう。()()

 そらも荷物を机に置きながら挨拶を返す。


 体育祭の日の放課後、互いの秘密を打ち明けたあの日、そらとひばりはその後もしばらく教室に留まり話をした。

「ねぇ、成宮さん」

 それはひばりから切り出された。

「これから『そら』って呼んで良い?あたしのことも『ひば』とかって呼んでくれて良いからさ」

「えっ、、、?」

「ほら、あたしたちもう結構仲良くなったしさ、お互いそっちのほうが呼びやすいかなって、、、。ダメかな、、、?」

 そらは予想外の提案に言葉を失っていたのが、ひばりには躊躇ったように見えたのだろうか。若干声が小さくなった。

「と、藤堂さんが良いなら、、、」

「ほんと?」

「うん」

「あ、じゃあ、、、。改めてよろしく!そら!」

「うん。ひ、ひば、、、?」

「あははっ。なんかハズいね、こーいうの」

「ね」

 2人は一通り笑った後、まだ話を続け、結局空が薄暗くなるまで教室に居残っていた。


 2週間も経つとさすがのそらも『ひば』呼びに慣れ、話す機会もグンと増えた。しかしそれはひばりだけに限った話ではない。

「そらー、おはよー」

「あ、おはよう、るる」

 体育祭の日から、外内(とのうち)るると一緒にいる時間が増えた。彼女とも名前で呼び合う仲である。

 るるは普段気だるげで、まるでやる気がないように見えるが、2学年の女子の中で最も運動ができると言っても過言ではないほどのスポーツマンである。外部でサッカーを習っており、1年生の頃は女子クラブのユースチームに選出されたほどの実力者なのだとか。今でも毎日のように放課後は練習に参加しているだけでなく、ここから走って練習場に向かっているというので、その体力は折り紙付きだろう。男勝りのベリーショートで、梅雨の時期だというのに日焼けしている。

「今日から練習オフにしてもらったー。さすがにテストヤバい気する」

「確かに。今回範囲狭いけど、数学結構難しいところだから怖いよね」

「ゔっ。そら、数学の話は辞めて。昨日やってたら頭痛来てギブしたくらいなんだよ、、、」

「え、ひばって勉強できないっけ?テスト赤点ないでしょー」

「あたしには強力なバックアッパーがいるから」

「なんかせこくねー?」

 るるとひばりの話を、そらは笑って聞いている。改めて、自分にこんな日が来るとは思ってもいなかった。教室で友達と普通の会話をする。ゴールデンウィーク明け直後の自分に言ったら、きっと信じてもらえないだろう。

「そら、なんか楽しそ」

「そうかな、ふふ」

「いや笑ってるし」

 心の中がじわっと温かくなって、こそばゆい感覚。立花(たちばな)うみとミサンガの世界にいる時とはまた違ったその感覚が、そらには心地よかった。






 昼休み、いつも通りミサンガの世界に来たそらは、1組の教室に行った。そこには机の上に腰掛けるうみの姿があった。

「そらちゃ〜ん!おはよ!!!」

「うみちゃん、おはよう。ん?おはよう?」

「あ、ちょっと4限寝てたからかも」

「寝てたんだ」

 そらがふふっと笑うのを、うみは凝視する。

「そらちゃん!やっぱ最近笑顔増えた!!」

 うみの突然の指摘に驚き、そらは思わず口元を押さえた。

「そう、、、かな」

「そうそう!やっぱ笑顔が似合うよ!そらちゃんは!」

 顔が急激に熱くなっていく。

 うわ、今これ絶対顔赤いや、、、。

 こんな言葉一つで心が揺さぶられる。『好き』という感情がどれほど厄介で、どれほどの力があるのか。そらはこうなるたび、毎回それを実感していた。

「じゃあそらちゃん、」

 うみは机から降りてぐっと伸びをする。体育祭でけがをした膝はもうすっかり痛くなさそうだ。


「今日は何しよっか!」



「ほ、ホントにして良いのかな、、、」

「だいじょーぶだいじょーぶ!どーせ元の世界戻ったら元通りだし!」

 トイレットペーパー、スポンジ、バケツ、水切りほうきを用具倉庫から持ってきた二人は、屋上でずぶ濡れになっていた。うみが予想していた通り、屋上は水はけが悪く、あちこちに大きな水たまりができている。

「おし!それじゃやっちゃおー!」

「お、おー、、、」

 二人はトイレットペーパーを丸めて排水溝に置いて詰まらせて水の行き場を無くした。そして水切りほうきを使い、平坦な場所にたまった水を排水溝に流れるように押し出していく。10分ほどで平坦な場所の水たまりはほとんどなくなり、代わりに排水溝に大きな水たまりができた。

「そらちゃん早く!」

「う、うん!」

 二人はバケツとスポンジをそこに持って行くと、スポンジで水を吸い取りバケツに入れ始めた。結構な時間がかかったが、すべてバケツに入れ替えた。量にしてバケツ6杯分。二人はこれを持って教室に戻る。

