体育祭ー成宮そら(4)
「私、学年リレー走ることになった」
時は少し遡り、そらがうみにミサンガの世界でリレーで走ることとなったことを報告した日。ミサンガの世界から現実世界に戻ってきた時、そらは昇降口に立っていたことを思い出した。
リレーの走者になるとひばりと玉上つぐみに言った次の日の昼休み、そらは女子4人から声を掛けられたのだ。
「走者決めちゃおう」
そう言って集まったのは奥家ゆみ、唯川やこ、外内るる、阿部山はるみだった。
「あれ?いくみは?」
もう一人の走者の小野いくみがおらず、やこがスマホで電話をかける。
「え?なんで?、、、そういうことね。今から、、、」
やこは電話を切るとこちらに戻ってきて、
「いくみ体調悪いから帰ろうとしてたっぽい。今昇降口いて、走順決めるだけなら大丈夫って言ってたから昇降口行こう」
こうして昇降口で順番を決めている時にミサンガの世界に入ってしまったのだ。
順番を決めるのにあまり時間はかからなかった。やこがつぐみと同じ陸上部だったので、彼女を中心に走順を決めていった。
「うちスタート得意だから1番良い?」
皆がうなずく。
「アンカーやりたい人ー?」
皆が黙る。
「ちょっと待って。皆のタイム聞いて良い?」
こうして皆のタイムを考慮し、5、6分で走順が決まった。やこ、ゆみ、いくみ、そら、はるみ、るるの順番である。
「じゃ、ありがと。いくみ」
「うん。じゃーねー」
「成宮さん」
教室に帰っている際中、やこがそらに話しかけた。
「昨日リレーやるって言ってくれてありがとね。おかげでスムーズに決まったし、ラッキーって感じ」
やこはそう言いながらいたずらっぽく笑った。
「正直やってくれるとは思わなかったからびっくりしたけどね。ねー、あべはる?」
「え、あ、はい!い、意外でした!」
皆からあべはると呼ばれているはるみは突然話を振られたからなのか、どもりながら答えた。
「私もやってくれると思わなかった」
るるも同意した。そう思うのも無理はない。実際に種目決めの時にはリレーに出たくなくてクラスの雰囲気を壊してしまったのだ。
「ま、本番はよろしくね。みんなこけたりバトン落とさないようにね」
「ねー、そういうこと言うとホントにやっちゃいそうで怖いからやめてよー」
やこが笑って冗談を言い、そらの前を歩いていたゆみが渋い顔で振り向いた。
なんか、、、。”普通”って感じだ、、、。
そらはそう思いながら彼女たちの会話を聞いていた。いつもヘッドホンの外から聞こえてくる、”普通”の会話。聞こえるたびに疎外感と不安を感じていた。しかし今この瞬間には不思議と疎外感を感じない。自分も彼女たちの一員となれた気がした。
時は戻り体育祭。リレー本番、入場の際には6人で目を見合わせた。やこはそら達をリラックスさせようと冗談を言いながら屈伸をする。
「ま、みんな怪我しないようにガンバろ」
「怪我したくないよぁ」
「おー」
「ががが、頑張ります!」
「うん」
そらは黙ってうなずいた。それと同時に入場の合図がかかり、小走りで入場していく。やこ、いくみ、はるみが本部側へ、ゆみ、そら、るるが生徒席側へ。
「ゆみ、こけないようにね」
「だからそれ言わないで?!」
るるにそう言われてなよなよになったゆみは、他の第二走者と同じようにテイクオーバーゾーン開始の位置に立った。
『位置について!よーーい!』
パン!
選手紹介が終わったと思ったら、すぐにスタートの合図が鳴った。同時に歓声が生徒席からどっと上がる。そらはごちゃごちゃの中から一人抜け出すやこの姿を見つけた。
「お、トップだ」
るるがそう言いってそらを見た。
「緊張してる?」
「え?う、うん」
そらは突然そう聞かれて困惑しながら答えた。
「そう。私も」
やこを先頭に第一走者が生徒席側へ。歓声がより大きくなる。ゆみは朝練で確認したように、テイクオーバーゾーンの中間でやこを待ち、彼女がゾーンに入った瞬間に加速を開始した。やこは平然とゆみに追いつき、余裕のバトンパス。次位と大きく差を広げてコーナーに入っていく。
「そういえば、リレーのメンバーさ」
そらがレーンに入ろうとしたとき、るるがまた口を開いた。
「ゆみ、いくみ、はるみって、”み”が付く名前多いよね」
「、、、?う、うん、、、。え?」
訳が分からず、反応に困っていると、
「緊張ほどけた?」
と、るるが聞いてきた。どうやら緊張をほぐすために笑わせようとしてくれたようだ。
「うん。ありがと」
そらはその意をくみ取ってお礼を言いながら、レーンに入った。
「”妖精”いるじゃん」
歓声の中、第四走者の中からふと声が聞こえた。そらは、”妖精”が自分を揶揄する単語だと知っている。だからこそ、このタイミングで聞こえてしまったことが嫌だった。
そうだ。私は、、、。
そらの頭の中に、2年の4月ごろの風景が入ってきた。どこへ行っても向けられる視線、声。すべての会話が自分を悪く言っていると思った日々。
途端にさっきまで何とも思っていなかった歓声が怖くなった。これだけの熱量で応援していたのが、自分が走る番になったらどうなってしまうのだろう、、、。
あ、ダメだ。怖い。
そらは手を握りしめた。嫌な汗が背中を流れる。
「じゃあ!うちの目だけ気にしててよ!」
どろどろの黒くて重い何かが頭の中をいっぱいになる寸前、彼女の声が響く。
うみちゃん、、、!
