開示ー成宮そら
「あれ?もう帰っちゃうの?」
撮影会を終えて教室に戻ってきた成宮そらは、更衣室へ向かうために荷物をまとめ、カバンも持って教室を出ようとした。その時、一緒に教室に戻ってきた唯川やこに止められたのだ。
「クラスグルのメッセージ見てないの?」
見ていない。というよりそもそもそのグループに入っていない。
「先生がアイス買って持ってくるらしいよ。これは食べるしかないよね」
そらが黙っていると、外内るるがそう言いながら舌なめずりをした。
まぁ、もしかしたら食べてる途中で藤堂さん戻ってくるかもしれないしな、、、。
そう思ったそらは、担任の島田がアイスを持ってくるのを待つことにした。
「さっすがしまちゃん。変におっさんじゃないからセンス良いわ」
やこが島田の持ってきたアイスを食べながら褒める。
「あぁっ!服に付いちゃった!」
「わ、びっくりした。あ、ゆみ。それ取れないよ」
近くにいたるると奥家ゆみが騒いでいるのをよそに、そらは改めて教室を見渡す。ぞろぞろと教室に帰ってくる生徒、アイスを急いで食べ教室を後にする生徒、そら達のようにアイスを味わっている生徒、様々である。しかし、その中にひばりはいない。隣の席にはまだ荷物が置いてあるところを見るに、帰った訳ではなさそうである。
「やこー、そろそろ部活の方行くよー」
玉上つぐみがそう言って荷物をまとめ始めると、同じ陸上部のやこも残りのアイスを口に入れ、自分の席に戻っていった。
これ以上待ってても、今日はムリなのかな、、、。
そらはそう思いながらアイスを食べ切り、バッグを持ってヘッドホンを着けた。周りの音が遮断されて自分だけの世界に入る。
、、、。頑張って言おうと思ってたのにな、、、。
裏切られた気分になり、所詮自分なんか、という自己嫌悪の中にかすかに怒りが入り混じる。心が不安定になり涙が出そうになってきたのを感じると、それを紛らわせるためにため息を吐きながら教室を出た。
階段に向かうと、うみが登ってきた。目が合ってお互いに気付きはしたものの、そらは目を背けて足早に階段に向かう。
ぽん、と肩に手が置かれた。
顔を上げると、うみが肩を叩いたことが分かった。目が合って彼女がほほ笑む。
「え、なんで、、、!」
戸惑いながらヘッドホンを外すと、うみは
「そらちゃん、あっち」
と小さな声で言いながらそらの後ろを指さした。振り返ると、そこには車いすに乗ったひばりとそれを押するのの姿があった。
「そらちゃんのこと呼んでるっぽいよ」
「あ、ありがとうみちゃん」
二人は誰にも聞こえないように小声で話しながら、ひばりたちの方向へ歩き出した。
「そらちゃんやったね。めっちゃ速かったよ」
「ありがと、うみちゃん。うみちゃんのお陰で、リラックスして走れた」
「え、うちのお陰?照れるなぁ」
誰にも気付かれないように小声で話すのが、そらにとっては不思議な感覚だった。まるで周りに人がいるのに、二人の空間だけミサンガの世界にあるような、不思議な感覚である。
そうしていると彼女たちに合流した。うみはるのと喋っていたが、そらは目の前にいるひばりに意識を向ける。
「あの、ごめん。気付かなかった」
「あ、ううん。こっちこそ急に呼び止めてごめん」
気まずい空気が流れると思った瞬間、うみが元気よく教室に入っていった。そらは体を向け、何も言わずにお辞儀だけした。まだ知り合っていると思われない、適切な対応だとそらは思った。
「あ、でさ、成宮さん」
ひばりがすぐさまそらに話しかけたので、結果的に気まずい雰囲気にはならずに済んだ。
「放課後って、時間ある?」
今日は母が早めに家に帰ってくるので、家事は少し遅くなっても大丈夫だろう。
「うん」
「放課後にさ、さっき話せなかったこと、、、、。話してほしい」
ひばりの言葉に、そらは思わず目を見開いた。
「うん。分かった」
その言葉と共に、先ほどまであった自己嫌悪をかすかな怒りが体から出ていったようだった。
「明日でもいいかなって思って。帰ろうとしてたんだ」
ホントはもう、そんな勇気も覚悟もないけど、、、。
「ホントにごめんね。今からちゃんと聞く」
