体育祭ー立花うみ(3)
うみは足を怪我して動きずらかったので、トランプのスピードをやることになった。そらは
「久しぶりにやるかも」
と言いながら今のところ3戦全勝である。
「ちょっと待って。そらちゃんスピード強すぎない?」
「兄と小さい頃に結構やってたからかな」
そう言いながら、そらは懐かしそうにくすっと笑った。それはうみが初めて見る顔だった。きっとこれがそらの自然な笑顔なのだろう。うみがそんなそらを見ている隙に、そらはトランプを集めてシャッフルし始めた。
「ハンデ!ハンデハンデ!!」
うみがこのまま負け続けるのは目に見えている。そらのシャッフルする手を一度止めさせた。これ以上負けると不機嫌になってしまいそうである。
「うん。良いよ」
「やった!っとじゃーねー、、、」
「やめっ!!もう意味分かんないし!」
ハンデとしてそらの手札を5枚多くしても2連敗したうみは、彼女の手札を10枚多くしてそらに挑んだ。結果は3連敗。結局8戦全敗の悲惨な結果の前に憤慨するのだった。残った手札を机にたたきつけてそっぽを向いた。
「、、、ごめん」
後ろから消え入りそうなそらの声が聞こえてくる。完全にこちらの八つ当たりだと分かっていたが、認めることが嫌だった。
「もう1回やらない?今度は手札15枚にして、、、」
「そらちゃんわざと手抜くでしょ」
そらのシャッフルする音が止まる。分かりやすい。彼女の事だ。うみの機嫌を直すために次でわざと負けようとするだろう。
「うち、そっちの方が怒るし」
そんなことをされては情けなくって仕方がない。
「ご、ごめん、、、」
そらは先ほどよりももっと小さな声になってしまった。しばらく沈黙が流れる。
5分ほど経ち、そらの方から何の音も聞こえないことに耐えきれなくなったうみは、彼女に気付かれないようにちらっとそらの方を見てみた。机の上で両手でトランプを握りしめ、しょんぼりと机に目をやっている。
その姿にますます、こんな遊びに負けたぐらいで自分が情けないという感情があふれてきた。うみは大きくため息を吐くと、そらに呼びかけた。
「ごめんね。うちめっちゃ子どもみたいでしょ、、、」
「ううん」
「あー、、、。うち情けなっ!そらちゃん!窓開けて!」
そらはすぐに立ち上がって一番近い窓を開けた。ぬるい風が肌にまとまりつく。しかしうみはそれに気を取られることなく窓へ向かった。右足を庇いながらなのでそれにもフラストレーションがたまっていく。ようやく窓際に立つことができ、大きく息を吸った。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっっ!!!」
足を怪我して楽しみだった体育祭の午後の部に出場できないこと、動くたびに痛みが走る右ひざのこと、桃がわざと足をひっかけた訳ではないので怒りの矛先を失ったこと、スピードで全敗したこと、そして、またそらに苛立ちをぶつけた愚かな自分のこと、、、。ここまでで溜まってきたフラストレーションを全て吐き出すように、外に向かって目一杯の力を振り絞って叫んだ。その声は目の前に広がる景色に吸い込まれていく。
「ほら、そらちゃんも一緒に叫ぼ!」
「え?」
「何かあるでしょ?むかつくこととか、不安なこととか!」
そらは困惑しながらもうなずいて、小さく息を吸った。うみはそらに合わせて息を吸い、再び思い切り叫んだ。
「わぁぁぁーーーー!!!」
二人の声はばらばらの音になりながら消えていった。うみはそらの方をちらっと見た。さっきまでのしょんぼりした顔はどこかへ行き、やりきったように肩で呼吸をしている。
「どんなこと叫んだの?」
うみの質問にそらは困ったように笑いながら、
「リレーの不安とか、そういうの色々」
そうだ。そらちゃんリレー走るんだった。
5月の終わりにクラス対抗リレーの走者が怪我してしまったことで、補欠だったそらが走ることになったらしい。あれだけ目立ちたくないと言って嫌がっていたのだから断れば良いのに、とうみは思ったが、それを断れないのがそらっぽいところでもある。