そらはミサンガの世界で言われ、大いに動揺した言葉を思い出し、2、3度ちらちらと生徒席にうみの姿を探す。しかし彼女はどこにもいない。
と、歓声がわっと大きくなった。そらは本部側を見る。
、、、私たちのクラスじゃない、、、!
『3組!バトンパス失敗で先頭が5組になりました!』
アナウンスの非情な実況を聞いたそらは、3位で人ごみから出てくるいくみを見つけた。バトンパスでミスがあったのだ。最下位にならなかったのは、やこが2位との差を大きくひらいてくれたくれたお陰だろう。こちらへ向かってくる第三走者と並走するように、歓声が大きくなってきた。それとともにそらの不安も大きくなっていく。
どうしよう。怖い、、、。
目をぎゅっとつぶった瞬間、横から聞こえていた歓声がぷつっと消え去った。そらは驚いて本部側を見た。さっきまでトラックの内側にいた第五走者と走り終わった第二走者の姿、本部にいた先生や保護者もいなくなっている。
まさか、、、。
そう思った瞬間、後ろから彼女の声が聞こえた。
「そらちゃーーーんっ!!」
振り返ると、そこには生徒席で笑顔で手を振るうみの姿があった。
「うみちゃん、、、!」
そらは震える声で彼女の名前を呼んだ。
「どうー?まだ緊張してるー?!」
「うん、、、!」
そらは泣きそうになるのを堪えながら頷いた。
「今そらちゃんのクラス何位なのー?!」
「3位、、、」
「えー?!そらちゃんなんて?!」
こっちに来ればいいんじゃないかな、、、。
そらはそう思ったが、うみが耳に手を当ててこちらの声を聞こうとしている姿勢がおかしくて、ふっと笑ってしまった。
「3位だよー!」
そらは今度は息を大きく吸って、うみに負けじと大きな声で答えた。
「おおー!中々良い順位じゃーん!もうすぐそらちゃんの番ー?!」
「そうだよー!」
「でしょー?!だからうちミサンガの世界来て、そらちゃん応援しようと思ったんだよー!ナイスタイミング!うち!!」
「なにそれ」
そらは得意顔で叫ぶうみを見てくすっと笑った。
「がんばれー!そらちゃん!!できるぞー!そらちゃん!!」
うみは続けて応援団のような振り付けを披露し、そらはこれにまた笑った。
「そらちゃーーん!うち、ここにいるから!!ここで見てるから!!さっき言ったこと、忘れちゃダメだよーー!!」
うみはそう言うと、地面に落ちたハサミを拾った。
「うみちゃーーん!」
うみがミサンガを切る寸前、そらはうみに声をかける。
「ありがとー!!お陰で怖くなくなった!!」
うみはそらの言葉に嬉しそうに大きくうなずき、ミサンガを切った。
途端にすさまじい歓声がそらの体を包み込む。しかし先ほどまでの怖さは消えている。そらはもう生徒席側に目を向けなかった。向けずとも、うみの姿と目線を感じる。
ありがとう。うみちゃん。
そらは後ろを向いていくみとの距離をはかる。
もう大丈夫、、、!!
1位と2位の走者が次々に横を通り過ぎていく。そらはいくみからバトンを受け取る瞬間にスピードを上げた。朝練通り。
「はいっ!」
バトンを渡しながら、いくみが声を振り絞る。そらはバトンを受け取り、3歩目でトップスピードに。と、目の端にかがんでいる走者を捉える。バトンパスに失敗しているようだ。そらはそちらに意識を向けることなく、1歩前を走る生徒を見た。テイクオーバーゾーンが終わればすぐにコーナーに差し掛かる。一気に前の走者のスピードが落ちたのが分かった。一歩一歩踏み込むたびに目の端に移っていき、コーナーの終わりには姿が見えなくなった。
『3組、再び1位です!』
ぼんやりとアナウンスが聞こえる。走るそらには、あれほど意識していた歓声は聞こえず、自分の呼吸、足音、腕を振る度にバトンの中を空気が通過する音だけが聞こえた。目の前に第五走者を捉える。そこには、こちらを見ながら一番左に移動するはるみの姿があった。そらがテイクオーバーゾーンの3歩後ろに来ると、はるみは走り出した。そらは最後の体力を振り絞ってはるみの走り出しに追いつき、差し出している手にバトンを押しあてる。
「はいっ!」
そらははるみの後ろ姿を見送りながらトラックの内側に入り、減速していく。その横をバトンパスしていく走者たちが駆け抜ける。完全に停止し膝に手をやり呼吸を整えようとしているそらに、第二走者のゆみが駆け寄ってきた。
「やった!成宮さん、1位だよ!!1位!!」
ゆみの弾むような声を聴きながら、そらは1位のままバトンがアンカーのるるに渡ったのを見つめていた。