そらはひばりの目を見る。真剣な表情でこちらを見る彼女の目と言葉には、信用のできる重みがあった。ちゃんと自分自身を見てくれている、そう思ったそらは、再び力が入るのだった。
やっぱり、この人になら、、、。
放課後、すぐに人はいなくなった。運動部は片づけのためにグラウンドへ、それ以外の教室に残っていた人は、ひばりが早く帰るように遠回しに催促していたため、10分も経つ頃には二人だけになった。
「ごめんね、藤堂さん。時間取っちゃって」
「全然全然」
ひばりは教卓の横にあるスペースに行き、そらは自分の席に座った。教室内の冷房は止められ、少し蒸し暑い。
「それで、話って、、、?」
ひばりが気を利かせてすぐに聞いてくれた。
「実は、、、」
声が震える。背中には嫌な汗が流れ、今にも吐きそうだ。
「あの噂の事なんだけど、、、」
脳が拒絶している中、必死に言葉を出していく。
「どこまで噂の事知ってるのか、教えてほしくて、、、」
「え、えっと、、、」
「正直に言ってくれて大丈夫だから、、、」
「あ、うん。えっと、彼氏のいた女の子をたぶらかして別れさせて、彼氏の方と付き合ったことと、それを注意した生徒をいじめてたっていう、やつ、、、」
ひばりは消え入りそうな声でそう言いながら、下を向いた。
やっぱり。私の知ってる噂だ、、、。
「でも、そんなことないって、あたし思ってて、あの日のことホントに謝りたくって、、、!」
「うん。分かってるよ」
彼女が以前謝ってくれたことを思い出す。
「あの時、嬉しかった」
ぎゅっと手を握る。
「それに、あの噂は本当に間違ってるんだ。だって、、、」
もう言い逃れできないところまで言い、言うしかない状況を無理やり作った。頭の中で喝を入れる。
言え、、、!前も、さっきも、藤堂さんにならって思えたんだ、、、!彼女ならきっと、受け入れてくれる、、、!言え、、、!
「だって、、、!」
ずっとずっと、否定したかった噂。ただ否定した後、周りの目がどうなってしまうのかが怖かった。自分に向けられる目が、今まで以上に嫌な意味を含んだものになるのが怖かった。あの日、この教室で、ひばりたち三人が噂を聞いていた時も、怖くて仕方がなかった。自分の周りに、自分を信じてくれる人は誰もいないのだとさえ思った。
でも、そうじゃなかった。
そらの隣には、彼女がいた。ミサンガの世界でのみ話すことができた、彼女が。
うみちゃん。うみちゃんがいてくれたから、私は言おうって思うことができたんだよ。
いつか、彼女にも言うつもりだ。そらの、誰にも言えなかった秘密を。ずっとずっと隠してきた秘密を。それを今、ひばりへ言葉にする。
「だって私、女の子が恋愛対象なんだ、、、!!」
言った瞬間、目をつぶった。沈黙が流れる。
「そ、、、」
ひばりが喋り出す。そらは覚悟を決め、目を開けた。
「それ、ホントに、、、?!」
目の前には、目をキラキラさせたひばりがいた。
「あの、あたし、あ、でも、、、!」
な、何か思ってた反応と違う、、、。しかもめっちゃ動揺してる気がする、、、。
予想外な反応にそらはきょとんとしている。ひばりは悩んだ末、こちらに顔を向けた。目が合う。
「あたしも、、、。あたしも女子が恋愛対象なんだ、、、!って言うか、もう付き合ってる人がいて、、、」
あ、やっぱり。
そらは以前偶然見てしまった、ひばりとるののキスを思い出した。彼女たちは付き合っているのだと直感で察する。
「嬉しい。一緒の人がいてくれて。あたしらだけじゃないんだって、、、。すっごい嬉しい」
ひばりのその言葉が、心にしみわたる。彼女が心の底から喜んでくれていることが分かる。喉につっかえる感覚があり、気づけば涙がこぼれてしまっていた。
「うん、、、。ありがとう、、、。ありがとう、、、!」
「こっちこそ、言ってくれてありがとうだよ、、、!、、、グスッ!」
「なんで藤堂さんが泣いてるの、、、」
「分かんないよぉ」
二人は涙でくしゃくしゃになりながらクスクス笑った。教室の蒸し暑さなのか、恥ずかしさなのか、それとも嬉しさなのか、体がほかほかと暖かかった。