「ふー。思ったより大変だったぁ」

「ね。結構量あったね」

「でもこれでやっとできる!楽しみー!!っっはっっくしょいっ!」

 うみはきゃっきゃとはしゃいでいたが、豪快なくしゃみで我に返った。

「エアコン寒いんですけど!」

「濡れ過ぎたね」

 そらもエアコンを切りながらぶるっと体を震わせた。思った以上に体温を奪われている。


「、、、っしょっと」


 突然、うみが制服を脱ぎ始めた。下着がそらの目に飛び込んでくる。

「う、うみちゃん?!」

「わ!声でっか!」

 うみはそらの声に驚きつつも完全な下着姿になった。そらは平静を保つ振りをしながらうみを見る。さすが女優と言うべきか、やはりスタイルが良い。肌も白くて美しく、思わず触れたくなる。そらは必死に視線を胸や股の方に向けまいとした。

 ここで後ろを向いたら、意識してるって思われちゃうかも、、、!でも、まじまじ見るのはさすがに変態だし、、、。わぁぁぁぁ、どうしよう、、、!

「そらちゃーん?そらちゃんも体操着なったらー?」

 そうこう考えていると、うみがタオルを投げてきた。うみは気付けば体操服を着ていた。

「あ、なるほど、、、」

 そらはうみのように堂々と着替えられず、いつもの様にいそいそと制服を脱いでいく。

「そらちゃん肌きれー」

「そ、そうかな、、、」

 うみの声にドキドキしながら、そらはタオルで体を拭いた。

「あ、体操着、教室、、、」

 そうだよ、何してるんだ私。

 いろいろなことに動揺していたせいで、肝心なことに気付く。ここは1組の教室。そらは3組なので、当然体操着は3組にある。

「あはははっ!そらちゃんやっぱ天然じゃーん!」

 うみの大きな笑い声を聞きながら、そらは自分の教室に向かうのだった。


 そらが体操着に着替え終わり1組の教室に戻ると、うみは机を動かして教室の真ん中にスペースを作っていた。そらがそれを手伝い始めると、うみは今度はバケツを真ん中に運ぶ。

「よし!準備おっけー!!」

 諸々の準備が終わり、いよいようみがやりたいと言っていたことができる。二人は教室の真ん中にバケツを持って立った。

「せーっのっ!」

 うみの掛け声で二人はバケツの中の水を思い切り教室内に撒いた。水はまるで固形物の様に一定の形を保ちながら、ゆっくりと宙を舞う。激しい水音と共に、教室中が一気に水浸しになった。

「うわー!なんかめっちゃ楽しいんですけど!これヤバーい!」

 うみはけたけた笑いながらさらにバケツを手に取って教室に撒く。今度は天井に向かって撒いたので、水しぶきが舞う。そらは黒板に向かって撒き、チョークや黒板消しが飛んでいった。普段はできないようなことをしている背徳感が湧いてきて、何だか笑えてくる。

「そらちゃん、楽しー?!」

「うん、楽しい、、、!」

 そらとうみが最後のバケツを空にした時には、教室中から水が滴り落ちていた。聞こえるのは、二人の息遣いと水の滴る音だけ。と、うみがぐーっと伸びをした。

「うわー!これめっちゃストレス発散なるー!すっきりしたー!」

 そらは楽しそうにしているうみを見て、自然と笑みがこぼれる。好きな人が楽しそうな姿を見ていると、ここまで大変だったとしてもやって良かったと思えるのが不思議だ。

「今日はこんな感じかなー」

 うみがそう言う。ミサンガの世界での二人の時間が終わる合図だ。基本的に、うみが満足すればミサンガを切って元の世界に戻っていく。

「そらちゃんは大丈夫?」

 いつものようにうみが聞く。

「うん。私も満足したよ」

 そらは本心でそう言う。うみはそれを聞いて嬉しそうに頷くと、ポケットからハサミを取り出した。そらが後ろを向く。いつもはこのタイミングで

「じゃ、また明日ね」

 とうみが言うのだが、今日は違った。

「あ、そーだそらちゃん、忘れてた」

 そらは振り返った。うみがいたずらっぽくにやっと笑っている。

「そらちゃん、うちが現実の方で連絡先交換しよって言ったの覚えてる?」

「あ、うん」

 それは体育祭本番の日の昼休みにうみが提案したのだ。

「そうそう!”い~い考え”あるってやつ!」

「言ってたね」

「ちゃんと覚えてるじゃーん!それでね、やっとそのタイミングが来たんだよ!」

 忘れてたわけじゃなかったんだ、、、!

 そらは驚いたのと同時に、うみが連絡先を本当に交換したがっている事に嬉しくなった。


「連絡先交換作戦、略してレンサク。今から作戦開始だよ、、、!」

 略す必要あったのかな、、、。と思っているそらをよそに、うみはまたいたずらっぽい笑みを浮かべるのであった。

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