「大丈夫だよそらちゃん!」
うみはそらの背中をぽんと叩いた。
「人の目が怖いなら気にしなければ良いんだよ!」
「うう、、、。できるならそうしたいけど、、、」
「じゃあ!うちの目だけ気にしててよ!」
うみは、そらとこのミサンガの世界で積み上げてきたものがあると自負していた。
「あんだけ目立つよねーって言ってたダンスの振り付けも、ミサンガの世界でならうちに見せれたでしょ?それってうちになら見られても大丈夫ってことじゃん!ま、まぁあの時はホントに周りに誰もいなかったからなのかもだけど、、、。とにかく!うちだけに意識集中させれば大丈夫だって!きっと!」
そらは驚いたように目を見開いて固まってしまった。
「ほら!それなら行けるでしょ?!」
「うん、、、。がんばる、、、」
そらはこくんと頷くと、力なくそう言った。
ホントに大丈夫なのかな。
うみは不安だったが、これ以上言うと逆効果だと思ってこの話を終わらせた。
「あ、そーだそらちゃん」
ミサンガの世界から現実世界へ戻るためにミサンガを切ろうとハサミを取り出した時、うみはそらに話したかったことを思い出した。
「現実世界でさ、連絡先交換しようよ」
連絡先の交換。これは話し合っていたことだがどうしても問題なのだ。うみとそらは現実では面識がない状態のため、連絡先を持っていたら怪しいと思われる。しかしミサンガの世界に入った時にどこにいるのかを確認できないのが面倒なのである。それにうみにとって、普段彼女とメッセージのやり取りができないのが退屈なのだ。
「でも面識ないのに持ってたらって話になって、結局やめようってなったよね?」
「うん。でもさ、”い~い考え”あるんだよねぇ」
うみは自分でも悪そうな笑顔をしている事が分かった。
「どうするの?」
「それは後でのお楽しみってことで!じゃ、切るよ~」
「え、ちょちょ、ちょっとまっt」
午後の部は何のトラブルもなく進んでいく。色別ダンスの時には谷崎勝吾が相当ショックを受けていたらしく、男子たちの間で大笑いが起きていた。組体操とダンスもスムーズに終わり、騎馬戦では男子の部で雄叫びと黄色い歓声が飛び交う凄い光景になっていたが、うみは自分の椅子に腰かけてぼーっと眺めているだけだった。盛り上がれば盛り上がるほど、自分も一緒になって競技に参加したいという気持ちが出てくるのであった。
長かった騎馬戦が終わり、やっと学年リレーが始まった。そらは走者の入場と1年生の部が始まった時には様子を見に来た先生と話していたため気付かなかったが、2年生の部が始まるというアナウンスで跳ねるように立ち上がり、ギャラリーの中に入っていった。生徒たちの頭の隙間から銀髪を探す。
いた。
話していた通り、全6走者いる中でそらは4番目。本部とは逆側、つまり生徒席側のトラック100メートル地点で不安そうにスタート地点を見つめている。
『位置について!よーーい!』
パン!
ピストルの音と共に歓声があちこちから噴き出した。応援する声、誰かの名前を叫ぶ声、奇声、色々な声が聞こえてくる。
あっという間に2走者目へバトンが渡った。
うみは走者から目を離してそらを見た。吐きそうな顔をしながらレーンに並ぼうとしている。うみは、そらが何度か顔を上げて生徒席の方へ目線を移していることに気が付いた。そしてそれにどんな意図があるのかも、、、。
大丈夫、、、!大丈夫だよ!そらちゃん、、、!
うみは後ろに下がって生徒たちの群衆から抜けると、自分の席へ向かった。相変わらず右ひざは痛むが気にしてなどいられない。自分の席に到着すると、持ってきておいたバッグの中からミサンガの世界へ入るためにいつも使っているハサミを取り出した。周りを見る。皆リレーに夢中でこちらを向いている生徒は一人もいない。
うちはここにいるっ、、、!
うみはハサミでミサンガを切った。
ぱちんっ
一瞬で周りの歓声がなくなったことでミサンガの世界に入ったことを確認したうみは、ハサミを放り出しながら生徒席の一番前まで行くと、そらの後ろ姿に向かって叫んだ。
「そらちゃーーーんっ!!」




